26 / 45
思いがけず近づく
8
しおりを挟む
昼さがり、蓮花さんのお店にむかう。中華街のはずれにある、三階建てのビルの一室。わかりづらい場所にあるそうなので、あらかじめマップを頭にいれて。
土曜の日中で混みそうだったが迂回せず、せっかくなので中華街を通っていくことにした。ヒヅキヤに来てからというもの引越し前より格段に近くなったせいか、逆になかなか訪れる機会がなかったのだ。
東側の入口、朝暘門をくぐる。進むごとに建物も異国情緒をかもす。飛びかうのが外国語だったり片言だったりするのもいい。海外からの観光客も多くプチトリップ気分だ。
このまま人の波にのり、お気に入りのお店とかを巡りたい欲にかられる。パワースポットで名高い関帝廟や媽祖廟も。久々におみくじをひきたいな。蓮花さんの手相鑑定を疑うわけじゃないけど、多角的な見解がほしいというか。もしかしたら五十歳より前倒しで開運するかもしれないし。
歩くにつれ、魅力的な文字や香りも私を刺激する。焼小籠包、パンダまん、杏仁ソフトクリーム、などなど。足をとめそうになるも、ぐっと我慢。私にはやらねばならないことがある。また日をあらためて満喫しにこよう、必ず。絶対。なにがなんでも!
どうにか誘惑にうち勝ち、茶色い壁の雑居ビルにたどり着く。古めな建物のせいか沈んだ印象で、どことなく近よりがたい。折り返し階段をのぼった二階の右手、森羅堂と木製札のかけられたドアを緊張しながら押しひらく。カウンターの蓮花さんが笑顔で迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。本当に遊びにきてくれたの」
「こんにちは。先日のお礼の品を持ってきました」
渡した手土産を、さっそく蓮花さんが開封。中身は、いちじくとナッツのマフィンが四つ。ぽってりとした手のひらサイズで、なかなかのボリュームだ。
「ありがと。おすそわけで八雲のスイーツが返ってくるなら海老鯛ね。日和ちゃんも一緒にいかが。お茶いれるわよ」
「でも、お店が営業中なんじゃ」
「ごらんのとおり、とっても暇なの」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
蓮花さんがバックヤードでお茶をいれてくれているあいだ店内を見る。ヒヅキヤの内装を思わせる白漆喰とこげ茶の板張りで、さほど広さのない細長いつくり。大股なら五六歩で端までいけそうだ。両サイドの棚にはアクセサリーやキーホルダーといった小物のほか、ちょっとした置物などが並んでいる。開運をうたっているだけあって天然石を使ったものや縁起物モチーフが多いが、テイストは土地柄の中華風にかぎらず、和風、洋風、エスニック風、と幅広い。
「お待たせ。遠慮せずくつろいで。たぶん今日はもうお客さん来ないだろうから」
うながされスツールに腰をおろす。蓮花さんいわく、オンラインショップがそこそこ繁盛しているので店舗が閑古鳥でもさして問題ないそうだ。
カウンター横のミニテーブルに用意されたのは、鮮やかな赤をたたえたガラスのティーカップ。ローズヒップとハイビスカスのブレンドティーだ。マフィンを手にとった蓮花さんは気どることなくかぶりつき、とろけるようにほほえんだ。
「こんなに上達するとは思わなかった。和颯のとこに来るまで包丁も握ったことなかったのが嘘みたい」
「えっ、そうなんですか!」
もとから得意なのかと思いきや、八雲さんはヒヅキヤの住人となってから料理をするようになったそうだ。それはそれで才能のなせるわざにも思えるが。
「時雨おばあちゃまが亡くなってどうなることかと思ったけど、このぶんなら安心ね。和颯も朔も料理はからきしだから」
蓮花さんの情報は、はじめて聞くことばかり。ヒヅキヤメンバーのうち八雲さんとはもっとも多く過ごすくせに、彼のことはほとんど知らない。和颯さんたちとの関係も、身をよせた経緯も。
「そういや聞いたわよ。和颯と私の仲、誤解したらしいじゃない」
にわかにトーンダウンしたのを見てとったのか、蓮花さんがわざと睥睨してちゃかす。
「すみません、てっきり」
「勘弁してちょうだい、ただの友達よ。というより、弟みたいな感覚かしらね。ちょっと目を離すとどこかに消えてるから、危なっかしくて放っておけないの」
笑声をもらしカップをとる。ゆうべ本人も言っていたけど、和颯さんはじっとしていられない回遊魚みたいな性質であるようだ。
