山下町は福楽日和

真山マロウ

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山下町ライフはじめました

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 壁掛け時計に目をやる。現在、午後三時ちょい前。先ほどからキッチンにいる怒声のぬしが学生だとするなら、学校に行ってないことになる。
 学生の本分は勉強。学校は通ってなんぼ。ごもっとも。けど、個人的には必ずしもそうだとは思わない。各人いろいろ事情があるだろうし、無理に登校して酷い展開になるくらいなら戦略的撤退したっていいじゃない。

 数年前は私も学生だった。気持ちはわかる。そういった諸々を考えれば、少年の大荒れもやむなしだ。あのケーキ、商品用じゃなかったんだね。知らなかったとはいえ、おやつ食べて誠に申し訳ない。

「弟さんですか?」
 罪滅ぼしの気持ちもあり、店員さんの話に乗っかることにする。
「いえ、僕はただの居候ですから」
 ということは、オーナーさんのご家族とかだろうか。

「悪い子じゃないんです。ただ、感情のコントロールがあまり上手くないだけで。不器用に繊細というか、純粋すぎるというか」
 フォローをいれる店員さんの顔に、慈しみの色がほのめく。彼らに血縁関係はなくとも、広い意味の身内ではあるようだ。店員さんにしてみれば少年のことが心配なのだろうが、身近にこれだけ理解してくれる人がいるなら、現状どうだろうと大丈夫な気もする。

 とはいえ詳細がわからないかぎり、あまり踏みこむべきでない案件だ。デリケートな問題。慎重な受け答えが求められるぞ。ううむ……。
 あれこれ悩みながらハーブティーに口をつける。レモングラスの爽快感とジンジャーの刺激で適切な返しが閃かないかと頭をひねっていたら、不穏な気配を感じとった。

 視線を移動。うっかり出そうになった悲鳴を、お茶と一緒に飲みこむ。ビーズのれんの下に、じっとり見つめてくる右目が。睨まれてるんじゃないけど、つりあがり気味だから威圧感がある。おそらく彼が、くだんの少年だ。

 びっくりしたけど、自分の話をされてるのだから、そうなるのも当然のこと。と、気をとりなおして会釈してみたら、さっと右目がひっこんだ。ものすごく見られていたけど、店員さんは気づいていない。

 本人が聞いていることを知り、ぐんとハードルがあがる。右目くんの気分を害さず、かつ店員さんの気持ちも和らぐような、思いやりあふれる言葉を。頑張れ、私の脳細胞と語彙力ぅ!

 人知れず格闘しているさなか、幸か不幸か、このタイミングでドアベルが鳴る。
「おい、聞いてくれ! さっきそこで……」
 ほがらかに入店してきたのは、私よりも少しばかり年上らしい男性。ゆったりめの白いカットソーとノンウォッシュのデニムパンツに、藍色のガウン風のものを羽織っている。ブルーベースの肌におさまるのは、しっかりとした目鼻立ち。なかなかのイケメンさんだ。

「こりゃ失礼。まさか先客があったとは」
 私の姿をみとめ、きまり悪そうにマッシュウルフの頭をかく。こちらもぺこり。「おかえりなさい」と声をかけた店員さんが「うちのボスです」と紹介する。ということは、この人がオーナーさんか。勝手な予想で、ショップとかの経営者って四十代くらいをイメージしていたので驚きだ。この人は、どう見ても二十代後半。相当のやり手なのか。それともおうちがセレブなのか。

 不躾に観察をしていた私の隣、ボスさんが着席。すかさず店員さんがお伺いをたてる。
「いつものでいいですか」
「ああ、頼む。それにしても、この香りはなんだ?」
「紅茶のシフォンケーキを作りました。食べますよね」
「もちろん貰おう」
 店員さんがキッチンに向かったあと、ボスさんが「あいつのスイーツ美味かったろ」と人懐っこく笑いかけてきた。精悍と愛嬌が同居していて、どことなく狩猟犬っぽい印象だ。

 店員さんがボスさんのために用意したドリンクは、ミントとレモンの炭酸水だった。クリアな世界に沈む鮮やかなグリーンとイエローが、見た目にも涼しげ。しかもダブルウォールグラス。いいよね、水滴つかなくて。などと思いながら眺めていると、喉を潤したボスさんがやたら上機嫌に話しはじめた。
蓮花れんかに会ってな。予言されたぞ」

 蓮花さんというのは雑貨屋を営む女性で、占いができるかただそうだ。中華街には飲食店だけでなく、手相とかの占いや開運グッズを扱うショップも多い。蓮花さんのお店は、その少しはずれにあるとのこと。

 とても興味をひかれるお話。建ち並ぶお店の前を通るたび気になりつつも、いざとなると尻ごみして、いまだに占い未経験。よくないことを言われたら心折れそうだし、逆にいいこと言われたらどこまでも調子づいてしまいそうで。

「蓮花さんは当たりますからね。どんなこと言われたんですか」
 店員さんに尋ねられ、オーナーさんが含みのある笑みを私によこす。
「新しい出会いがあれば、それが探し求めていた人だとさ」

 思わぬ言葉に店員さんの目が見開かれ、こちらにそそがれる。気づけば少年の右目も、再び様子をうかがっている。
「てなわけで、よろしくおねしゃす」
 軽い調子でボスさんが頭をさげてきたが、そんなこと言われても、なにがなんだか。

「え、あ、ええと……」
 あたふたするばかりでいたら、店員さんがさらに度肝をぬくセリフをぶちかましてきた。
「もしかして婚活のですか」
 はい? それって、あの結婚相手を探すやつ?
「じゃなくて、あれだ、前に言ってた、もう一人いたらいいなぁってやつ」
 え? もしかして、ここのスタッフってこと?

 いちいち小首をかしげつつも、内心ほんのり期待が高まる。求人ならば願ってもない。山下町のカフェなんておしゃれ感ありまくりで気後れしちゃいますが、この店員さんとなら平和にやっていけそうだ。

 店員さんはケーキを取りわける手を一瞬とめたものの、すぐに再開。「僕はかまいませんよ」と答える。それを受け、私も本格的に胸算用にとりかかる。
 一番の問題はお給料だ。交通費別で家賃の三倍くらいの手取りはほしいが、さっきからお客は私だけ。お世辞にも繁盛してるとは言えない。高望みはできなそうだ。ならば、まかないを多めに。できれば、お昼とおやつに夕飯も。

 生意気な損得勘定。それを見透かしたように、奥から目の覚めるような一撃がきた。
「絶対に嫌だ! 俺は認めない!」
 少年が異議申し立て。しかも、これまで以上に強い語調。おやつを食べた天敵への攻撃だとしても、度を越す拒絶っぷりだ。
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