婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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勝手知ったる

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 彼らはまず手始めに、アルマンの昔なじみである宿屋のせがれを訪ねることにしました。
 といっても目立つのは厳禁なので、相手が単身出歩くところを狙って接触します。それも、いきなり裏路地に引きずりこんで。
「ひさしぶり」
「なんだアルマンか。驚かせるなよ。強盗かと思っただろ」
「悪いけど少しかくまってもらえないかな。なるだけ人目につきたくないんだ。とくに宮廷関係の人間には」
 宿屋のせがれは、彫りの深い眼窩がんかをアルマンの目くばせの先にむけ一驚。
「うお、団体様! って、チヨさんもいるじゃないか。ますます別嬪に磨きがかかったな」
「俺もいるよ」
「よう、ロラン王子。ってことはお前ら、またなんかやらかしたのか。懲りないな」
 十中八九面倒ごとのにおいですが、ここらの少年少女あがりは、なにかしら恩義のあるアルマンの頼みとあれば断りません。
 それに根っからの祭好きが多く、彼も自分から首をつっこむひとり。トラブルメーカーのロラン王子が小言を投げられながらも町の人びとに受けいれられているのは、そういうわけでもあります。
 一行いっこうは宿屋の敷地にある物置小屋へ案内されました。かつて彼らのたまり場だった、懐かしの場所です。
 より詳しい内情を知るため、アルマンは宿屋のせがれに頼み、これまた昔なじみである商人のせがれを呼びよせました。
「まじでアルマンじゃん。ロラン王子もいる。うぃーっす。って、チヨ姐さんじゃないすか! おひさしぶりっす!」
 短く刈りこんだ赤毛の青年が、陽気に登場したかと思うとビシッと最敬礼。個人的カーストに準じ、態度をかえます。
 家の手伝いでそこらじゅうを御用聞きしているせいか、彼は町の情報屋のような存在でした。しかも、食材なんかを納入するのに頻繁に宮殿へ出入りしていましたから、の人間では誰よりも内情につうじていて信頼できるのです。
 さしいれてもらった簡易な昼を馳走になりながら、アルマンが近況を探ります。
「いつもと違った様子はないかな。どんなことでもいいんだけど」
「つい昨日、騎士団がごっそり駆りだされたぞ。北部あたりの盗賊団を平定するだとかで、レオン王太子に連れられて」
「となると、今は警備兵くらいしか残ってないのか。不用心だな」
「かわりに、見ない顔のやつらがウロついてた。お偉いさんの私兵っぽいから、助っ人にでもきたんだろ」
 地方のもめごとは基本その土地をおさめる諸侯にゆだねられ、手にあまるようなら騎士団が助勢していました。
 が、たかだか盗賊団相手にごっそりというのは異例です。
 そこに狙ったように私兵の姿とあれば、情勢が火急思わしくないほうに傾いていることがうかがえます。
「あまりノンビリしてられそうにないね。どうかな、動けそう?」
 しかつめらしい顔で、ロラン王子がコルトを見ます。
「普通に動くぶんには問題ありません。魔力の回復はまだ半分もいってませんが、いざとなれば補う薬をつかいます」
「そんなの持ってたんだ。ならもう飲んじゃえば?」
「副作用があるので、できればけたくて」
「そっか、ムリしなくていいよ。このまま休んでる? 宮殿には俺たちだけで行くからさ」
「いえ、相手方にも魔術師がいるかもしれません。そうなれば、きっと私の力は役にたちます」
「そりゃ来てくれたら心強いけど、コルトに危ない薬を飲ませるわけにはいかないから」
 かといって、このまま手をこまねいてあとの祭りになってしまっても困ります。
 焦れに焦れ、揺れに揺れるロラン王子を、コルトが斟酌しんしゃく
「命に関わるほどではないので、そこまで気にしていただかなくても」