「和颯、そろそろ一段落ついたかしら」
「一時期よりは、だいぶ。それでも、ちょこちょこでかけてます。今日も八景に。夕飯までには帰ってくると言ってました」
喉を潤した蓮花さんが、あきれたように肩をすくめる。
「話があるから森羅堂にくるように、って伝えてもらえるかしら。私が言っても聞きゃしないけど、日和ちゃんになら従うはずよ」
「いえ、そんなことは……」
「間違いないわ。腐れ縁の私が言うんだから」
とたんに蓮花さんが、ぐっと前のめりになった。美麗なお顔が間近に迫り、思わずどきんと心臓が縮む。
「ついでに、もうひとつ」
ほおずき色の唇が、蠱惑的に弧を描いた。
夕方。ヒヅキヤに帰ったあとも蓮花さんの伝言を反芻。そのくらい強烈かつ衝撃的だった。私に託されても、というのが正直な気持ち。そういったことこそ、親しい間柄の蓮花さんが伝えるべきじゃないのか。いや、それよりも、どのタイミングで本人に切りだせばいいんだ。
もだもだ悩みつづけるなか、スマホが鳴る。麻衣ちゃんからの着信だ。
「ごめん日和、いま大丈夫?」
応答するなり告げた声は、なんだかふわふわしていて不明瞭だ。
「大丈夫だけど、もしかして麻衣ちゃん、酔ってる?」
「酔ってないけど飲んでる。たぶん五時間くらい」
「ごっ、五時間! 麻衣ちゃんこそ大丈夫なの? あんまり飲みすぎるのは……」
時計を見る。午後五時すぎ。お昼から飲みっぱなしってことになる。
「大丈夫。いいじゃん、このくらい。一人暮らしの醍醐味でしょ」
学生時代、横浜市内の実家暮らしだった麻衣ちゃんは、社会人になったのを機に都内で一人暮らしを開始した。「なんでも自分でやらないとだけど、自由度が高いのはいいよね」と言っていたが、よもやこんな体たらくだったとは。
土曜の日中で混みそうだったが迂回せず、せっかくなので中華街を通っていくことにした。ヒヅキヤに来てからというもの引越し前より格段に近くなったせいか、逆になかなか訪れる機会がなかったのだ。
東側の入口、朝暘門をくぐる。進むごとに建物も異国情緒をかもす。飛びかうのが外国語だったり片言だったりするのもいい。海外からの観光客も多くプチトリップ気分だ。
このまま人の波にのり、お気に入りのお店とかを巡りたい欲にかられる。パワースポットで名高い関帝廟や媽祖廟も。久々におみくじをひきたいな。蓮花さんの手相鑑定を疑うわけじゃないけど、多角的な見解がほしいというか。もしかしたら五十歳より前倒しで開運するかもしれないし。
歩くにつれ、魅力的な文字や香りも私を刺激する。焼小籠包、パンダまん、杏仁ソフトクリーム、などなど。足をとめそうになるも、ぐっと我慢。私にはやらねばならないことがある。また日をあらためて満喫しにこよう、必ず。絶対。なにがなんでも!
どうにか誘惑にうち勝ち、茶色い壁の雑居ビルにたどり着く。古めな建物のせいか沈んだ印象で、どことなく近よりがたい。折り返し階段をのぼった二階の右手、森羅堂と木製札のかけられたドアを緊張しながら押しひらく。カウンターの蓮花さんが笑顔で迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。本当に遊びにきてくれたの」
「こんにちは。先日のお礼の品を持ってきました」
渡した手土産を、さっそく蓮花さんが開封。中身は、いちじくとナッツのマフィンが四つ。ぽってりとした手のひらサイズで、なかなかのボリュームだ。
「ありがと。おすそわけで八雲のスイーツが返ってくるなら海老鯛ね。日和ちゃんも一緒にいかが。お茶いれるわよ」
「でも、お店が営業中なんじゃ」
「ごらんのとおり、とっても暇なの」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
蓮花さんがバックヤードでお茶をいれてくれているあいだ店内を見る。ヒヅキヤの内装を思わせる白漆喰とこげ茶の板張りで、さほど広さのない細長いつくり。大股なら五六歩で端までいけそうだ。両サイドの棚にはアクセサリーやキーホルダーといった小物のほか、ちょっとした置物などが並んでいる。開運をうたっているだけあって天然石を使ったものや縁起物モチーフが多いが、テイストは土地柄の中華風にかぎらず、和風、洋風、エスニック風、と幅広い。
「お待たせ。遠慮せずくつろいで。たぶん今日はもうお客さん来ないだろうから」
