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出会いは吉とでるか
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どことなく、しっくりこないような物足りなさだ。たとえば、丁寧に盛りつけられたデザートにミントの葉やなんかの飾りがない、みたいな。
十一月も数日をすぎ、あたたかいメニューが食卓にのぼることが増えてきた今日このごろ、私はそんな気持ちにさいなまれていた。というのも、いつもなら日本大通りのいちょう並木が綺麗に黄葉するのに、どうにも様子が違う。ところどころ変色してるのが目につくのだ。和颯さんによれば、夏場のたび重なる台風で塩害をこうむったせいらしい。
「こんな年もある。心配ない。来年はちゃんと色づくさ」
そう笑いとばしていたが、そのときまでヒヅキヤに住んでいる保障がない私としては複雑だ。まあ、それでも見にくればいい話だけど。
八雲さんがおやつを作ってくれているあいだ、そんなことをつらつら考えていた。朔くんは部屋にこもって勉強中。自分からおりてくるまで邪魔しないでほしいと言われている。和颯さんは、あいもかわらず外出。今日は戸塚で人と会うそうだ。本当に、あちこちに知りあいがいる。
というわけでソファーの定位置を陣取る私は、現在ひとりぼっちで、すこぶる暇なのであった。それは裏を返せば、なんのしがらみもないってこと。ほぼ毎日、こんな夢のような生活を続けていいものだろうかと、さすがに不安をおぼえる。
おととい八雲さんに相談じみたことをしたときは「いいんじゃないですか。なるようになります」と返されたが、甘い水に慣れきってしまえば社会復帰できなくなるかもしれない。この際、多少妥協してでも早く職についたほうがよさそうだ。
こないだ見つけたのが消えてなければ連絡してみるか、とスマホに手をのばしかけたとき、ドアベルが鳴る。土曜ともなれば人通りが増えるにともない、お店と間違われる率もあがる。職探しも大事だけども、まずは役目を果たさないと。
「すみません、ここお店とかじゃなくて……」
キッチンからの甘い香りで説得力皆無でも、今のところ全勝中。もしかしたら私、こういう方面にむいてるのかもしれない。今後の職探しの指針にしようかな。と、のんきにへらへらしていたのが一瞬で消しとんだのは、その人物に見覚えがあったから。
「こんちは。朔、いますか」
あっけらかんとした笑顔で扉をあけたのは、以前、象の鼻パークで七星くんたちと一緒にいたスポーツ少年。
まさに青天の霹靂だ。
「いないこともないけど、ちょっと調子が悪いかもしれないから」
もごもごと言いおき、急いで二階へ。話を聞いた朔くんも顔をこわばらせ、驚きを隠せない。
「なんで大野が……」
先日のことを思いだしても、二人の関係が良好と言いがたいのは想像できる。
「無理そうなら断ってくるけど」
会いたくないなら全力で阻止してみせるぞ、と息巻いてみせたが、朔くんは首を横にふる。
「いい。会う」
「大丈夫? 無理してない?」
「……大丈夫。無理してない」
言いながらも、その手は小刻みに震えていた。わけもわからず苦手な相手が乗りこんできたんだ、そんなの恐ろしいに決まっている。
「きつくなったら、すぐギブアップするんだよ。私や八雲さんが、どれだけでもフォローするからね」
味方がいることを忘れないでいてほしい、の一心で朔くんの手をとる。と、がちがちだった表情がわずかに崩れた。
「そのメンツなら、たぶん俺が一番しっかりしてる」
「た、たしかに。でも、いないよりは多少は」
「冗談だって。頼りにしてる」
するりと手が離れ、朔くんが先に部屋をでる。あとについて下におりてみれば、ソファー席では大野くんと八雲さんが談笑していた。
「よお、朔」
大野くんの呼びかけに、朔くんが頷きだけで応える。しんと静まりかえる空間。そわそわする私とは対照的、八雲さんはブレない笑顔だ。
