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前編

幕間(トビアス先生視点)

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  俺はトビアスだ。
  家名?平民に家名はねぇよ。
  お貴族サマじゃねぇんだぞ。

  俺のことなんざどうでもいいだろ、今忙しいんだよ。
  あの野郎んとこに今からちょっくらカチ込むんでな。
  あん?馬車ぁ?
  あんなん乗り回せんのはお貴族様だけだっての。
  この間ベルの野郎んとこの馬車で拉致られて乗ったぐれぇしか乗ったことねぇよ。

癒師ゆし自由組合ギルド施療師長せりょうしちょうのトビアスだ。急用なんだが、バルトは居るか」
「これはトビアス様。ようこそお越し下さいました。どうぞお入り下さい」

  東街から西街はさすがに徒歩だと時間がかかったな。
  それもこれも、あの馬鹿に会わなきゃならねぇ用ができたからだが……。
  じゃなきゃわざわざ貴族様の邸こんなとこなんか来ねえよ。

「トビアス様、もしやヴィクトール様になにか……」
「いや、ヴィル坊は大丈夫だから心配するな。今日はバルトに用があってな」
「左様でございますか……畏まりました…。こちらで少々お待ち下さい……」

  ここで待てってか、まあいいが。
  さてと、少し頭を整理すっか。あの野郎、頭でっかちの理詰め野郎だからな、感情で攻めても無駄だ。
  俺も冷静にならねぇと。

「…………」

  ヴィル坊が怪我をさせられてからまだ二日………。ベルんとこで治療をしたときは、傷口はひでぇもんだった。
  それが今日、出血がおさまった傷口を処置しようと包帯を開いてビビった。不自然なほどに、傷口がふさがりかけていた。
  明らかにおかしいだろ。
  考えられる原因としたら……… 

  ガチャッ

「待たせたねトビアス」

  こいつが、ヴィル坊になんかしたとしか考えられねぇ。俺が問い詰めたところで、素直に話すとも思えねえが……。

「珍しいね、貴方から訪ねてくれるなんて、急用ということだけど……」

  嘘くせぇ笑みを張り付けた野郎が向かいのソファに腰かけると、俺は話を切り出した。

「バルト、てめぇヴィル坊に何をした」

  ぴくり、奴の眉が動いた。
  その薄っぺらい笑顔をやめろってんだよ畜生。

「………何のことですか」
「しらばっくれんな。一昨日、ヴィル坊と二人だけになったとき、アイツに何かしただろ」
「いいえ何も」
「ほう、そうかよ、じゃあヴィル坊の傷がもうふさがりかけてることについて心当たりは?」
「!」

  胸くそ悪ぃ作り笑いの下で、奴がほっと胸を撫で下ろしたのが分かった。
  俺にばれてないと思ってんのか?なめられたもんだな。施療師せりょうしに腹芸が通じるわきゃねぇだろ。

「バルト、てめぇがヴィル坊になにかしたとしか考えられねぇんだよ」
「……それを突き詰めてどうするのですか」
「あぁ?」
「ヴィクトールの傷の治りが早いのは良いことでしょう?過程はどうあれ……」
「テメェ一昨日俺が言ったことを忘れたか!」

  ガンッ!!

  あー畜生!ついカッとなっちまったぜ。コイツは馬鹿か!

「言ったよな……?痛みを感じねぇと治りも遅えって……」
「………………言いましたね」
「どんなテを使ったか知らねぇがな!痛みだけ先に軽くなっちまうと体がついていかねぇんだよ!傷口がいくら塞がっても、大量の血を失った体はそうそう回復しねぇ!ましてただでさえ自分のことに頓着しねぇヴィル坊のことだ!確実に無茶をするぞ!」

  くそっ!
  やっぱりコイツと話すのは苦手だ!
  この何考えてるかわかんねぇ冷めた顔が親父みてぇでイラつくんだよ!

「…………」

  畜生この野郎!
  自分だけはわかってるみてぇな顔しやがって!

「…………だんまりか。俺には何も話せねぇってか……」
「………言ったところで……、貴方はきっと信じないでしょうから…………」
「んだそりゃ!!ふざけんな!俺はてめぇのそういうところが気に入らねぇんだ!なんでもかんでも腹ん中に隠しやがって!」

  俺は我慢ならなくなって思わずコイツの胸ぐらを掴んだ。
  お貴族様だろうが知ったこっちゃねえ!こちとらぶん殴るの我慢するだけで精一杯だっての!

「あの計画とやらだってそうだ!肝心なことは俺らには言わねえで、お前らだけで何を考えてやがる!!五年前のあのときだって!王子を糾弾するかと思ったらあっさり丸め込まれやがって!」
「トビアス………それは………」
「うるせえ!あのときてめぇらが二の足踏んでなきゃヴィル坊があんな大怪我をすることもなかったんじゃねぇのか!?ヴィル坊の人徳を利用して、俺たちの感情をあおる為にあの王子を放置したとしか考えられねぇ!」
「トビアス………」
「この際だから言わせてもらうがな!ヴィル坊はてめぇの道具じゃねぇぞ!あいつをこれ以上苦しめるな!」

  ああくそっ!こんなつもりじゃなかったんだが!コイツの顔見てると無性に腹が立つ!

「…………」

  胸ぐらを掴んでた手を離すと、バルトの野郎は項垂うなだれていよいよ口を開かなくなっちまった。
  はあ。
  まあいい、コイツの言動の端々から大方の予想はついた。
  確かに、一番俺が信じたくねぇ予想だがな。

「…………ッ」
「あぁ?」
「…………私は、ただ、あの子の痛みが少しでも軽くなればと………」
「はっ、今更何を言ってやがる。ヴィル坊が馬鹿みてぇにお前を信じてるからって慢心まんしんしてんじゃねぇぞ。お前のしたことは、ただのエゴじゃねぇか、ヴィル坊の為じゃねえ、自分の後ろめたさを軽くしたかったんだろ」

  もうこれ以上、コイツと話しても無駄だと思った俺は、さっさとその場を後にした。
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