婿入り志願の王子さま

真山マロウ

文字の大きさ
上 下
40 / 40
しかるべき場所に

4

しおりを挟む
 ロラン王子が再びニリオンに渡り数週間がたった、ある晴れた日の朝――。
 みずみずしい陽光のもと、みくも屋のおもてを竹ぼうきでいていると、坊主頭の青年が配達に駆けてきました。
「よう、朝っぱらから精がでるな、ロラン」
「おはよう。お互いにね」
「こんど遊びいくから少しまけろよ」
「そういうのは女将さん判断だから、チヨちゃんにきいとく」
「うまく言っといてくれな」
 新聞を受けとり、走り去る青年を見送ります。
 この国での顔なじみはロラン王子を王族だなんて思ってもみないので、臆面もありません。本人はそれが爽快です。
 チトセ女王の指示により、ミヤ姫に戻ったモモがみくも屋を離れたので、ロラン王子の仕事はうんと増えました。
 そうなってみて初めて知りましたが、彼女は金勘定の得意でないチヨにかわって帳簿をつけたり仕入れの手配をしたり、はたまた店の姐さん方のお世話やご近所さんへの気配りを欠かさなかったりといった実姉顔負けの辣腕家で、ひたむきな働き者でした。
「ロラン様、下ごしらえができましたよ」
 店先の掃除を終えたころ、玄関戸が引かれアルマンが顔をだしました。
 モモ専任だった食事のしたくも、今や彼らの仕事のひとつ。実家が鍛冶屋なだけあってかアルマンは刃物の扱いにたけていて、ロラン王子がやるよりも迅速かつ正確です。
 ニリオンへの同行を断りつづけていたアルマンでしたが、後光のさす勢いでロラン王子に渾身の土下座をかまされたのと両陛下とレオン王太子によくよくお願いされてしまったのとで、世話係でなく護衛ということでやむをえず承諾しました。
「ありがと、こっちも終了。はい、アルマンお待ちかねの経済紙きたよ。あいかわらずおカタイのしか読まないねぇ」
「ロラン様も、そろそろご覧になってはいかがですか」
「俺はゴシップロイヤル一本です。浮気しません」
 と、手渡した一面にはチトセ女王とミヤ姫が。教育に関する新たな政策を打ちだしたという記事で、以前トウヤの件のお礼で偽ミヤ姫と対面した際ロラン王子が提案したのが、のちのち本物のミヤ姫からチトセ女王に伝わり採用されたのでした。
「お二方ともご活躍のようですね」
「そうだね。欲をいえば魔術画は精度あげてほしいけど。ま、俺のミヤちゃんコレクションが増えるだけでも良しとするか。あとでスクラップしとこ」
「粘着気質はコルト顔負けですね」
「アルマンも好きな人ができれば、俺たちの気持ちがわかる……って、ねえちょっと! ちゃんと聞いて!」
 連れだってくりやにいくと、整然と切りそろえられた野菜がありました。
 これらのうちのいくつかは、トウヤが生産したもの。ミヤ姫の桜で世話になったロラン王子へのお礼として、定期的に旬の野菜が届けられていました。実直な彼の性格を反映したようにけれんみ・・・・なく美味しくて、みくも屋のみんなに好評です。
 火をつかう調理はアルマンがおこないますが、味つけはロラン王子の担当でした。舌が肥えているせいで一家言あってうるさく、最初から任せてしまったほうが早いのです。近頃は母国料理をニリオン風にアレンジするのに凝っています。
「おはようございます」
 ロラン王子が調味料をまぜていると、コルトが起きてきました。
「おはよう。今日早いね、どしたの」
「ハクレン様に新しい術を教えていただける日だと思ったら、いてもたってもいられなくて」
「そっか、訓練デーだっけ。でも、お城に行くのは午後だよね。ごはんできたら起こすから、もう少し寝てなよ」
「大丈夫です。お皿ならべてきます」
 黒い魔術師と対峙しても、たじろぐどころか逆にバチバチだった見あげた根性と、秘薬の副作用の眉毛と眼力がなんかうけたという理由で、コルトはハクレンに弟子入りを認められました。なにが琴線に触れるかわかったもんじゃないね、というのはチヨのげんです。
「そういや、こないだコルトが洗濯してるの見て気づいたんだけど、俺がかわりにやってたとき、女の子たちの下着類ひとつもなかったんだよね。なんでだろ」
「姐さん方は女性慣れしていないコルトの反応が楽しかったんですから、ロラン様に見せてもしかたないと思ったんでしょう。今となっては過去の話ですが」
「ハクレン様のじゃないと思ったら全部ただの布にしか見えなくなりました、って言ってたっけ。変われば変わるもんだね。コルトも成長したなぁ」
「それが喜ばしいことなのかは判断しかねますが」
 じゅうじゅうパチパチと音をさせ、アルマンが目玉焼きをこしらえます。ところに、コルトしかいないはずの座敷から話し声が。不審に思ったロラン王子が様子を見にいくと、
「いつのまに!」
 コルトと語らうライゴの姿。卓上には、レオン王太子が表紙のゴシップロイヤル最新号が開かれています。
