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出会いは吉とでるか
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それからの朔くんは、こもり気味だったのが夢まぼろしかと思うほど一味も二味も違った。
まず翌日。実家に戻り、ヒヅキヤから学校に通えるようご両親と話をつけてきた。同行した和颯さんの口添えもあり、親御さんたちは「学校に行くようになるのなら」と納得したらしい。
「しばらくそれでやってみて、続けるのが難しいようなら、また考えればいいさ」
その日の夕食どき、鷹揚に笑う和颯さんの隣では八雲さんが浮かない顔。
「お弁当がいるんですよね。僕、そういうの作ったことがなくて」
今回のことで初めて知ったが、横浜市内の公立中学は給食がなく家庭弁当推奨。コンビニなどで買ったものは禁じられているそうだ。提携している業者さんのお弁当やハマ弁なるものを注文できたりもするが、朔くんは入学祝いに時雨さんからもらったお弁当箱を使いたいから、自前が希望なのだという。
「残りものがあれば自分でやる。うちにいたときもそうしてた」
「じゃあ、これまでより量を多めに作るとして。けど、前の晩が麺類や汁ものだったときは……」
「冷食とか適当につめる。そんなに気にしなくていい。米を多めに炊いといてくれれば」
その後、担任とも連絡をとり、今月なかばの定期テストで復帰することが決まった朔くんは、平日は学校と同じ時間割で勉強し、土日は積極的に外出するようになった。
着々と準備を進める姿はかつてないほど活力にあふれ輝いて見えて、影響されやすい単純な私はいてもたってもいられなくなり、満を持して自分も新しいことを始めることにした。
といっても働きだしたのではなく、以前に朔くんから受けとった時雨さんの裁縫道具で刺し子を。あいにくワークショップなど開催されていなかったので、ネットで調べたり、先日朔くんをつれて野毛山動物園に行く道すがら中央図書館で本を借り、独学で。
ちなみに動物園には八雲さんと和颯さんも誘ったが、前者には秒で断られ、後者は父親のことで最近また忙しいらしく不在。けっきょく、いつもの二人に落ちついた。
秋晴れの土曜の午後。お散歩がてら訪れた動物園に朔くんは大興奮。予想どおり閉園ぎりぎりまで粘り、入場料がわりにと嬉々として有り金をライオンさん型の募金箱にいれていた。野毛山動物園は入場料無料。園内に募金箱が設置されているのだ。
あんなに喜ぶなら、もっと早く連れていけばよかった。折をみてスタジアムのとこにある彼我公園の池や、近場で生き物を眺められる個人的おすすめスポットにも案内してみようか。当面は復帰最優先で邪魔できないけど。
テストが近づくにつれ熱心に勉強するようになった朔くんは、必要なとき以外は一階におりてこなくなった。和颯さんも留守がちで、八雲さんがキッチンにこもっている今みたいな時間はひとりぼっち。黙々と刺し子をするのにちょうどいい。
よしやるぞ、と裁縫箱をひらく。まずは慣れるとこから。買いこんだ布で簡単な図案のふきん作りを開始する。
ちくちく、ちくちく。ただ線にそって針を進めて。
ちくちく、ちくちく。まっすぐを維持するよう気をつけて。
ちくちく、ちくちく、ちくちく――。
「上手になりましたね」
八雲さんの声がして我に返る。手元の点線は、没頭しているあいだは気にならなくても、俯瞰して見ると粗しかない。
「まだ全然ガタついてますよ」
時雨さんの作ったものは整然としていて、びしっと芯がある。それに比べて私のは、よたよたのふらふら。頼りない。
「なんでも最初はそうですよ。いきなり完璧にできる人なんて僕は見たことありません」
「でも、八雲さんはヒヅキヤ来てから料理するようになったんですよね。あれだけ作れるのは才能があるからじゃないですか」
三食とおやつを完璧にこしらえておきながら料理歴一年ちょいだというのだから、舌を巻くしかない。かたや私は元手芸部員でありながら、すでに五回以上も指をちくりとやってしまった。
