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誰しも事情はある
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翌日も朔くんが私たちの前に現れることはなく、八雲さんと一対一の食事が続く。
週末になっても和颯さんは多忙で、最後に合流したのはおとといの朝ごはん。朔くんの件は報告したのだけれど「放っておいて平気だ」と言うだけで、心配するそぶりもない。ごちゃごちゃかまってプレッシャーを与えないためだとしても、ドライというか薄情な気もする。お友達との約束のほうが、そんなに大事なんだろうか。お世話になってる身だから、面とむかっては言えないが。
二人きりになる時間がふえれば、会話もふえる。人づきあいが苦手というわりに八雲さんはお喋りで、おかげで楽しく過ごせていた。それでも全員集合のときと比べたら、どうしたって寂しさが漂う。
ふう、とため息がこぼれる。午後三時ちょい前。八雲さんはキッチンでおやつを作ってくれている。料理については、あえて手伝わない。変に手をだして味のクオリティーが落ちたら、みんな不幸になる。本人も一人のほうが集中できると言っているし。
かわりといってはなんだが、私には別のお役目がある。ここをカフェだと勘ちがいした方々に説明とお詫びをするのだ。大それたことじゃなくても、人と接するのが苦手な八雲さんや朔くんに重宝されている。そのために、こうしてソファーで待機。けっして、だらだらしているわけじゃない。……が、暇ではある。
これまでは朔くんとたわいない会話をして時間をつぶしていたのが、ここ数日ひとりぼっち。読書でもしようかと思っても、そういった習慣がないせいで手ごろなものを持っていない。音楽を流そうかと考えても、ほかの人の好みにあわないかもと遠慮してしまう。
けっきょくは無趣味なのが一番の原因だろう。履歴書なんかでも毎回、趣味特技欄に困らされる。どうせだから、この機会になにか始めてみようか。在宅で、あまりお金をかけずにできるものを。スマホで調べようと手をのばしかけたとき、ドアベルが鳴った。すぐに席をたち、扉にむかう。退屈からの解放。嬉しいような、そうでないような。
「すみません、ここお店じゃなくて。まぎらわしいですよね。すみません」
ひたすら平身低頭。たとえお叱りをうけたとしても、しっかり謝り続けていれば最終的にはわかってもらえる。コールセンターでの経験をいかして、今回も事なきをえるつもりだった。なのに、そうならなかったのは、
「あっ、こないだの……!」
入口に立っていたのが、象の鼻パークで出会った銀縁眼鏡の少年だったから。
「小田七星です。先日はどうも」
大人びた挨拶に、まごつきながら頭をさげて私も名を告げる。それから、
「朔くんは、ちょっと今とりこみ中というか」
「いいです。どうせ会いたがらないと思います。いつもそうなんで」
ということは、すでに何度か来訪ずみで、会えなくても構わないつもりだったのか。朔くんを心配して訪ねてきたのかと思ったけど違うのかな。じゃあ、なんのために?
