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出会いは吉とでるか
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「めっそうもない。いつも美味しいごはんを食べさせてもらって、感謝してもしきれないくらいです。ただ、毎日それだと八雲さん個人の時間がないんで、たまにはのんびりしてほしくて」
行き違いがないよう、つぶさに説明。私に向きなおした瞳から憂いの雲が晴れていく。
「よかった。僕、みんなのごはん作るの好きなんです。ほかにすることもないんで、このままのほうが楽しいです」
八雲さんにとって日々の食事作りは、もはや生きがいになっているようだ。ならば親切心とはいえ、とりあげるようなまねをするよりは協力するほうがよさそうだ。
「わかりました。私にできることがあれば、いつでもなんでも言ってください。お手伝いします」
「ありがとうございます。じつは朔のお弁当で、日和さんにお願いしたいことがあって」
朔くんが自分で用意する、で話がまとまったあとも八雲さんは諦めておらず、どうにか作るつもりでいたらしいのだが、時雨さんと作成したレシピ帳にはお弁当メニューがないため、新たにレシピ本を購入したいのだという。
しかし、行きつけのスーパーまでの道に本屋はなく、そのために行動範囲を広げるのも二の足を踏む。スマホもパソコンも持っていない。そこで私に頼もうと思ったらしい。
「僕の場合、組みあわせを考えるのがうまくできないので、おかずだけが載ってるのじゃなく、完成形の写真が多いのがほしいです」
リクエストどおりのを見つける労力はいとわないが、来週までのリミットというのは自信がない。なので、思いついた別プランを提案しようとしたところ、
「自分でやるって言ってんじゃん」
おやつを食べにおりてきた朔くんが、ふてくされたように会話にはいってきた。
「そうもいきません。食事係は僕ですし」
「そんなガチガチでやんなくていい。俺だって、八雲に迷惑かけたいわけじゃない」
「迷惑だなんて思ってないです。朔は学校があるじゃないですか。お弁当まで作ってたら大変です。僕がやります」
「心配ないって。ずっとやってて慣れてるから」
八雲さんは例によって「僕の料理は飽きましたか」と言いはじめ、朔くんは「だからそうじゃないって」と返す。どちらも互いを思いやってのことなので一歩もひかない。堂々めぐり。
和颯さんがいてくれれば、あっというまに場をおさめてくれるのだろうが、私じゃそうはいかない。二人のあいだで、どっちつかず。味方にも敵にもなれないまま、とにもかくにも言いそびれていたことを口にする。
「よかったら私が作ろうか」
両者の唇が動きをとめる。目線がこちらに移ったのを確認してから、続きを話す。
「基本的に前の晩の残りもので、あとは玉子焼きとかウインナーとか簡単な常備菜とか。バリエーション少ないけど」
先に反応をみせたのは朔くんだった。
「……料理できんのか?」
心配ごもっとも。料理は八雲さん任せで、お茶いれるくらいしかしてないもんね。
「一人暮らしのとき、たまに自炊してたよ。八雲さんほどのクオリティーは無理だけど」
ないよりはマシくらいの気持ちでお願い、と保険をかけるも、朔くんが危惧したのはそこではなかった。
「そしたら日和、早起きしないといけなくなるだろ。ここから通学すんのは俺のわがままだから、自分でちゃんと……」
「でも、このままだと私、ただの穀つぶしになっちゃうんだよね」
朔くんは血相をかえて「そんなの誰も気にしてない!」と言ってくれる。本当に思いやりのある、いい子だ。
「私が気にするよ。ていうか毎日ぐうたらしてるだけって、わりとしんどい」
「掃除したり八雲の手伝いしてるだろ。それに新しい仕事みつかったら、そんなことしてる暇ないじゃん」
「うん。だから、とりあえず再就職するまでってかんじで。そのあいだに朔くんは、新しい生活リズムに慣れればいいよ。全部いっぺんに始めて頑張りすぎたら潰れちゃうよ」