うながされスツールに腰をおろす。蓮花さんいわく、オンラインショップがそこそこ繁盛しているので店舗が閑古鳥でもさして問題ないそうだ。
カウンター横のミニテーブルに用意されたのは、鮮やかな赤をたたえたガラスのティーカップ。ローズヒップとハイビスカスのブレンドティーだ。マフィンを手にとった蓮花さんは気どることなくかぶりつき、とろけるようにほほえんだ。
「こんなに上達するとは思わなかった。和颯のとこに来るまで包丁も握ったことなかったのが嘘みたい」
「えっ、そうなんですか!」
もとから得意なのかと思いきや、八雲さんはヒヅキヤの住人となってから料理をするようになったそうだ。それはそれで才能のなせるわざにも思えるが。
「時雨おばあちゃまが亡くなってどうなることかと思ったけど、このぶんなら安心ね。和颯も朔も料理はからきしだから」
蓮花さんの情報は、はじめて聞くことばかり。ヒヅキヤメンバーのうち八雲さんとはもっとも多く過ごすくせに、彼のことはほとんど知らない。和颯さんたちとの関係も、身をよせた経緯も。
「そういや聞いたわよ。和颯と私の仲、誤解したらしいじゃない」
にわかにトーンダウンしたのを見てとったのか、蓮花さんがわざと睥睨してちゃかす。
「すみません、てっきり」
「勘弁してちょうだい、ただの友達よ。というより、弟みたいな感覚かしらね。ちょっと目を離すとどこかに消えてるから、危なっかしくて放っておけないの」
笑声をもらしカップをとる。ゆうべ本人も言っていたけど、和颯さんはじっとしていられない回遊魚みたいな性質であるようだ。
「和颯、そろそろ一段落ついたかしら」
「一時期よりは、だいぶ。それでも、ちょこちょこでかけてます。今日も八景に。夕飯までには帰ってくると言ってました」
喉を潤した蓮花さんが、あきれたように肩をすくめる。
「話があるから森羅堂にくるように、って伝えてもらえるかしら。私が言っても聞きゃしないけど、日和ちゃんになら従うはずよ」
「いえ、そんなことは……」
「間違いないわ。腐れ縁の私が言うんだから」
とたんに蓮花さんが、ぐっと前のめりになった。美麗なお顔が間近に迫り、思わずどきんと心臓が縮む。
「ついでに、もうひとつ」
ほおずき色の唇が、蠱惑的に弧を描いた。
夕方。ヒヅキヤに帰ったあとも蓮花さんの伝言を反芻。そのくらい強烈かつ衝撃的だった。私に託されても、というのが正直な気持ち。そういったことこそ、親しい間柄の蓮花さんが伝えるべきじゃないのか。いや、それよりも、どのタイミングで本人に切りだせばいいんだ。
もだもだ悩みつづけるなか、スマホが鳴る。麻衣ちゃんからの着信だ。
「ごめん日和、いま大丈夫?」
応答するなり告げた声は、なんだかふわふわしていて不明瞭だ。
「大丈夫だけど、もしかして麻衣ちゃん、酔ってる?」
「酔ってないけど飲んでる。たぶん五時間くらい」
「ごっ、五時間! 麻衣ちゃんこそ大丈夫なの? あんまり飲みすぎるのは……」
時計を見る。午後五時すぎ。お昼から飲みっぱなしってことになる。
「大丈夫。いいじゃん、このくらい。一人暮らしの醍醐味でしょ」
学生時代、横浜市内の実家暮らしだった麻衣ちゃんは、社会人になったのを機に都内で一人暮らしを開始した。「なんでも自分でやらないとだけど、自由度が高いのはいいよね」と言っていたが、よもやこんな体たらくだったとは。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
後宮浄魔伝~視える皇帝と浄魔の妃~
二位関りをん
キャラ文芸
桃玉は10歳の時に両親を失い、おじ夫妻の元で育った。桃玉にはあやかしを癒やし、浄化する能力があったが、あやかしが視えないので能力に気がついていなかった。
しかし桃玉が20歳になった時、村で人間があやかしに殺される事件が起き、桃玉は事件を治める為の生贄に選ばれてしまった。そんな生贄に捧げられる桃玉を救ったのは若き皇帝・龍環。
桃玉にはあやかしを祓う力があり、更に龍環は自身にはあやかしが視える能力があると伝える。
「俺と組んで後宮に蔓延る悪しきあやかしを浄化してほしいんだ」
こうして2人はある契約を結び、九嬪の1つである昭容の位で後宮入りした桃玉は龍環と共にあやかし祓いに取り組む日が始まったのだった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる