婿入り志願の王子さま

真山マロウ

文字の大きさ
上 下
32 / 40
勝手知ったる

1

しおりを挟む
 翌朝。ロラン王子たちが食事をとりに座敷へいくと、ライゴとチヨが待ちかまえていました。
「俺も連れていけ。損はさせん」
 どっかり座りこむ腕組みのライゴに、ロラン王子がまごつきます。
「味方は多いにこしたことないけど、俺たちの国のいざこざに巻きこむのは……」
「気にするな。これはチトセ様のめいでもある」
 事態を重くみたライゴは昨晩のうちにチトセ女王に報告しており、ぜひとも力になれとのお達しでした。じかに会ったのは数回ほどですが、同類のせいか彼女とレオン王太子は妙に馬があい、よき友人関係だったのです。
「チトセ女王は兄上のこと信じてるんだね」
「ああ。立派な方だとおっしゃっていた。必ず謀反を未然に防げともな」
 いつもは昼頃まで布団からでてこないチヨが、今朝は寝覚めもよさげにライゴを加勢します。
「エトワルンにいた時分、あんたの親にゃ世話になったからね。うちも黙って見てるわけにいかないさ」
「だったら、なおさらだな。身内のうけた恩に報いないとあっては道義にもとる」
 ライゴは、ニリオンの近衛兵ということを隠していくつもりでした。仮に失敗したうえ露見でもしようものなら、遠く離れた国同士とはいえ国際問題となってしまいます。当然、その前に自決する覚悟はありましたが。
 兵として生きる者とその家族、そして送りだすがわのありさまを自国で目にすることのあったロラン王子は、彼らの気概を知っていましたし、それをふいにするほど野暮やぼでもありませんでした。
「助かるよ。二人とも本当にありがとう」
 深々と頭をさげ、自身も腹をきめます。と、なりゆきを見ていたアルマンが、
「でしたら、俺とロラン様は顔が知られてますから、まぎれさせてもらいましょう」
 ステルス的な魔術がないか前もってコルトにたずねていたのですが、自分だけなら可能だが複数名を同時にというのは習得していないと返されていました。なので、どうしたって人目をひくチヨが一緒ならば、彼女とともに旅芸人にばけてしまったほうが早いと考えたのです。
 食事をすませ、めいめいニリオン風の格好に着がえます。
 アルマンは、特徴のあるくせ毛と目つきを帽子で隠します。腰には先日も借りたチヨの太刀たち。あえてさらしたほうが素人目には本物っぽくないだろうと堂々佩刀はいとうです。
 ロラン王子は、ふわふわの髪を横にぴっちりなでつけ丸眼鏡を。アルマンのような着流しではなく、ライゴやチヨのようにはかまとよばれる布を腰から脚にまといます。靴は編みあげブーツのまま。足の指で挟むこの国のきものは、どうにも痛くてかないません。
 そしてコルトだけは、城下で便利屋まがいの仕事をしていたとはいえ短期間であまり知られていませんでしたし、「魔術師たるものローブを脱ぐわけにはいきません」の一点張りで譲らないので、いざとなればフードをかぶってやりすごすことにして、変装せずじまい。
「これはこれで目立つんじゃないの」
「平気ですよ。似たような格好でチヨさんのそばにいれば、俺たちは確実にかすみます」
「でも、さすがにコルトはダメでしょ」
「そうでもないですよ、ほら」
 アルマンの目先、コルトの隣のチヨは動きやすさ重視の地味な色あいでこざっぱりしているのに、ぱっと光があたったように浮きでて見えます。日頃の努力もありますが、彼女の華の大半は天性でした。
「……俺、来世はチヨちゃんに生まれよう」
「時間軸やら法則やら超えてご苦労さまです」
 移動はもちろんコルトの魔術。ただし今度は寄り道せずに。
「じゃあ、いってくるね」
 愁眉しゅうびで見送るモモを励ますよう、溌剌はつらつと笑んでみせたロラン王子。その横ではコルトが集中力を高めて杖をふります。
 と、その瞬間に彼女が猛然とダッシュ。ロラン王子にしがみつきました。
「うわっ、ちょっと待ったコルト、中止!」
 言ってみたものの、時すでに遅し。モモもろとも、ロラン王子は尻餅でエトワルンに帰国です。
「自分がなにをしたかわかっているのか」
 両の目いっぱいに涙をためる彼女を、ライゴが厳しく見おろします。
「……すみません」
「そう言いなよ、すんじまったことはしかたないさ。コルト、悪いがうちのに連絡つけとくれ」
 不測時に備え、チヨは連絡用の水晶玉のひとつをみくも屋においてきていました。
 魔力の消費いちじるしいヘロヘロのコルトが杖の頭を球体にかざすと、あちらから眠気さめやらぬ古株が応じます。
 そのあいだにもライゴはモモを立ちあがらせ、注意をうながしました。
「どんな危険があるとも知れない。俺から離れるな」
 ライゴにしてみれば責任感からきた発言なのでしょうが、見かねたロラン王子は割りこみます。
「モモちゃんは俺が守るんで、大丈夫なんですけども」
「は? なんの冗談だ。ふざけるな」
「冗談じゃないですけども。めちゃくちゃ本気ですけども」
「俺の腕がお前より劣るっていうのか」
「俺が無理ならアルマンが守りますけども」
「ああ、それならかまわん」
 彼らのやりとりを目にしたアルマンが、脱力でペシャンコになったコルトに肩を貸しつつ小声でチヨに恨みごと。
「完全に気持ち移ってるじゃないですか。どう責任とってくれるんですか」
「まぁ待ちな。色恋なんざ、最後までどう転ぶかわからないもんだよ」
「わかりますよ。絶対モモさんエンドでしょう。『ミヤ姫にお婿にもらってもらう予定だったけど、俺やっぱりモモちゃんと結婚します。だって、好きになったら身分とか関係ないもんね!』って」
「ははっ、似てるじゃないか! こりゃ驚いた、あんた存外器用だね。うちがまた旅にでることがあったら、本当に芸人として同行しなよ。顔も二枚目ときてるから、すぐ看板だ」
 歯牙にもかけない言い草に、アルマンが渋面を色濃くします。
「人で遊んでばかりいると、いつか痛い目みますよ」
「おお、怖い。脅かしっこなしだよ」
「またそうやってふざける。俺は心配してるんですよ、チヨさんとチヨさんのまわりの方々を」
「せいぜい肝に銘じておくさ。で、これからどうするんだい。こんな場所を選んだんだ、なにか考えがあるんだろう」
 到着地点は、いきなり本拠地ではなく、城下町をかこむ丘の上でした。
 アルマンが、そばの木の根にもたれ座る年若を横目で見ます。
「情報収集をしてからにしましょう。コルトの回復もかねて」
「いいけど、アテはあるのかい」
「なにを今さら。ここは俺の庭みたいなものですよ」
 眼下に広がる雑多の町。生まれ育った土地からの空気を胸一杯に吸いこみ、アルマンはほくそ笑みました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...