山下町は福楽日和

真山マロウ

文字の大きさ
上 下
13 / 45
誰しも事情はある

しおりを挟む
 翌日も朔くんが私たちの前に現れることはなく、八雲さんと一対一の食事が続く。

 週末になっても和颯さんは多忙で、最後に合流したのはおとといの朝ごはん。朔くんの件は報告したのだけれど「放っておいて平気だ」と言うだけで、心配するそぶりもない。ごちゃごちゃかまってプレッシャーを与えないためだとしても、ドライというか薄情な気もする。お友達との約束のほうが、そんなに大事なんだろうか。お世話になってる身だから、面とむかっては言えないが。

 二人きりになる時間がふえれば、会話もふえる。人づきあいが苦手というわりに八雲さんはお喋りで、おかげで楽しく過ごせていた。それでも全員集合のときと比べたら、どうしたって寂しさが漂う。

 ふう、とため息がこぼれる。午後三時ちょい前。八雲さんはキッチンでおやつを作ってくれている。料理については、あえて手伝わない。変に手をだして味のクオリティーが落ちたら、みんな不幸になる。本人も一人のほうが集中できると言っているし。

 かわりといってはなんだが、私には別のお役目がある。ここをカフェだと勘ちがいした方々に説明とお詫びをするのだ。大それたことじゃなくても、人と接するのが苦手な八雲さんや朔くんに重宝されている。そのために、こうしてソファーで待機。けっして、だらだらしているわけじゃない。……が、暇ではある。

 これまでは朔くんとたわいない会話をして時間をつぶしていたのが、ここ数日ひとりぼっち。読書でもしようかと思っても、そういった習慣がないせいで手ごろなものを持っていない。音楽を流そうかと考えても、ほかの人の好みにあわないかもと遠慮してしまう。

 けっきょくは無趣味なのが一番の原因だろう。履歴書なんかでも毎回、趣味特技欄に困らされる。どうせだから、この機会になにか始めてみようか。在宅で、あまりお金をかけずにできるものを。スマホで調べようと手をのばしかけたとき、ドアベルが鳴った。すぐに席をたち、扉にむかう。退屈からの解放。嬉しいような、そうでないような。

「すみません、ここお店じゃなくて。まぎらわしいですよね。すみません」

 ひたすら平身低頭。たとえお叱りをうけたとしても、しっかり謝り続けていれば最終的にはわかってもらえる。コールセンターでの経験をいかして、今回も事なきをえるつもりだった。なのに、そうならなかったのは、
「あっ、こないだの……!」
 入口に立っていたのが、象の鼻パークで出会った銀縁眼鏡の少年だったから。

小田七星おだななせです。先日はどうも」
 大人びた挨拶に、まごつきながら頭をさげて私も名を告げる。それから、
「朔くんは、ちょっと今とりこみ中というか」
「いいです。どうせ会いたがらないと思います。いつもそうなんで」

 ということは、すでに何度か来訪ずみで、会えなくても構わないつもりだったのか。朔くんを心配して訪ねてきたのかと思ったけど違うのかな。じゃあ、なんのために?

 そこにちょうど、八雲さんがおやつを運んできた。私たちのやりとりが聞こえていたらしく、二人分をトレイに乗せて。

「いらっしゃい、七星くん。あいにくですが朔はひきこもってますよ」
「そんなことだろうと思ってたんで大丈夫です」
 気軽に言葉をかわす。やはり双方とも面識があった。
「甘酒のちぎりパン作ったんです。食べていってください」

 八雲さんは私たちに席をすすめ、「あったかいうちに朔に持っていきます」とキッチンに戻っていく。テーブルには、こんがりきつね色のパンと、チャイが用意されている。

「とりあえず、私たちも食べようか」
 一刻も早く味わいたくてうずうず。眼鏡少年も同意してくれて、さっそく「いただきます」と頬ばる。ふわっと広がる甘酒の風味。もっちもちの食感。焼きたてパンが家で食べれるなんて感涙ものだ。

 眼鏡少年は、かぶりつくのでなく一口サイズにしてお行儀よく食べている。本日もシャツとカーディガンの小綺麗ファッションで、いいとこの坊ちゃんのいずまいだ。私たちへの応対も礼儀正しく、好感度は高い。八雲さんとも友好的。だが、肝心の朔くんに対してはどうだろうか。

「小田くんは朔くんのお友だち、でいいのかな?」
 どういう関係なのか。まずはそこから。
「そうですね。あと、七星でお願いします。下の名前のほうが呼ばれなれてるし、僕も気に入ってるんで」

 ささやかに目元が和らぐ。表情の変化が控えめなのは愛想が悪いせいじゃなく、そういうたち・・のようだ。ならば感情の起伏も控えめだろうと睨み、一歩踏みこむ。

「さしつかえなければ、朔くんのことを教えてもらえるかな。学校いってない理由、知ってる?」
 七星くんが大きく瞬きをして、ああ、と声をもらす。
「親戚でも頻繁に会ってるわけじゃないなら近況わかんないですよね」
「え? あ! そ、う、うん、はい、です……」

 まずい、親戚設定だったの忘れてた。あの場だけのつもりだったから、細かいとこまで考えていない。追及されればボロがでる。気をつけないと。

 微妙にあやしんでくる視線を知らんぷり、聞き役に徹する。話によれば七星くんと朔くんは家がはす向かいで、幼稚園のころから一緒に育った幼なじみ。小学校にあがってからも交友関係は続き、クラスが違ったときでさえ休み時間や放課後をともに過ごしていたそうだ。

 朔くんは昔からあんな調子で、学校の子たちと時おり揉めたりもしたが、どうにか疎外されたりせずにすんでいた。けど、中学に進学し、ほかの小学校だった面々が加わって固定されていた人間関係が大きく変化すると、それは朔くんに強く影響をおよぼした。

 なかなか新しい環境になじめずにいた朔くんは体調不良を理由に、いつからか休むようになった。それでも七星くんと同じクラスだったうちはたまにくらいだったのが、二年で別クラスになってからは目に見えて頻度がふえた。そうして夏休みあけには完全に不登校になってしまい、今に至るというわけだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

熱砂のシャザール

春川桜
キャラ文芸
日本の大学生・瞳が、異国の地で貴人・シャザールと出会って始まる物語

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。

当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。 ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。 ※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m) ※12/31タイトル変更しました。 他のサイトにも重複投稿しています。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

出向先は恋の温泉地

wan
恋愛
大手の総合レジャー企業。 冴えない主人公は日々先輩から罵られていて毎日心ない言葉を浴びせられていた。 態度悪い人はともかく、そうでないのに悪態をつけられる。憂鬱で、居場所がなく、自ら距離を置いてるが孤独で、味方もいなくて、働きづらくて常にHPが削られていく。 ある日、上司から出向(左遷)されるがしかも苦手な先輩と一緒。地獄へ行くような気分だった。 そこで1人の女性社員と出会う。暖かい眼差しと声に誘われ、一緒に仕事をすることになる。 そこで2人はどんどんひかれ合うのですが、先輩は雲行きが怪しくなり、、、。 飛ばされても、罵られても、サラリーマンとして働く主人公とヒロインとの出会い。ほのぼのしたお話を書いてみたく連載しました。 彼への応援をよろしくお願いします。 営業やイベント企画など私にとって未経験のものですが、何とかイメージして書いていきます。至らない点も多いかと思いますが、読んで楽しめていただければ幸いです。 何か感じたこと、こうしたらいいのでは?何かありましたらコメントよろしくお願いします。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

処理中です...