これには朔くんも思いあたる節があったようだ。ちょっとばかし考えたふうにしたあと、おとなしく矛をおさめ「お願いします」と頭をさげた。こんな真摯な態度をとられると、どれだけでも応援したくなる。そして、そう思ったのは私だけじゃなかった。
「僕も手伝いたいです。邪魔しないように気をつけます。だめですか? 日和さん」
「邪魔だなんてありえません。こちらこそ助かります」
「ありがとうございます。あ、そうだ。日和さんのを参考にして、お弁当用のレシピ帳を作ってもいいですか」
「一緒に考えましょうか。一年分。前の晩の残り物を使ったのを」
「僕、日付にしたがって作ってるんです。そうすると曜日が……」
「じゃあ、残り物があるバージョンとないバージョンを、それぞれ考えてみるとか」
おやつを食べながらも話しあいを続ける。本日は苺のフルーツサンド。生クリームのとマスカルポーネクリームのがあって、二度おいしい。たとえ融通をきかせたりするのが苦手でも、こんなに美味しいものが作れるなら、それだけで立派なことだ。
「あ、ひらめきました。僕、お弁当作りを趣味にします」
突然の宣言に、三個めにかぶりついていた朔くんが「なんだよそれ」と動きをとめる。
「ずっと羨ましかったんです。僕、趣味がないんで。朔の発明品とか、日和さんの刺し子とか、和颯さんのけん玉とか」
「けん玉? 和颯さんが?」
イメージできない。どっちかっていうと大人数でスポーツとかやってそうだもの。
「見たことないんだっけ。意外とうまい。てっぺんのとこに刺したりとか」
「検定がどうとか言ってたことありましたよね」
仰天。けっこう本格的じゃないか。
「私も、もっと頑張ろうかなぁ」
わきに置いた裁縫箱に目をやり、ぽつり。
「いいじゃん。日和、けっこう手先器用だよな」
「はい、筋がいいと思います」
優しさに胸が震える。褒められてのびるタイプを自負している私としては、これ以上ない恵まれた環境だ。
「落ちついたら、俺も発明品づくり再開する」
「テスト係なら任せて。頭だろうと腰だろうと装着してみせるよ」
なにかが動きはじめた気配がした。世の中のスピードからしたら、もたついて話にならないかもしれないけれど。それでも確実に。私たち、それぞれのペースで。
行き違いがないよう、つぶさに説明。私に向きなおした瞳から憂いの雲が晴れていく。
「よかった。僕、みんなのごはん作るの好きなんです。ほかにすることもないんで、このままのほうが楽しいです」
八雲さんにとって日々の食事作りは、もはや生きがいになっているようだ。ならば親切心とはいえ、とりあげるようなまねをするよりは協力するほうがよさそうだ。
「わかりました。私にできることがあれば、いつでもなんでも言ってください。お手伝いします」
「ありがとうございます。じつは朔のお弁当で、日和さんにお願いしたいことがあって」
朔くんが自分で用意する、で話がまとまったあとも八雲さんは諦めておらず、どうにか作るつもりでいたらしいのだが、時雨さんと作成したレシピ帳にはお弁当メニューがないため、新たにレシピ本を購入したいのだという。
しかし、行きつけのスーパーまでの道に本屋はなく、そのために行動範囲を広げるのも二の足を踏む。スマホもパソコンも持っていない。そこで私に頼もうと思ったらしい。
「僕の場合、組みあわせを考えるのがうまくできないので、おかずだけが載ってるのじゃなく、完成形の写真が多いのがほしいです」
リクエストどおりのを見つける労力はいとわないが、来週までのリミットというのは自信がない。なので、思いついた別プランを提案しようとしたところ、
「自分でやるって言ってんじゃん」
おやつを食べにおりてきた朔くんが、ふてくされたように会話にはいってきた。
「そうもいきません。食事係は僕ですし」
「そんなガチガチでやんなくていい。俺だって、八雲に迷惑かけたいわけじゃない」
「迷惑だなんて思ってないです。朔は学校があるじゃないですか。お弁当まで作ってたら大変です。僕がやります」