「それこそ慣れです。一年目は時雨さんの手伝いをしながらレシピをメモしてただけですし」
「ご謙遜を。レパートリーだって豊富じゃないですか」
「それは、去年と同じものを作ってるだけですから」
そういってキッチンからノートの束を持ってくる。
「レシピ帳です。月ごとになってます」
いつもなにか広げながら作っていると思っていたが、これだったのか。
承諾をえて〈十一月〉と表紙に書かれたのを手にとる。ページをめくると分量や手順以外にも盛りつけかたや使った食器、気づいたことなどが几帳面な字と個性的なイラストで記されていた。
「僕はメニューを考えるのとかできないんで、これがあって助かります。頑張って書いておいてよかったです」
屈託ない笑声を聞きつつ、記憶をさかのぼって日付と照らしあわせる。ゆうべは麻婆豆腐。おとといは鮭ときのこのシチュー。のみならず、朝、昼、おやつも……。
「去年と同じって、そっくりそのまま同じってことなんですね。なら、去年の今日の夕飯が筑前煮ってことは」
「もちろん、今夜は筑前煮です」
毎食決められたメニューを作っていたことには驚いたが、妙に合点がいく。八雲さんは決められたことをこなすのは得意だけれど、予定外が生じたり臨機応変に融通をきかせるのが苦手だ。朔くんのお弁当みたいなことがあると混乱し、うまく対応できなくなってしまう。
「うるう年がきたら困るんです。なにを作ればいいかわからないんで。和颯さんは、その日くらい休めばいいって言うんですけど、食事作りが僕の役割ですから」
まさか三六五日、休まず作りつづけるつもりなのか。
「うるう年だけじゃなく、休みたいときはいつでも休んでもいいと思いますよ」
いくら食事係を任されているからって、そんなに根をつめてやっていたら参ってしまう。心配しての提案だったが、なぜか八雲さんは、おいてけぼりでもくった子どものように心細く眉をさげる。
「もしかして僕の料理、飽きましたか……?」
消えいるように呟き、目を伏せる。本人は本気でそう思っているらしい。なんてこった。よかれと思って言ったことが、とんでもない誤解を生じさせてしまうなんて。
まず翌日。実家に戻り、ヒヅキヤから学校に通えるようご両親と話をつけてきた。同行した和颯さんの口添えもあり、親御さんたちは「学校に行くようになるのなら」と納得したらしい。
「しばらくそれでやってみて、続けるのが難しいようなら、また考えればいいさ」
その日の夕食どき、鷹揚に笑う和颯さんの隣では八雲さんが浮かない顔。
「お弁当がいるんですよね。僕、そういうの作ったことがなくて」
今回のことで初めて知ったが、横浜市内の公立中学は給食がなく家庭弁当推奨。コンビニなどで買ったものは禁じられているそうだ。提携している業者さんのお弁当やハマ弁なるものを注文できたりもするが、朔くんは入学祝いに時雨さんからもらったお弁当箱を使いたいから、自前が希望なのだという。
「残りものがあれば自分でやる。うちにいたときもそうしてた」
「じゃあ、これまでより量を多めに作るとして。けど、前の晩が麺類や汁ものだったときは……」
「冷食とか適当につめる。そんなに気にしなくていい。米を多めに炊いといてくれれば」
その後、担任とも連絡をとり、今月なかばの定期テストで復帰することが決まった朔くんは、平日は学校と同じ時間割で勉強し、土日は積極的に外出するようになった。
着々と準備を進める姿はかつてないほど活力にあふれ輝いて見えて、影響されやすい単純な私はいてもたってもいられなくなり、満を持して自分も新しいことを始めることにした。
といっても働きだしたのではなく、以前に朔くんから受けとった時雨さんの裁縫道具で刺し子を。あいにくワークショップなど開催されていなかったので、ネットで調べたり、先日朔くんをつれて野毛山動物園に行く道すがら中央図書館で本を借り、独学で。
ちなみに動物園には八雲さんと和颯さんも誘ったが、前者には秒で断られ、後者は父親のことで最近また忙しいらしく不在。けっきょく、いつもの二人に落ちついた。
