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第一章: 天文部

第6話: 予兆

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 社会科の担当の教員兼担任の小淵沢は授業終了のチャイムが鳴るなり、早急に教材を片付けてホームルームに入る。早く部活動に向かえる日にちがあるのは恵まれている。
 手短にホームルームを済ませてくれたため、早く図書館に向かうことが出来る。紫ノ宮さんも同じクラスだし一緒に行ったほうが良いのだろうか。いや無理でしょ。クラスで一緒に図書館まで行かない?とか話しかけた途端に翌日クラスでは驚異のスピードで付き合ってるだのなんだのウワサされてしまう。
 正直悪目立ちはしたくないし、そうなっては紫ノ宮さんにも迷惑がかかる。ましてやあの様子の紫ノ宮さんにそういった声かけをするのははばかられた。

「柊、図書館行かないの?」
「乃愛か。今、行こうと思ってた。」

 教室を出たところで声をかけられたので乃愛と共に図書館に向かうことにする。廊下ですれ違う生徒は皆いつも通りの部活勧誘をしている。
 二年でありながらうちの部活入りませんか?と勧誘される。俺が仮に新入生だとして、髪を赤に染めた見た目ギャルの乃愛に声をかけるのはどうなのだろう。よっぽど人手が足りないのかしらとこちらまで不安になっちゃう。それを見た乃愛が口を開く。

「紫ノ宮さんさ。勧誘できないかな?」
「何…急に。」
「そこまで気にかけてるなら同じ部活に居てくれたほうが安心じゃないのかな、と。」
「気にかけてるというか。そういうのじゃない。」
「柊さ。結局紫ノ宮さんをどうしたいの?」

 どうしたいって。それが分かれば苦労しない。最近の日常の変化が無くなることに違和感を覚えただけだ。いつも図書館に居た人が居なかった。ただそれだけの話だ。
 でも仮にケガが故意に行われたいじめであったとして俺は動けるのだろうか。動けばその矛先は自分に向くことが無いとは言い切れない。不自由の無い学校生活が送れることが望みなのに面倒事に巻き込まれるのは不本意だ。ただの好奇心でこんなもの調べてもどうしようも無いのではないだろうか。彼女をかえって傷付けるのではないだろうか。

「まずはっきりさせたらいいんじゃない?紫ノ宮さんのことどう思ってるかを自分で考えてみなよ。あたしは詮索しないし、柊が本当に紫ノ宮さんのこと好きなら応援してあげる。」
「紫ノ宮さんのこと好きって…それは部長の虚言で。」
「そんな話してるうちに図書館着いたから。あたしは適当に紫ノ宮さんの周りのグループ洗ってみるわ。正直アイツらと関わりたくないから期待はしないでね。」
「いや助かるよ。ありがとう。」

 紫ノ宮さんのことは優しいし、女の子としては出来すぎてるほど性格もいい。でも何かが引っ掛かる。正直いじめにあうような子ではないと思う。だからこそ気にかけてしまうのだ。

 図書館のなかは相変わらずと言ったほどの静寂で利用者は数名ほど。静かな部屋であるため歩くだけで音が聞こえるほどだ。さて、コミュニケーション能力がほとんど皆無である俺は紫ノ宮さんと何を話せば良いのだろうか。
 やぁいい天気だね。とか?うんって返されたら会話終了じゃんか。と言うかそんな天気良くないぞ今日。今日も可愛いね。か?もはや告白!フラれたら俺高校生活ずっと家で過ごすことになっちゃう!登校拒否だよ!よし…落ち着こう。考えるんだ。自然な流れで会話をするんだ。そんなとき乃愛の言ってたことがふと頭をよぎった。