「そうなの? てか、副作用なんなのさ」
「一時的に眉毛が濃くなって眼力めぢからが強くなります」
「……飲めば?」
「……はい?」
「いや、だから飲めばいいじゃん。なにさそれ、心配して損したよ」
「嫌ですよ。コンプレックスなんです、眉毛が太いの」
「どこが。キリッとしてる程度でしょ」
「そんなことありません。もしかするとハクレン様が私を弟子にしてくださらないのは、この眉毛が原因かもしれませんし」
「絶対関係ないし、そんなに気になるなら俺が抜いてあげるよ。眼力だって時間たてばなおるんでしょ。ほら飲みな、早く飲みな」
「そういう問題じゃないんです。眉毛が増えるという事実が……」
「ああもう、だったら最初から全抜きしとこ! アルマン、俺が捕まえてるから根こそぎぶち抜いてやって!」
 飛びかかるロラン王子。はがいじめのコルト。商人のせがれと宿屋のせがれがぜたように笑います。
「おもしろいのが増えたな。そいつ、ちょっと前に便利屋まがいのことやってたろ」
「よく知ってるな」
「当然。ダテに町中まわってねえっつの。魔術師なのは今知ったけど」
 かつてのようなドタバタのじゃれあいに感化され、大人の心が少年に逆戻り。無茶のひとつでもやってのけたい気分になります。
「こっそり宮殿に入りたいんだっけか。連れてってやるよ。ちょうどこのあと商品持ってくし」
「ほんとに? ありがとう!」
 コルトをほっぽり、ロラン王子が商人のせがれに抱きつきます。
「こういうのはチヨ姐さんか、連れの女の子にしてほしいんだけども」
「なに言ってんの王子の抱擁だよ、めっちゃ光栄じゃん!」
「あんた昔から自己評価高すぎだよなぁ……」
 魔術が必要な局面になったら服薬することでコルトの件は決着し、その日の夕方、彼らは荷馬車にかくれて宮殿へ侵入することになりました。
 布で覆ったモリモリの荷台を、門番が不思議そうに眺めます。
「なんか多くないか」
「そっすね。そろそろロラン王子の誕生日だからじゃないすかね」
「もうそんな時期か。でも本人は外遊で留守だぞ」
「あの人のことだから、ちゃっかり帰ってきそうっすよね」
「それはあるかもな」
 談笑。商人のせがれは裏の荷おろし場までくると誰もいないことを確認し、ロラン王子たちをもおろしました。
「忘れてた。俺、もうじき誕生日だ……!」
 ロラン王子が胸おどらせるのを無視、アルマンが慇懃に礼をのべます。
「ありがとう、助かったよ」
「あんまり問題おこすなよ。ま、いざとなったらまとめてうちで雇ってやるけどな」
 商人のせがれが、もと来た道をお気楽に戻ります。
 クーデターが起きるかもしれないなんて夢にも思っていません。が、それでいいのです。このまま無事にいつもどおりの日々をすごさせることが、ロラン王子たちの望みなのですから。
「宮殿内の移動は任せて。誰にも教えてない、とっておきがあるんだ」
 自信満々で胸をはるロラン王子を、アルマンがジロリ。
「なるほど、いつもそうやって抜けだしていたんですね。俺たちの目を盗んで」
「あ、えっと……そうだ二手にわかれようよ。俺チームは、コルトとチヨちゃんとライゴに決定!」
「あくまでも俺には教えないつもりですか」
「いや、アルマンにはモモちゃんをロワンジルに連れていってほしいんだよね。隠し部屋なら安全だろうし」
 質問をことごとくそらとぼけ。ロラン王子は、おばあさまから譲りうけた離宮の秘密の小部屋の鍵を渡します。
 モモは自分も連れていってくれと懇願しましたが、大人数で動くのは見つかりやすいと説得され、やむなく従うことに。
「みなさんに迷惑かけないでくださいよ、ロラン様」
「大丈夫、町がアルマンの庭ならここは俺の庭だよ」
「言ったそばからやめてください」
「ただのドヤ顔が迷惑に……?」
 彼らは、ことさら互いを激励したりしません。する必要がないからこそロラン王子は、モモをアルマンに託したのです。
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