秋晴れの土曜の午後。お散歩がてら訪れた動物園に朔くんは大興奮。予想どおり閉園ぎりぎりまで粘り、入場料がわりにと嬉々として有り金をライオンさん型の募金箱にいれていた。野毛山動物園は入場料無料。園内に募金箱が設置されているのだ。
あんなに喜ぶなら、もっと早く連れていけばよかった。折をみてスタジアムのとこにある彼我公園の池や、近場で生き物を眺められる個人的おすすめスポットにも案内してみようか。当面は復帰最優先で邪魔できないけど。
テストが近づくにつれ熱心に勉強するようになった朔くんは、必要なとき以外は一階におりてこなくなった。和颯さんも留守がちで、八雲さんがキッチンにこもっている今みたいな時間はひとりぼっち。黙々と刺し子をするのにちょうどいい。
よしやるぞ、と裁縫箱をひらく。まずは慣れるとこから。買いこんだ布で簡単な図案のふきん作りを開始する。
ちくちく、ちくちく。ただ線にそって針を進めて。
ちくちく、ちくちく。まっすぐを維持するよう気をつけて。
ちくちく、ちくちく、ちくちく――。
「上手になりましたね」
八雲さんの声がして我に返る。手元の点線は、没頭しているあいだは気にならなくても、俯瞰して見ると粗しかない。
「まだ全然ガタついてますよ」
時雨さんの作ったものは整然としていて、びしっと芯がある。それに比べて私のは、よたよたのふらふら。頼りない。
「なんでも最初はそうですよ。いきなり完璧にできる人なんて僕は見たことありません」
「でも、八雲さんはヒヅキヤ来てから料理するようになったんですよね。あれだけ作れるのは才能があるからじゃないですか」
三食とおやつを完璧にこしらえておきながら料理歴一年ちょいだというのだから、舌を巻くしかない。かたや私は元手芸部員でありながら、すでに五回以上も指をちくりとやってしまった。
「それこそ慣れです。一年目は時雨さんの手伝いをしながらレシピをメモしてただけですし」
「ご謙遜を。レパートリーだって豊富じゃないですか」
「それは、去年と同じものを作ってるだけですから」
そういってキッチンからノートの束を持ってくる。
「レシピ帳です。月ごとになってます」
いつもなにか広げながら作っていると思っていたが、これだったのか。
承諾をえて〈十一月〉と表紙に書かれたのを手にとる。ページをめくると分量や手順以外にも盛りつけかたや使った食器、気づいたことなどが几帳面な字と個性的なイラストで記されていた。
「僕はメニューを考えるのとかできないんで、これがあって助かります。頑張って書いておいてよかったです」
屈託ない笑声を聞きつつ、記憶をさかのぼって日付と照らしあわせる。ゆうべは麻婆豆腐。おとといは鮭ときのこのシチュー。のみならず、朝、昼、おやつも……。
「去年と同じって、そっくりそのまま同じってことなんですね。なら、去年の今日の夕飯が筑前煮ってことは」
「もちろん、今夜は筑前煮です」
毎食決められたメニューを作っていたことには驚いたが、妙に合点がいく。八雲さんは決められたことをこなすのは得意だけれど、予定外が生じたり臨機応変に融通をきかせるのが苦手だ。朔くんのお弁当みたいなことがあると混乱し、うまく対応できなくなってしまう。
「うるう年がきたら困るんです。なにを作ればいいかわからないんで。和颯さんは、その日くらい休めばいいって言うんですけど、食事作りが僕の役割ですから」
まさか三六五日、休まず作りつづけるつもりなのか。
「うるう年だけじゃなく、休みたいときはいつでも休んでもいいと思いますよ」
いくら食事係を任されているからって、そんなに根をつめてやっていたら参ってしまう。心配しての提案だったが、なぜか八雲さんは、おいてけぼりでもくった子どものように心細く眉をさげる。
「もしかして僕の料理、飽きましたか……?」
消えいるように呟き、目を伏せる。本人は本気でそう思っているらしい。なんてこった。よかれと思って言ったことが、とんでもない誤解を生じさせてしまうなんて。
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