婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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惚れた弱み

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 ようやく時間ができたロラン王子は、夕方になってアルマンたちの滞在先を訪ねました。
 町の中心部のむこうにある、チヨに口利きをしてもらった宿屋。教わった部屋をノックすると、応対したのはコルトでした。
 みくも屋のときと違い二人部屋にはなりますが、広さもしつらえも申し分ありません。
 窓辺の椅子で王室ジャーナル最新号に目をとおすアルマンが、ロラン王子を横目。にべなく放ちます。
「どうかしましたか」
「ひさしぶりの挨拶がソレ!」
「たった四日ですから、たいして変化もないでしょう」
「ありました! 俺は洗濯が上達しました!」
「よかったですね、またひとつ特技がふえて」
 歩みよるつもりできたロラン王子は、出鼻をくじかれ膨れ面。アルマンが雑誌をおき、立ちあがります。
「せっかくいらしたんですから、お茶でもいかがですか」
 慣れた手つきで用意。座卓を囲んだロラン王子が、まじめな態度できりだします。
「兄上からの依頼を秘密にしてたのには、なにか理由があるの」
「ことをスムーズに運ぶためですよ。事前に本当のことを話したら騒ぎたてたでしょう」
「そりゃそうだよ、だって国外とか絶対おかしいじゃん! そもそも兄上の狙いってなんなの!」
「さあ」
 雑に濁し、喉を潤すアルマン。ロラン王子は大きく深呼吸して、たかぶる感情を抑えつけます。どうしても問いただしたいことがあるのです。
「騎士団に戻りたいんだよね。見返りに便宜をはかってもらったりするの」
「……否定はしませんよ」
「だったら、やっぱり俺を捨てて兄上についたってことだよね」
「知りませんよ。お好きに判断してください」
 面倒だと言わんばかり、アルマンが窓辺の椅子に戻ります。すかさずロラン王子は追いかけ、
「まだ話は終わってないよ!」
「これ以上なにもないでしょう」
「あるよ! もっと言い訳すればいいじゃん! 俺を信じてくださいとか言えばいいじゃん!」
「俺を信じてください」
「すっごい棒読み!」
「大声ださないでください。ほかのお客様にご迷惑です。それと、もうお帰りになったらいかがですか。じき夕餉ですよ」
 アルマンが無言で愛読書を開きます。完全に話す気なし。頑固者がこうなってしまえば打つ手がありません。
「なにさ、アルマンの秘密主義! 冷血漢! 常識屋っ!」
 言いすてたロラン王子は部屋を飛びでて、町の中心部へとひた走りました。
 けれども進むにつれ速度をおとし、しまいには背中を丸めトボトボ……。
 と、そこに「ロラン様!」と背後から呼びとめる声。ふり返れば、息せききったコルトが、
「アルマンさんはっ、本当はロラン様と一緒にいたいんですっ! ロラン様のことが大好きなんですっ!」
 と絶叫したものですから、言われたほうはたまったもんじゃありません。
「え、あの、いや……」
「嘘じゃありませんっ! 信じてくださいっ!」
 赤面のロラン王子が可及的すみやかにコルトの口をふさぎ、脇道へ連れこみます。
「なにしてんのさ。ダメだよ、あんなとこで。俺だって多少は人目が気になるんだから」
 メイン通りの真ん中。この国の一番賑わう場所で、二人は注目の的でした。
 冷静さをとり戻したコルトが、恥じらいをにじませながらロラン王子の手をどかします。
「よくそんなこと言えますね。前の国で往来に寝転んでダダこねたのは誰ですか」
「まだ覚えてたの」
「私はしつこいんです」
「あ、わかる。ハクレンちゃん絡みのとか見てると」
 どちらともなくプッと吹きだし、笑みかわし。
 きちんと話を聞くことにしたロラン王子は、先日ミヤ姫への手土産を調達した『もちもち堂』にコルトを誘いました。軒先で商品が飲食できるようになっていて、小腹がすいたときなんかはもってこいです。
「考えてもみてください。このタイミングで真相を暴露してもややこしくなるだけなのに、あえてそうしたのを」
 冷たいお茶を飲みくだし、ふうっと大きく息をついたコルトが本題に入ります。
「たしかに。どうせなら最後とかのがモメないよね。たぶん俺、ずっと気づかなかっただろうし」
「打ちあけようと言いだしたのはアルマンさんです。はっきり言葉にすることはありませんでしたが、きっとロラン様に嘘をつき続けるのが嫌だったんだと思います」
「……どうかな。面倒くさくなったんじゃないの、俺のこと」
「そんなことありません。みくも屋を出てからのアルマンさんは、毎日つまらなそうでした」
「コルトは発想が善良すぎるよ。アルマンってやつは俺をへこますためなら、けっこうなことやってのけちゃうんだからね」
 言いながらも、まんざらでもないロラン王子に、コルトがうかない顔。
「正直羨ましいです。好きでしていることとはいえ、魔術の修行ばかりだった私にそういった友はいませんから」
 孤独とひきかえにした腕前は同輩以上。ですが、しっかりしているようでもまだ十七歳、トウヤと大差ない一少年です。
 いじらしく思ったロラン王子は、どうにか元気づけてやりたくなりました。ですので「こんなセリフ、ベタすぎて恥ずかしいんだけど」と前置きし、
「俺はコルトのこと、とっくに友達だと思ってたよ」
「……どういう心境で、そんなこと口にするんですか。恥ずかしくないんですか」
「だから、ベタすぎて恥ずかしいって言ったじゃん」
「そこじゃないんですけど」
 照れかくし、珍しくコルトが憎まれ口をたたきます。
 着実に縮まる二人の距離。そこに、店の奥から恰幅かっぷくのいいご婦人が現れ、健康的な頬をせりあげました。
「おや、こないだ詰めあわせを買ってった兄さんじゃないか」
 ロラン王子が親しげに挨拶をかわします。
「今日は時間があるから約束どおり食べにきたよ。これ美味しいね」
「そうだろうよ。うちのお父ちゃんが腕によりをかけてこさえたんだから」
 看板商品『もっちり丸』は直径二センチほどの、もちもちさがウリの甘いお菓子です。
 四代目であるご主人が考案した若者に人気の品で、その自信作を褒められご婦人は鼻高々に気をよくします。
「そうだ兄さん、オマケしたげるよ」
「わあ、いいの? ありがとう!」
「なぁに、おめでたい話のついでさね」
「そうなんだ。なにかあったの?」
「知らないのかい。今この界隈じゃ、ミヤ姫さまのお見合い話で持ちきりだよ」
 ブフーッと咳こむロラン王子。口からは、入れたばかりのもっちり丸が一直線、すぽんと勢いよく飛びだしていきました。
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