 妻子を人質にとられていたとはいえガセネタをあげてしまった前号のお詫びとして一転、好意的な特集。チトセ女王の名前をだすわけにいかなかったこともあり、大臣らのクーデターを鎮圧したのは表向きレオン王太子の手柄となっています。
 そんなふうに兄ばかり注目されても昔と違ってロラン王子に歯がゆさはなく、むしろ自慢ですらありました。なのでライゴに「兄貴ばかりだな」と言われたってなんともありませんし、
「ふふん、じつは俺も載ってるんだよね」
 めくってみせた次ページのすみには、ロラン王子が当誌の熱狂的ファンという内容。おまけ程度の小さなものですが、以前の見切れた手首に比べたら大出世です。
「で、どしたの。どうせ朝ごはん食べにきたんだろうけど」
「わかってるなら早く頼む。夜勤あけで腹がへった」
「図々しいなぁ。てか、事前に連絡してって何度も言ってるよね。それ用の水晶、コルトにもらったでしょ。いきなりこられても材料の都合とか……」
 不平たらたらのロラン王子。ライゴはわざとがましく席を立とうとします。
「そうか。ミヤ姫からのことづてもあったが、またにする」
「ちょ、待って、それだけ言っていきなよ」
 ライゴが瞳で等価交換を要求。ロラン王子は是非もありません。
「わかったよ、作るよ! あーあ、チトセ女王が書簡を許してくれればこんなことにならないのに、形に残るものはダメって言うから」
 そこに足音。登場したのは大あくびのチヨです。
「なんの騒ぎだい。うるさくって寝てられないよ」
「ごめんねチヨちゃん、でもライゴが」
「でももくそもありゃしない。こちとら夜中じゅう客の相手してんだから昼までは静かにしなって、いつも言ってんだろう」
「それはそうなんだけど……あ、お茶飲む? いれるから座ってよ」
 薬茶を煎じてもらい、いくらか機嫌をなおすチヨ。そのかんにアルマンがライゴのぶんも調理をおえ、一同食卓を囲みます。
「来月になったら花火があるから一緒に見ないか、とおっしゃっていた」
 ライゴが告げたミヤ姫の伝言に、チヨが食指を動かされます。
「そりゃいいね。いろんな国のを見てきたけど、うちはニリオンのが、いっとう気に入ってるよ。余韻があるっていうか、なんだか情緒的でね」
「へえ、楽しみですね。エトワルンのは派手さ重視でしたから」
「ハクレン様もいらっしゃるでしょうか」
 おのおの興味を示したアルマンとコルト。ロラン王子も期待に胸が膨らみます。
「みんなで見ればいいよ。ハクレンちゃんもトウヤも、トウヤのおばあちゃんも。この際チトセ女王も呼んでさ。せっかくだから兄上も。兄弟子くんに頼めば一瞬でしょ」
「いいんですか、そんなこと言って。ミヤ姫と二人きりになれませんけど」
「いいの、どうせチトセ女王がさせてくれないもん。それに、楽しいことはみんな一緒のほうがミヤちゃんも喜ぶし、俺も嬉しい」
「……生意気なことを」
「なんで! けっこういいこと言ったのに!」
 アルマンに舌打ちされ、けんもほろろのロラン王子が笑いを誘う団欒。ニリオンでの彼らの夏は始まったばかりで、言わずもがな平穏無事とはいきません。
 が、このたびはいささか長くなってしまいました。そのお話は、またの機会といたしましょう。


                         〈おしまい〉
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ミキちゃんちのインキュバス! 

千両文士
ファンタジー
守屋 美希、通称ミキちゃんは30代独身、都内S区で一人暮らしの会社員。 そんな彼女の元に迷い込み、同居することになったのは……女性が苦手なイケメン悪魔、淫魔族のアランだった?! ミキちゃんと淫魔のアラン君、その他もろもろの人間(一部人外)が織りなす平和なほのぼの日常モノ。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

同僚のよしみで麗しの薔薇騎士様の恋人役を拝命しました~奔放な国王に振り回されている隠密バディの両片思いが実るまで~

柳葉うら
恋愛
完璧主義で生真面目な侍女と、美形で軟派者を演じているけれど実はヘタレで残念なイケメンの騎士が織りなすドタバタラブコメディ。 国王に仕える<鉄仮面>の侍女こと隠密侍女のロミルダは仕事人間で、どんな任務も完璧に遂行するのがモットー。同じ主君に仕える相棒の<薔薇騎士様>こと隠密騎士のラファエルは、仕事以外では接点のないただの同僚。しかしある日、二人は国王の命令で恋人を演じなければならなくなった。 ※小説家になろう様にも掲載しております

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...