山下町は福楽日和

真山マロウ

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明日を望む場所

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 土曜の午後、約束どおり朔くんにつきあって、みなとみらいエリアへ。各商業施設には、それぞれ趣向をこらしたツリーが設置されフォトジェニック。まるで夢の世界に飛びこんだ気分だ。

 気移りする私と違い、朔くんは事前リサーチで買うものの目星をつけており、決めていた店で決めていた品を迷いもなく購入。所要時間は一時間にも満たなかった。

「日和、どっか寄りたいとこある?」
 と気をまわしてくれるが、よくよく考えてみれば、みんなへのプレゼントを選ぼうにも本人の目の前ってのもな。また別日に一人で、じっくり見てまわることにしよう。

「けっこう人いるし、もう帰ろうか」

 師走の週末ともなると、いつも以上に人が多い。人口密度の高い場所での長居は朔くんに負担がかかってしまうかもしれない。「最近だいぶ調子いいから気にしなくていい」とは言うが、念には念をいれて。

「それに、まにあうなら八雲さんのおやつ作りも手伝おうかと」

 当初は料理中にいあわせるのすらソフトにお断りされていたが、朔くんのお弁当づくりを一緒にするようになってからは不問。といっても私にできるのは雑務で、技術的なことや味に関することは八雲さんに任せっぱなしだ。

「たまには八雲も休めばいいのに。たくさん店あるから買ってきゃいいんだし」
「私もそう思うんだけど、ごはん係が楽しみになってるみたいで」

 なだめすかして山下公園まで戻ってくる。風がなぎ、小春日和が心地よい。このまま帰ってしまうのがもったいないくらい。少しだけ、ひなたぼっこしていこうかな。すっきり晴れわたって、むこうまで景色がよく見えるし。

 海のほうに視線を動かすと氷川丸ひかわまるが目にとまった。山下公園に係留されている貨客船。重要文化財にも指定され、現在は博物館船として公開されている。

「なんかあった?」
 歩く速度がおちた私を、朔くんがふり返る。
「そういや一度も見学したことなかったと思って。氷川丸」
「俺もだ。せっかくだし行ってみる?」
「無理しなくていいよ。わりと人いそうだよ」
「ていうか、船の中って見たことないから興味ある」
「……だよね。私も。どんなだろうね」

 どちらともなく行き先変更。今さらになってしまったが、山下公園のシンボル、この機にじっくり見学させていただこうじゃないの。

 結論からいうと氷川丸は、時間を閉じこめた巨大な宝箱だった。エントランスホールをぬけクラシック感ただよう長い廊下を進むだけで、わくわくがみなぎる。そこからアール・デコ調の一等船客専用ゾーンをへて、船長室、操舵室、機関室など観覧していけば、もうすっかり船旅気分だ。

 途中、土日祝に開放されるというオープンデッキにでる。初めて見る、海からの山下公園。マリンタワーとニューグランドが一望できるのは、なんとも贅沢な眺めだ。

 アンカーの鎖には、びっちり並んで羽を休める海鳥たち。朔くんは景色よりそっちに興味があるようで、一心に見つめている。本人が満足するまでそのままにしておこう、と静かにその場を離れ、みなとみらい側にまわる。遠くに見える大さん橋には客船が停泊していた。

 憧れのクルーズ旅行。いつかは私も、とは思えど夢のまた夢。目先のことで精一杯だ。このペースだと貯金も、もってあと二か月。いよいよ、あとがない。クリスマス、お正月、バレンタイン。イベントめじろ押しなこの時期は、正規雇用より短期バイトの求人が目につく。だったら、いっそのこと……。

「なんか考えごとしてんの」
 いつのまにか、朔くんが隣に。
「あ、うん。でも、たいしたことじゃないよ」
「まあ、俺に相談してもしかたないんだろうけど」

 朔くんがそっぽをむく。けして見くびっているわけじゃない、というのを証明したくて正直に話す。

「そろそろ働かないと本気でやばいかもなぁ、と」
「和颯に頼めばいいじゃん。日和を養うくらい痛くもかゆくもないし」
「もう充分お世話になってるからね。むしろ、そろそろ恩返ししないと」
「そっか。早くみつかるといいよな、仕事」
「ね。やりたいことでもあれば違うんだろうけど」

 私が夢も目標もないのを知る朔くんは、頑張れ、とは言わない。やたらに励まされることが、ときに重圧になるのをよく知っているからだ。

「とりあえず、やれることやってみるしかないか」
 自己暗示のように呟く。のんびりしすぎたらしく、みなとみらいの空とインターコンチネンタルが夕焼け色にそまりかけていた。



 その夜、麻衣ちゃんから連絡がきた。「お正月に初詣いこう」というお誘いからはじまり、世間話をはさんで、職についてのあれこれ。

「時期のせいかあまり募集なくて、とりあえず短期バイトでつなごうかと思ったりしてる」
「当面のお金がないと、どうにもならないもんね。うちが中途募集してればよかったんだけど。助けにならなくてごめんね」
「全然。心配してくれてありがと。それより麻衣ちゃんこそ。仕事、少しは落ちついた?」
「それがさぁ……」

 社長じきじきに声をかけられ新アプリの企画という大役を任されたものの、なにも思いつかず苦戦しているらしい。

「こういうのあったらいいな、っての日和なんかある? どんなジャンルでもいいんだ。ついついやっちゃう、みたいな」

 ううむ、と頭をひねる。今現在の私が必要としてしまいそうなのといえば、

「弱音とか愚痴とか食べてくれるようなのかな」
「食べるってことは育成系? でもそれ、まがまがしい生物が育ちそうじゃない?」
「なんていうか、悪夢食べてくれるバクっぽいので、浄化してくれるみたいな。それかポジティブな返しがあるとか、全肯定で慰めてくれるとか、癒し要素とかあれば……」
 なに言ってんだ、私。さては重症だな。

「ごめん、意味わかんないよね。忘れて」
 だけども麻衣ちゃんは、存外のり気で。
「おもしろいかも。そのアイデア参考にさせてもらってもいい?」
「全然いいよ。むしろリリースしたら教えて。即インストールする」
「気が早いって」

 うってかわった明るい声で「結果でたら報告するね!」と言い残し終話。鼓膜の余韻は、はつらつとしていてまばゆい。

 いいな。羨ましいな。私もそんなふうに充実した人生を送りたかったな。これからどうしよう。お金もだけど将来が不安。幸せな未来がイメージできない。嫌だなぁ、こんな自分。

 とめどない弱音と愚痴。マイナス思考の嵐。消化も浄化もできず溜めこんでいるだけの私は、ひょっとすると、もうとっくにまがまがしい生物になってしまっているかもしれない。
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