「天文部…興味ない?」

 これだ。乃愛さん名案でしょ!今回はホントに感謝するしかない。いや茶道部なのは知ってるけど、この学校での兼部は自由で文化部であれば無理のない程度に兼部することが可能になっている。そのため紫ノ宮さんが天文部に入ることも可能ではあるのだ。無理のない程度にお願いしよう。
 そもそも今日紫ノ宮さん来るのか。来るとは言っていたが、ちょっと図書館探して回ってみるか。部活勧誘としてなら探していても正当な理由として受け取ってもらえる。なんか詮索してるのは本人からしてみれば気持ちのいいものではないだろうし。
 図書館で人を探すならカウンターで聞くのが正直早いだろう。とりあえず乗り気ではないが、カウンターの人間に声をかけて紫ノ宮さんが来ているのか聞こう。
 カウンターまで言ってみると運が良かったのか悪かったのか紫ノ宮さんが直接カウンターで仕事をしていた。声をかけようと思ったとき一つの違和感を感じた。彼女の目から一粒の涙がこぼれ落ちていた。そっと彼女はワイシャツの袖で涙を拭ったとき、それが見違えではないと分かった。

「紫ノ宮さん?」

ふと洩れた声に彼女が気付く。どういうこと…。

「え…あっ…柊くん。どうしたの?なんか本借りる?それとも掲示…」
「紫ノ宮さん…何かあった?」
「な…何もないよ…。どうして?」

何も無かったら泣かないだろ。

「じゃあなんで泣いてたの…?」

彼女の顔から無理に笑う笑顔すらも消えたのが分かった。

「!…え…えっと…ごめん。私…。」

 紫ノ宮さんは図書館の扉を勢いよく開けて走っていってしまった。でも追いかけてまで紫ノ宮さんに追求するほどの資格は自分にはない。そう思うと足が立ちすくんでしまって動かなかった。
 彼女が泣いてたときに周りに人は居なかった。いつも笑顔で居た彼女が泣いていたのだ。それも誰にも気付かれないようにだ。それって一人で抱え込んでるってこと?彼女の味方は一人も居ないのかよ…。
 彼女はただ人に泣いている姿を見られたくなかった。それだけは聞かなくても理解できた。


 気づけば部室の扉の前にまで来ていた。ここに来るまでずっと考えていたのは紫ノ宮さんのことばかり。傷付けてしまったような気がして明日会うことすら気まずい。でもこっちから謝らなきゃとは思うがなんと言えば良いのだろうか。部室の扉に手は掛けたがそっと手を外す。今日は部活に行く気分にはなれなかった。



 帰り道に一人で帰るのはかなり久しぶりのことになる。乃愛や恭介と知り合う前以来だった。この街の景色もかれこれ何年も通ってきている道のりだ。この街には街が一望出来る高台がある。忘れたいことがあるとここに来ているのだ。密集した住宅街を抜けて、歩き慣れたレンガの道に生えた並木の葉の色から四季を感じながら数分進んでいく。コンクリートの長い階段をかけ上って、高台までの急な坂を登っていく。
 高台まで来ると風が肌寒いせいもあってか他の人はほとんどいない。普段は公園が高台の先にあるのでそこそこ人がいるのだ。屋根のある円型のベンチに腰を掛けて街を見下ろす。この街の広さを見ると自分の悩みが小さなもののように見える的な訳ではないのだが、見慣れた景色だからこそ安心するのだ。一回大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
 ふと目を街の景色から反らすと二人の子供が遊んでいるのが見えた。雲間から差し込む夕日が子供たちの笑顔を明るく映し出している。その笑顔は何より眩しくて。


「笑顔…。」


 『まずはっきりさせたらいいんじゃない?紫ノ宮さんのことどう思ってるかを自分で考えてみなよ。』


乃愛の言葉が頭をよぎり、それと共にその答えが浮かんだ気がした。答えは単純だったんだ。そうか俺は。


「紫ノ宮さんの本当の笑顔がみたい。影のない本当の心からの笑顔が…。」


 普段から大人しくて可愛い彼女の本当の笑顔をみたい。抱えてるものを少しでも軽くしてあげられたら彼女は笑ってくれるだろうか。可愛いって…たった数回話しただけの女子に…。バカみたいで笑えてくる。
 紫ノ宮さんの…たった一人の少女のために。ここまで想っているならこれは…。


「周りに感化されたみたいで認めたくなかっただけで…俺…紫ノ宮さんのこと好きなんだ…。」


 俺が彼女のために出来ることなんて恐らくないしそんな大層な人間じゃない。
それでも彼女の笑顔が見たいと思うのは傲慢だろうか。それを叶えるために今日のことは謝って無理な詮索はしないでいつも通りを演じる。それが彼女にとっては一番いい気がした。


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