「みんな揃ったんで、おやつにしましょう。日和さん、手伝ってもらっていいですか」
言われるがまま、キッチンへ。
「お茶の用意をお願いします。お湯も新しくわかしてください」
八雲さんが、並べられた丸いココア生地にクリームとマロンを挟んでいく。本日のおやつはオムレット。できあがっていくのを見るだけでも垂涎ものだ。
「すげぇな、ここ。カフェみてえ」
カウンターがわは遮るものがなく、会話が筒抜け。とりわけ大野くんの声はとおる。お腹からしっかりでてるんだろう。
「親戚のとこだっけ。いいよな。羨ましいわ」
朔くんは簡素な相槌を挟むだけ。それでも大野くんは果敢に話しかける。
「いつもなにしてんだ?」
「普通に」
「趣味のやつ、発明品だっけ、そういうの作ったりとか?」
「ときどき」
それから、文化祭の実行委員での働きっぷりが目にとまり、熱烈勧誘で生徒会に入ることになった七星くんの代理であることを告げた。
「いろいろ任されて忙しいっぽい。てか、七星けっこうマメに朔んとこ来てたんだな」
「うちの親に様子見を頼まれてるんだよ。俺より七星のが信用あるし」
「うちの親も、俺より七星のほう信用してる。あいつ大人受けいいよな。それもあってだろうな、生徒会長やらされるかもってさ。そういや、こないだも……」
活気のある笑い声がフロアに響く。学校生活のたわいない話がくり広げられても、朔くんの反応は薄い。だとしても一対一の状況下、めちゃくちゃ頑張っていると思う。きちんと受け答えてて偉いよ、ほんと。
「あのさ、べつに気にしなくていいから。俺が学校休んでんのは俺の問題で、大野や七星は関係ないっていうか」
ほぼ一方通行な会話が朔くんによって終わりをむかえたのは、ティーポットにお湯をそそいだころだった。問題の核心にふれたことで、静まりかえった室内。茶葉を蒸らすあいだ私も、砂時計の砂が落ちるのを、手に汗にぎりながら見つめる。
やがて大野くんが、さっきよりも沈んだ調子で答えた。
「七星にも同じこと言われた。でも、やっぱ俺のせいだよな。あのときのことがあったから」
十一月も数日をすぎ、あたたかいメニューが食卓にのぼることが増えてきた今日このごろ、私はそんな気持ちにさいなまれていた。というのも、いつもなら日本大通りのいちょう並木が綺麗に黄葉するのに、どうにも様子が違う。ところどころ変色してるのが目につくのだ。和颯さんによれば、夏場のたび重なる台風で塩害をこうむったせいらしい。
「こんな年もある。心配ない。来年はちゃんと色づくさ」
そう笑いとばしていたが、そのときまでヒヅキヤに住んでいる保障がない私としては複雑だ。まあ、それでも見にくればいい話だけど。
八雲さんがおやつを作ってくれているあいだ、そんなことをつらつら考えていた。朔くんは部屋にこもって勉強中。自分からおりてくるまで邪魔しないでほしいと言われている。和颯さんは、あいもかわらず外出。今日は戸塚で人と会うそうだ。本当に、あちこちに知りあいがいる。
というわけでソファーの定位置を陣取る私は、現在ひとりぼっちで、すこぶる暇なのであった。それは裏を返せば、なんのしがらみもないってこと。ほぼ毎日、こんな夢のような生活を続けていいものだろうかと、さすがに不安をおぼえる。
おととい八雲さんに相談じみたことをしたときは「いいんじゃないですか。なるようになります」と返されたが、甘い水に慣れきってしまえば社会復帰できなくなるかもしれない。この際、多少妥協してでも早く職についたほうがよさそうだ。
こないだ見つけたのが消えてなければ連絡してみるか、とスマホに手をのばしかけたとき、ドアベルが鳴る。土曜ともなれば人通りが増えるにともない、お店と間違われる率もあがる。職探しも大事だけども、まずは役目を果たさないと。
「すみません、ここお店とかじゃなくて……」