そこにちょうど、八雲さんがおやつを運んできた。私たちのやりとりが聞こえていたらしく、二人分をトレイに乗せて。
「いらっしゃい、七星くん。あいにくですが朔はひきこもってますよ」
「そんなことだろうと思ってたんで大丈夫です」
気軽に言葉をかわす。やはり双方とも面識があった。
「甘酒のちぎりパン作ったんです。食べていってください」
八雲さんは私たちに席をすすめ、「あったかいうちに朔に持っていきます」とキッチンに戻っていく。テーブルには、こんがりきつね色のパンと、チャイが用意されている。
「とりあえず、私たちも食べようか」
一刻も早く味わいたくてうずうず。眼鏡少年も同意してくれて、さっそく「いただきます」と頬ばる。ふわっと広がる甘酒の風味。もっちもちの食感。焼きたてパンが家で食べれるなんて感涙ものだ。
眼鏡少年は、かぶりつくのでなく一口サイズにしてお行儀よく食べている。本日もシャツとカーディガンの小綺麗ファッションで、いいとこの坊ちゃんのいずまいだ。私たちへの応対も礼儀正しく、好感度は高い。八雲さんとも友好的。だが、肝心の朔くんに対してはどうだろうか。
「小田くんは朔くんのお友だち、でいいのかな?」
どういう関係なのか。まずはそこから。
「そうですね。あと、七星でお願いします。下の名前のほうが呼ばれなれてるし、僕も気に入ってるんで」
ささやかに目元が和らぐ。表情の変化が控えめなのは愛想が悪いせいじゃなく、そういうたちのようだ。ならば感情の起伏も控えめだろうと睨み、一歩踏みこむ。
「さしつかえなければ、朔くんのことを教えてもらえるかな。学校いってない理由、知ってる?」
七星くんが大きく瞬きをして、ああ、と声をもらす。
「親戚でも頻繁に会ってるわけじゃないなら近況わかんないですよね」
「え? あ! そ、う、うん、はい、です……」
まずい、親戚設定だったの忘れてた。あの場だけのつもりだったから、細かいとこまで考えていない。追及されればボロがでる。気をつけないと。
微妙にあやしんでくる視線を知らんぷり、聞き役に徹する。話によれば七星くんと朔くんは家が斜向かいで、幼稚園のころから一緒に育った幼なじみ。小学校にあがってからも交友関係は続き、クラスが違ったときでさえ休み時間や放課後をともに過ごしていたそうだ。
朔くんは昔からあんな調子で、学校の子たちと時おり揉めたりもしたが、どうにか疎外されたりせずにすんでいた。けど、中学に進学し、ほかの小学校だった面々が加わって固定されていた人間関係が大きく変化すると、それは朔くんに強く影響をおよぼした。
なかなか新しい環境になじめずにいた朔くんは体調不良を理由に、いつからか休むようになった。それでも七星くんと同じクラスだったうちはたまにくらいだったのが、二年で別クラスになってからは目に見えて頻度がふえた。そうして夏休みあけには完全に不登校になってしまい、今に至るというわけだ。
週末になっても和颯さんは多忙で、最後に合流したのはおとといの朝ごはん。朔くんの件は報告したのだけれど「放っておいて平気だ」と言うだけで、心配するそぶりもない。ごちゃごちゃかまってプレッシャーを与えないためだとしても、ドライというか薄情な気もする。お友達との約束のほうが、そんなに大事なんだろうか。お世話になってる身だから、面とむかっては言えないが。
二人きりになる時間がふえれば、会話もふえる。人づきあいが苦手というわりに八雲さんはお喋りで、おかげで楽しく過ごせていた。それでも全員集合のときと比べたら、どうしたって寂しさが漂う。
ふう、とため息がこぼれる。午後三時ちょい前。八雲さんはキッチンでおやつを作ってくれている。料理については、あえて手伝わない。変に手をだして味のクオリティーが落ちたら、みんな不幸になる。本人も一人のほうが集中できると言っているし。
かわりといってはなんだが、私には別のお役目がある。ここをカフェだと勘ちがいした方々に説明とお詫びをするのだ。大それたことじゃなくても、人と接するのが苦手な八雲さんや朔くんに重宝されている。そのために、こうしてソファーで待機。けっして、だらだらしているわけじゃない。……が、暇ではある。
これまでは朔くんとたわいない会話をして時間をつぶしていたのが、ここ数日ひとりぼっち。読書でもしようかと思っても、そういった習慣がないせいで手ごろなものを持っていない。音楽を流そうかと考えても、ほかの人の好みにあわないかもと遠慮してしまう。
けっきょくは無趣味なのが一番の原因だろう。履歴書なんかでも毎回、趣味特技欄に困らされる。どうせだから、この機会になにか始めてみようか。在宅で、あまりお金をかけずにできるものを。スマホで調べようと手をのばしかけたとき、ドアベルが鳴った。すぐに席をたち、扉にむかう。退屈からの解放。嬉しいような、そうでないような。
「すみません、ここお店じゃなくて。まぎらわしいですよね。すみません」
ひたすら平身低頭。たとえお叱りをうけたとしても、しっかり謝り続けていれば最終的にはわかってもらえる。コールセンターでの経験をいかして、今回も事なきをえるつもりだった。なのに、そうならなかったのは、
「あっ、こないだの……!」
入口に立っていたのが、象の鼻パークで出会った銀縁眼鏡の少年だったから。
「小田七星です。先日はどうも」
大人びた挨拶に、まごつきながら頭をさげて私も名を告げる。それから、
「朔くんは、ちょっと今とりこみ中というか」
「いいです。どうせ会いたがらないと思います。いつもそうなんで」
ということは、すでに何度か来訪ずみで、会えなくても構わないつもりだったのか。朔くんを心配して訪ねてきたのかと思ったけど違うのかな。じゃあ、なんのために?
