山下町は福楽日和

真山マロウ

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思いがけず近づく

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 和颯さんの説明を聞いていると、麻衣ちゃんが店からでてきた。
「お待たせ。……って、誰?」
 威嚇するような視線が和颯さんを射ぬく。にもかかわらず、本人はまったく動じず挨拶。
「どうも。ひよちゃんの友達だ」

 会釈で応じた麻衣ちゃんが、つと身をよせてきた。
「もしかして彼氏?」
 ヒェッと変な声がもれる。どこをどう見たら、そんな結論になるのか。これほどまでに的はずれだと、困るというより笑えてくる。蓮花さんとの仲を私に誤解されたとき、和颯さんもこんな気持ちだったんだろうか。

「違う違う。なんていうか、お世話になってる人っていうか」
 説明が難しい。住まわせてくれて、いろいろサポートもしてくれてるとはいえ、大家ともパトロンとも違う。

「このあとどうするんだ。うちにでも来るか? ひよちゃんは帰るてまが省けるだろ。あ、でもそれじゃあ、きみは遠くなってしまうか。たしか都内みだったよな」

 私が困っているのを察して、和颯さんが話をそらしてくれる。

「うちの近くに、みなとみらい線の駅はある。明日が仕事休みなら泊まってもいいが、部屋がな。今度ゲストルームでも作るか」

 お誘いをしているようでいて、わりと露骨に私からひき離そうとしてくれている。けれども麻衣ちゃん的に引っかかったのは、そこではなかった。

「てまが省けるってどういうこと。日和、同棲でもしてんの」
「まさか。そんなわけないって」
「じゃあなに。ルームシェア?」

 声のトーンは低く、目がすわって唇もとがり気味。しかも、めっちゃグイグイくる。こんな状態の麻衣ちゃん、見たことない。

「どっちかっていうとシェアハウスっぽいけど、もっとプライバシー守られてるっていうか。キッチンと洗濯機以外は共用じゃないし、みんなフロア別々だし」
「フロア別々? どんなとこ住んでんの。イメージわかない。もっと具体的に説明して、経緯から」

 強烈な目ぢからで睨まれ観念。店先から路地のはじに移動し、和颯さんのご厚意で家賃光熱費なし・食事つきで住まわせてもらっていることを話す。

「だから焦ってなかったんだ、再就職」
 腕組みの麻衣ちゃんが、不愉快そうに鼻を鳴らす。
「それもあるけど、それだけじゃなくて。ちゃんと仕事みつけたら今までの食費とかも払うつもりだし、時間かかりそうなら失業手当で……」
「ぜんぶ他力本願じゃん。居候だとか失業手当だとか、自分のちからじゃないよね」

 戦闘態勢にはいった麻衣ちゃんの攻撃は、やむ気配がない。この調子じゃ、どれだけ私が頑張ったとしても、ことごとく言い負かされるのは目に見えている。

 諦めて受け身。けれども「ああ」だの「うう」だのといった、はっきりしない相槌が火に油をそそぐ結果に。

「ちゃんとしなよ! そうやって依存して、あとあと困るのは日和なんだからね!」

 前のめりになった麻衣ちゃんに呼応するかのように、私は後ずさり。わずかにできた隙間に、目ざとく和颯さんが割ってはいってくれる。

「まあ、そう言わず。ひよちゃんは俺のわがままをきいてくれたまでだ。もちろん、よこしまな気持ちはいっさいない。俺も俺の仲間たちも、ひよちゃんと一緒にいられたら楽しいだろうと思っただけだしな」

 和颯さんを見あげる麻衣ちゃんの眼光は、まるで研ぎすまされた刃物のよう。

「そんな理由で、よくも知らない人間を援助? なんの裏もなく? 信用しろってほうが無理あるよね」

 だが、喧嘩腰につめよられても、和颯さんはびくともしない。

「きみの言うとおり、まず警戒するのが普通だな。けど、信用してもらおうにも証明のしようがない。とりあえず連絡先でも教えようか。住所だろうと生年月日だろうと、なんでも知りたいこと全部。それをもとに俺の素性を調べてもらっても、いっこうに構わない」

 語調に乱れもない。しょっちゅう炸裂する朔くんの癇癪玉で耐性があるせいか、余裕の笑みさえ浮かべている。

「もし、ひよちゃんが今後どうしてもでていきたくなったなら、残念だがしかたない。その際に困るようなら、当面の資金だって援助しよう。もちろん、今までのぶんも返す必要はない。あいにく金には困ってないんだ。欲を言えば、ときどき遊びにきてもらいたいってのはある。あいつらも寂しがるからな」

 譲歩の姿勢までみせる和颯さん。私の立場からしたら破格の好条件だが、そんなこと言わないでほしい。しっかりお金払うんで、このまま住まわせてください。

 麻衣ちゃんは唇をぎゅっとひき結び、それ以上はなにも言わなかった。ただ燃えるような激しい瞳で私と和颯さんを交互に見たあとは一瞥もくれることなく、駅と反対方向にずんずん歩いていってしまった。

 ここからヒヅキヤまでは徒歩三十分ほど。地下鉄やJR、みなとみらい線でも帰ることができるけど、私の酔いざましがてらのんびり歩くことになった。

 最短ルートではなく、少し遠まわり、汽車道から赤レンガ経由で山下公園方面をめざす。夜、このあたりを歩いたことがなかったから新鮮。雰囲気のある街あかりは、昼間とはまた違ったロマンチックさだ。

 道すがら和颯さんは恐縮しきりで「すまなかった、余計なことをした」と謝ってくれたが、そんな必要は微塵もない。遅かれ早かれ、どうせ麻衣ちゃんを怒らせていただろうし。

 もとより趣味嗜好が、まったく噛みあわない私たちだ。学校だのゼミだのといった共通項がなくなれば心身ともに距離が生じるのは自然なことだし、迎合への意欲も低下する。積極的に仲よくしなくても日々の生活に支障がないのだもの。

 だから私は、さっき麻衣ちゃんを追いかけなかった。そうすることだってできたのに。きっと以前ならそうしていたのに。

「気にしないでください。それより、あのあたりにお友達のお店があるんですね。助っ人してたとこですか?」

 過去を切りすて、現在に目をむける。

「すまん、それは方便だ。じつは朔に頼まれてな、ひよちゃんの様子うまく見てこいって。こないだ大さん橋で揉めたのを心配して」

 和颯さんの答えで再認識する。大事にすべきなのは、私を案じてくれる人たちだということを。
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