キッチンからの甘い香りで説得力皆無でも、今のところ全勝中。もしかしたら私、こういう方面にむいてるのかもしれない。今後の職探しの指針にしようかな。と、のんきにへらへらしていたのが一瞬で消しとんだのは、その人物に見覚えがあったから。
「こんちは。朔、いますか」
あっけらかんとした笑顔で扉をあけたのは、以前、象の鼻パークで七星くんたちと一緒にいたスポーツ少年。
まさに青天の霹靂だ。
「いないこともないけど、ちょっと調子が悪いかもしれないから」
もごもごと言いおき、急いで二階へ。話を聞いた朔くんも顔をこわばらせ、驚きを隠せない。
「なんで大野が……」
先日のことを思いだしても、二人の関係が良好と言いがたいのは想像できる。
「無理そうなら断ってくるけど」
会いたくないなら全力で阻止してみせるぞ、と息巻いてみせたが、朔くんは首を横にふる。
「いい。会う」
「大丈夫? 無理してない?」
「……大丈夫。無理してない」
言いながらも、その手は小刻みに震えていた。わけもわからず苦手な相手が乗りこんできたんだ、そんなの恐ろしいに決まっている。
「きつくなったら、すぐギブアップするんだよ。私や八雲さんが、どれだけでもフォローするからね」
味方がいることを忘れないでいてほしい、の一心で朔くんの手をとる。と、がちがちだった表情がわずかに崩れた。
「そのメンツなら、たぶん俺が一番しっかりしてる」
「た、たしかに。でも、いないよりは多少は」
「冗談だって。頼りにしてる」
するりと手が離れ、朔くんが先に部屋をでる。あとについて下におりてみれば、ソファー席では大野くんと八雲さんが談笑していた。
「よお、朔」
大野くんの呼びかけに、朔くんが頷きだけで応える。しんと静まりかえる空間。そわそわする私とは対照的、八雲さんはブレない笑顔だ。
「みんな揃ったんで、おやつにしましょう。日和さん、手伝ってもらっていいですか」
言われるがまま、キッチンへ。
「お茶の用意をお願いします。お湯も新しくわかしてください」
八雲さんが、並べられた丸いココア生地にクリームとマロンを挟んでいく。本日のおやつはオムレット。できあがっていくのを見るだけでも垂涎ものだ。
「すげぇな、ここ。カフェみてえ」
カウンターがわは遮るものがなく、会話が筒抜け。とりわけ大野くんの声はとおる。お腹からしっかりでてるんだろう。
「親戚のとこだっけ。いいよな。羨ましいわ」
朔くんは簡素な相槌を挟むだけ。それでも大野くんは果敢に話しかける。
「いつもなにしてんだ?」
「普通に」
「趣味のやつ、発明品だっけ、そういうの作ったりとか?」
「ときどき」
それから、文化祭の実行委員での働きっぷりが目にとまり、熱烈勧誘で生徒会に入ることになった七星くんの代理であることを告げた。
「いろいろ任されて忙しいっぽい。てか、七星けっこうマメに朔んとこ来てたんだな」
「うちの親に様子見を頼まれてるんだよ。俺より七星のが信用あるし」
「うちの親も、俺より七星のほう信用してる。あいつ大人受けいいよな。それもあってだろうな、生徒会長やらされるかもってさ。そういや、こないだも……」
活気のある笑い声がフロアに響く。学校生活のたわいない話がくり広げられても、朔くんの反応は薄い。だとしても一対一の状況下、めちゃくちゃ頑張っていると思う。きちんと受け答えてて偉いよ、ほんと。
「あのさ、べつに気にしなくていいから。俺が学校休んでんのは俺の問題で、大野や七星は関係ないっていうか」
ほぼ一方通行な会話が朔くんによって終わりをむかえたのは、ティーポットにお湯をそそいだころだった。問題の核心にふれたことで、静まりかえった室内。茶葉を蒸らすあいだ私も、砂時計の砂が落ちるのを、手に汗にぎりながら見つめる。
やがて大野くんが、さっきよりも沈んだ調子で答えた。
「七星にも同じこと言われた。でも、やっぱ俺のせいだよな。あのときのことがあったから」
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