そこにちょうど、八雲さんがおやつを運んできた。私たちのやりとりが聞こえていたらしく、二人分をトレイに乗せて。
「いらっしゃい、七星くん。あいにくですが朔はひきこもってますよ」
「そんなことだろうと思ってたんで大丈夫です」
気軽に言葉をかわす。やはり双方とも面識があった。
「甘酒のちぎりパン作ったんです。食べていってください」
八雲さんは私たちに席をすすめ、「あったかいうちに朔に持っていきます」とキッチンに戻っていく。テーブルには、こんがりきつね色のパンと、チャイが用意されている。
「とりあえず、私たちも食べようか」
一刻も早く味わいたくてうずうず。眼鏡少年も同意してくれて、さっそく「いただきます」と頬ばる。ふわっと広がる甘酒の風味。もっちもちの食感。焼きたてパンが家で食べれるなんて感涙ものだ。
眼鏡少年は、かぶりつくのでなく一口サイズにしてお行儀よく食べている。本日もシャツとカーディガンの小綺麗ファッションで、いいとこの坊ちゃんのいずまいだ。私たちへの応対も礼儀正しく、好感度は高い。八雲さんとも友好的。だが、肝心の朔くんに対してはどうだろうか。
「小田くんは朔くんのお友だち、でいいのかな?」
どういう関係なのか。まずはそこから。
「そうですね。あと、七星でお願いします。下の名前のほうが呼ばれなれてるし、僕も気に入ってるんで」
ささやかに目元が和らぐ。表情の変化が控えめなのは愛想が悪いせいじゃなく、そういうたちのようだ。ならば感情の起伏も控えめだろうと睨み、一歩踏みこむ。
「さしつかえなければ、朔くんのことを教えてもらえるかな。学校いってない理由、知ってる?」
七星くんが大きく瞬きをして、ああ、と声をもらす。
「親戚でも頻繁に会ってるわけじゃないなら近況わかんないですよね」
「え? あ! そ、う、うん、はい、です……」
まずい、親戚設定だったの忘れてた。あの場だけのつもりだったから、細かいとこまで考えていない。追及されればボロがでる。気をつけないと。
微妙にあやしんでくる視線を知らんぷり、聞き役に徹する。話によれば七星くんと朔くんは家が斜向かいで、幼稚園のころから一緒に育った幼なじみ。小学校にあがってからも交友関係は続き、クラスが違ったときでさえ休み時間や放課後をともに過ごしていたそうだ。
朔くんは昔からあんな調子で、学校の子たちと時おり揉めたりもしたが、どうにか疎外されたりせずにすんでいた。けど、中学に進学し、ほかの小学校だった面々が加わって固定されていた人間関係が大きく変化すると、それは朔くんに強く影響をおよぼした。
なかなか新しい環境になじめずにいた朔くんは体調不良を理由に、いつからか休むようになった。それでも七星くんと同じクラスだったうちはたまにくらいだったのが、二年で別クラスになってからは目に見えて頻度がふえた。そうして夏休みあけには完全に不登校になってしまい、今に至るというわけだ。
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