山下町は福楽日和

真山マロウ

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出会いは吉とでるか

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 このあたりには七つの西洋館があり、季節によって飾りつけがされていたりする。二、三年前に訪れたときはハロウィンの時期で、魔女やクモの巣、ドクロなどのアイテムでしつらえられ、かわいくて素敵だった。十二月になればクリスマス仕様になる、それを待ってからにしてもよさそうだけど。

「あのう、すみません」
 予定を決めかねていると、ふいに隣で声がした。記念撮影のシャッター押しでも頼まれるのかと思いきや、
「あっ……!」
 つい声がでてしまう。話しかけてきたのは、こともあろうに八雲さんに会いにきていた、あの女性だった。

 昨日より距離が近いのをいいことに、まじまじ観察。ショコラブラウンのストレートヘアは、よく手入れされていてツヤツヤ。メイクは派手すぎず地味すぎず、肌の透明感をひきたてている。ファッションも含め、お嬢様っぽい清楚系。同い年か少し上に見える。

「よく八雲くんとお買物してるかたですよね?」

 私のことを知っているとは思ってもみなかったので、さらに驚く。上目づかいでこられたが、狙ってではなく身長差によるもの。ブーツのヒール込みでも百五十センチちょいってとこだ。

「ええ、まあ……」
「よかった。そうじゃないかと思ったんです。今日もボーダー柄を着てたから」

 本日のコーデ、トレンチコートの襟元からのぞくのは、紺と生成のボーダーニット。おっしゃるとおり春夏秋冬ボーダー柄ヘビーユーザーである私、パーカーやカーデといった羽織りもの以外のトップスは九割方ボーダー柄だ。色や幅の組みあわせで印象が変わるし、手持ちのどのボトムスにもあう。頼れる大好きアイテムだ。

 彼女のボーダーいじりは、嫌味で言ったのではなさそうだった。他意も悪意も感じない笑顔は、可憐という形容がぴったり。好人物に見える。

「八雲さんのお友達ですか?」
 気になっていたことを直球でぶつけてみた。嘘もついたりしなそうと判断して。
「いえ、こないだ声をかけられただけで」
「ええっ!」
 まさかのナンパ! あの八雲さんが!
「そ、それ、ほんとの、間違いない話で?」
「はい。いきなりだったんで私も驚いちゃって」

 ひときわ大きな風がびゅうと吹く。あ然茫然。驚愕に、したたか打ちのめされる。

「大丈夫ですか。具合が悪そうですけど」
「なんていうか、ちょっと寒くなってきたっていうか」
「大変。あたたまったほうがいいですよ。いいお店知ってるんで、よかったら一緒にいかがですか。元町もとまちのほうにあって、紅茶も季節のケーキも美味しいんです」

 うっかりお腹が鳴りかける。そういや、そろそろおやつタイムだ。体も冷えてきたことだし、紅茶であったまるものよさそうだ。小腹もすいた。季節のケーキというくらいだから、旬のフルーツが使われていることだろう。

 食い気に負け、首を縦にふる。ついでに、あの八雲さんがどんなふうにナンパしたのか詳しく聞きたくもあった。

 外人墓地の横を元町までおりていく。道すがら、互いに軽く自己紹介。彼女は美咲みさきさんといって、この近くに住んでいる医療事務の仕事をしている人だった。

「二週間くらい前でした」

 秋摘みのダージリンにミルクをそそぎ、美咲さんが話しはじめる。ラ・フランスのレアチーズケーキに全神経が持っていかれそうになるのを、かろうじて繋ぎとめ耳をかたむける。

 美咲さんは行きつけのスーパーで「なんの香りですか」と、つけていた香水のことを尋ねられたそうだ。

「バラの香りだって答えたら、どの種類のバラかきかれて。わからなかったんで、うやむやになったままで」

 八雲さんの、お母さんとの思い出話が脳裏をよぎる。追憶の香りが気になって、彼女に声をかけたんだろう。ナンパというより質問。下世話な好奇心がしゅるしゅるしぼむ。

「家に帰っていろいろ調べてもバラの種類まではわからなかったんです。けど、ものすごく真剣だったから、香水の銘柄だけでも伝えたほうがいいのかもと思って」

 その後もスーパーで何度か八雲さんを見かけたけれども、私と一緒のときばかりで声をかけられなかったそうだ。思い迷ったのち、私たちのあとを追ってヒヅキヤをつきとめ、数日ものあいだ悩みに悩んだすえ訪問した、というのが昨日の顛末。

 美咲さんは、私と八雲さんの関係をしきりに気にしていた。ざっくり説明すると表情筋がほぐれ、
「シェアハウスみたいでいいですね、そういうの。私ずっと実家なんで羨ましいです」
 これまで手をつけずにいた紅芋のモンブランに美咲さんがフォークをいれる。それをきっかけ、さらに彼女のペースになる。

「八雲くんって、どんな人ですか?」
「ええと、つかみどころがなくてマイペースですけど優しくて、とてもいい人です」
「あんなに仲よさそうなのに、お二人は本当におつきあいしてないんですか?」
「ないです。まったく。料理する人と食べる人なだけです」
「八雲くん、シェフなんですか?」
「というよりは、もっとゆるいかんじの、ごはん係的な。でも、すごく上手ですよ」

 美咲さんの頬が、それこそバラ色に上気する。鈍感の極みである私にもわかる。これはきっと、恋する人の輝きだ。

「いいな、機会があれば私も食べてみたいです」

 催促ほどのプレッシャーはなくても、どう答えたものか。協力したいのはやまやまだけど、八雲さんのほうにその気があるのかも不確かだし、招待するにしたって決定権は家主の和颯さんにある、私が勝手をするわけにいかない。しかも朔くんが週明けに復学予定。テスト勉強の大詰めだ。心を乱すことは控えたほうがいい。それに、

「すみません、私このあと、ちょっと予定が」

 会話がとぎれたのを好機、先手をうつ。美咲さん、いい人なんだろうけど、積極性の度あいが私には厳しいというか。連絡先の交換をやんわり渋ってるのに、いっこうに引きさがってもらえなくて、けっきょく断りきれず。

 もうしばらく休んでいくと言う彼女を残し、店をでる。みぞおちに重石を抱えたかのように背を丸め、元町と中華街のあいだを流れる中村川なかむらがわ沿いをとぼとぼ進む。消化不良な感情の原因は美咲さんじゃない。苦手気味な相手だからって、ぞんざいな態度をとってしまった自分自身。

 正直。誠実。感謝。思いやり。
 ……おい、私の矜持どこいった。
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