「心配ないって。ずっとやってて慣れてるから」
八雲さんは例によって「僕の料理は飽きましたか」と言いはじめ、朔くんは「だからそうじゃないって」と返す。どちらも互いを思いやってのことなので一歩もひかない。堂々めぐり。
和颯さんがいてくれれば、あっというまに場をおさめてくれるのだろうが、私じゃそうはいかない。二人のあいだで、どっちつかず。味方にも敵にもなれないまま、とにもかくにも言いそびれていたことを口にする。
「よかったら私が作ろうか」
両者の唇が動きをとめる。目線がこちらに移ったのを確認してから、続きを話す。
「基本的に前の晩の残りもので、あとは玉子焼きとかウインナーとか簡単な常備菜とか。バリエーション少ないけど」
先に反応をみせたのは朔くんだった。
「……料理できんのか?」
心配ごもっとも。料理は八雲さん任せで、お茶いれるくらいしかしてないもんね。
「一人暮らしのとき、たまに自炊してたよ。八雲さんほどのクオリティーは無理だけど」
ないよりはマシくらいの気持ちでお願い、と保険をかけるも、朔くんが危惧したのはそこではなかった。
「そしたら日和、早起きしないといけなくなるだろ。ここから通学すんのは俺のわがままだから、自分でちゃんと……」
「でも、このままだと私、ただの穀つぶしになっちゃうんだよね」
朔くんは血相をかえて「そんなの誰も気にしてない!」と言ってくれる。本当に思いやりのある、いい子だ。
「私が気にするよ。ていうか毎日ぐうたらしてるだけって、わりとしんどい」
「掃除したり八雲の手伝いしてるだろ。それに新しい仕事みつかったら、そんなことしてる暇ないじゃん」
「うん。だから、とりあえず再就職するまでってかんじで。そのあいだに朔くんは、新しい生活リズムに慣れればいいよ。全部いっぺんに始めて頑張りすぎたら潰れちゃうよ」
これには朔くんも思いあたる節があったようだ。ちょっとばかし考えたふうにしたあと、おとなしく矛をおさめ「お願いします」と頭をさげた。こんな真摯な態度をとられると、どれだけでも応援したくなる。そして、そう思ったのは私だけじゃなかった。
「僕も手伝いたいです。邪魔しないように気をつけます。だめですか? 日和さん」
「邪魔だなんてありえません。こちらこそ助かります」
「ありがとうございます。あ、そうだ。日和さんのを参考にして、お弁当用のレシピ帳を作ってもいいですか」
「一緒に考えましょうか。一年分。前の晩の残り物を使ったのを」
「僕、日付にしたがって作ってるんです。そうすると曜日が……」
「じゃあ、残り物があるバージョンとないバージョンを、それぞれ考えてみるとか」
おやつを食べながらも話しあいを続ける。本日は苺のフルーツサンド。生クリームのとマスカルポーネクリームのがあって、二度おいしい。たとえ融通をきかせたりするのが苦手でも、こんなに美味しいものが作れるなら、それだけで立派なことだ。
「あ、ひらめきました。僕、お弁当作りを趣味にします」
突然の宣言に、三個めにかぶりついていた朔くんが「なんだよそれ」と動きをとめる。
「ずっと羨ましかったんです。僕、趣味がないんで。朔の発明品とか、日和さんの刺し子とか、和颯さんのけん玉とか」
「けん玉? 和颯さんが?」
イメージできない。どっちかっていうと大人数でスポーツとかやってそうだもの。
「見たことないんだっけ。意外とうまい。てっぺんのとこに刺したりとか」
「検定がどうとか言ってたことありましたよね」
仰天。けっこう本格的じゃないか。
「私も、もっと頑張ろうかなぁ」
わきに置いた裁縫箱に目をやり、ぽつり。
「いいじゃん。日和、けっこう手先器用だよな」
「はい、筋がいいと思います」
優しさに胸が震える。褒められてのびるタイプを自負している私としては、これ以上ない恵まれた環境だ。
「落ちついたら、俺も発明品づくり再開する」
「テスト係なら任せて。頭だろうと腰だろうと装着してみせるよ」
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