山下町は福楽日和

真山マロウ

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明日を望む場所

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『もしよければ、またあのカフェでお茶しませんか』

 その晩、美咲さんにメッセージを送り、彼女の勤め先が休診の木曜日に会うことになった。それまではバイト探しも先送り。普通に考えたら後者を優先させるべきだが、私的には先にやらなければならないことなのだ。

 待ちあわせは元町のカフェに十四時。早めに来店し、ひだまりの席につく。メニューをひらくと我慢できず、抹茶のムースケーキをオーダーして……美咲さんが来る前にうっかり完食してしまった。

 この状態を見られたら、食い意地がはってるのが露呈してしまう。まだ紅茶はポット半分くらい残ってるから、追加オーダーして体裁をとりつくろうか。冬苺のショートケーキ、気になるんだよな。でも一日にケーキ二個はヤバイよな。帰ったら八雲さんのおやつが残ってるかもしれないし。

「ごめんなさい、お待たせして」
 約束の五分前。メニューと睨めっこしていると美咲さんが登場。寒いなかを歩いてきたせいか、鼻の頭と頬がほんのり赤い。
「気にしないでください。私が早かっただけなんで」
「でも……」

 目線が、からになったお皿に落ちる。
「違うんです。美味しそうだったから、つい」
 苦笑いでごまかしつつ、美咲さんと一緒にショートケーキをオーダーする。クリスマスケーキを模しているのか三角でなく丸型。てっぺん中央には、目にも鮮やかな大粒が鎮座している。

 好きなものは先に食べる派。まずは、つやつやの紅色を頬ばる。ジューシーな果汁が弾け、幸せでくらくらする。ケーキ部分は、あいだに挟まれた苺と甘すぎないホイップクリーム、ふかふかのスポンジ。抹茶ムースケーキを食べたあとなのに、まったく負担にならない。数日前に食べた八雲さんのクリスマスケーキも美味しかったけど、これはこれでまた。うーん、手がとまらない。

 一心不乱に半分ほどたいらげたところで、美咲さんから話をきりだされた。
「ずっと日和さんに謝りたくて」
 過去二回の態度を見て、自分のせいで私が気分を害したと思ったそうだ。どうやら私は、私が考えていた以上に感情と表情が直結しているらしい。

「昔から距離感おかしいって、よく言われるんです。うざかったですよね。本当にごめんなさい」
 頭をさげられ、慌ててこちらも。
「私のほうこそ謝りたくて。嫉妬してました、美咲さんに。すみませんでした。ヒヅキヤのみんなと仲よかったのが、すごく羨ましくて」

 けっきょく、そこに帰結するんだろうと思った。ぐいぐいこられる距離感とかじゃなく、自分の場所をとられそうな焦りと恐怖。幼稚かもしれないけれど。

「それは、気をつかってくれてたからです。前に八雲くんに会いにいったとき、友達がいないのを相談したら、いつでも遊びにきていいって言ってもらえて。それで事情を知って、みなさん優しくしてくれて」

 美咲さんが笑顔まじりで説明。そんなの聞いたら、とくに和颯さんは放っておかないだろう。

「だとしても、朔くんとも打ちとけて凄いですよ。私、最初むちゃくちゃ拒絶されましたから」
「私もそうでした。でも、うちで飼ってる犬の話になったら仲よくなれて。今度一緒に散歩することになりました。日和さんもぜひ」
 なるほど、だからあんなに友好的だったのか。動物大好きっ子め。

 つまり蓋をあけてみれば、私が勝手に美咲さんを敵視していただけのこと。それに気づいたら申し訳なさがこみあげて、胸にいすわり続けていたおどろおどろしい黒いもやがスッと消えていった。

「八雲さんとのこと応援しますね」
 素直にそう口にする。だが、美咲さんは「なにがですか?」と不思議顔。
「えっ、美咲さん、八雲さんのこと好きですよね?」
「えっ、私が?」
「えっ、違うんですか?」
 えっ、じゃあ、この前ここで見た恋する乙女の輝きはなんだったの?

「私、恋愛そんなに興味ないっていうか、恋人よりもお友達がほしくて。それで、日和さんともお友達になれたら光栄だなぁって」

 頬だけでなく首や耳までまっ赤。感情が高ぶると、すぐ赤くなるそうだ。ということは、私が見たあの赤面は、もしや。

「同性のお友達いたことないんです。だから、こんなふうにお茶したりとか、ショッピングとか、お泊まり女子会とか憧れてて。こないだお喋りできたときも嬉しくて舞いあがっちゃって」

 勘違いもはなはだしい。穴があったらはいりたい。

「こちらこそ早とちりばかりするような人間ですが、よろしくお願いします……」
 深々と頭をさげる。美咲さんは座ったまま、ぴょんと体を縦に揺らす。
「ありがとうございます! 私、ここ払います! お友達記念に!」
「それはちょっと。ちゃんと別にしましょう」
「あ……。ごめんなさい。距離感また間違えましたよね」
「間違いじゃないですけど、お金のことはきちんとしといたほうがいい気がします。誰が相手でも」
「そっか。そうですよね。そういうのがお友達ですよね」

 笑顔でケーキを口に運ぶ、純真そのものな彼女を見ていると、苦手意識よりもほっとけない気持ちのほうが強くなった。初めて絡むタイプだけど、わりと仲よくしていけそうかも。そんなことを思いながら、残りのケーキを心おきなく頬ばった。



 さんざん悩まされた負の感情からとき放たれ、さあこれで職探しに専念できるぞと気持ちを切りかえていたら、夜、朔くんが部屋を訪ねてきた。

「どしたの、なんかあった?」
「これ、お礼っていうか、弁当ずっと作ってもらってたから」

 玄関口で渡されたのは、手のひらサイズの包み。あけてみると金色ツリーのスノードームで、先日ご両親へのプレゼントを一緒に買いにいったとき、かわいいと思ってこっそり眺めていたものだ。

「ほんとはクリスマスにって思ったけど、なんか渡しそびれて」
 本人は気にするけど、そんなのまったく平気。それどころか、プレゼントなんて何年ぶりだろう。
「ありがとう。めちゃくちゃ嬉しい。大切にするよ」

 朔くんはこちらを見ることなく、目をそらしっぱなしのまま。
「あのさ、今の俺ができることって、ほとんどないけど。それでも日和が悩んでるときとか、愚痴とか弱音とか言いたくなったときは、話を聞くくらいはできるから」

 もらった言葉も嬉しくて、じわんと胸が熱くなる。涙がでそうになるのを我慢したら、手の中の雪景色が小さく震えた。
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