婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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惚れた弱み

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 それから四日がたちました。
 一人になったロラン王子は、掃除だけでなくコルトが担当していた洗濯も受けもち、黙々と仕事をこなす日々です。
 アルマンの仕事はモモが担うことになりました。彼女も忙しそうに動きまわるようになり、言葉をかわす機会もへりました。
 そんなおり、一息つこうとロラン王子が縁側に行くと、モモが先に休憩をとっていました。
「ロランさんも、おやつどうぞぉ」
 モモが用意したのは鳥の形の焼菓子。瞳や翼が、くぼみと線で描かれています。
「ありがと。かわいいね、これ」
「見ためだけじゃなくて、味も抜群なのでオススメですよぉ」
 すぐそばに、ロラン王子の大好きなモモの笑顔があります。なのに、心はいっこう晴れません。
 アルマンがこの菓子を見たら「凝ってますね」と褒めるわりにはためらいもなく頭からがぶりといくだろうとか、コルトだったらおしりから遠慮がちにお行儀よく食べるんだろうとか、そんな光景ばかりが頭に浮かんでしまうのです。
 幻をうち消そうと、瞬きひとつ。ロラン王子が庭の桜を見あげます。
「すっかり葉っぱになっちゃったね」
「そうですねぇ」
「なんか寂しいね」
「葉っぱには葉っぱの良さがありますし、お花は来年も咲きますよぉ」
「どうかな。トウヤのとこみたく、急に咲かなくなるかも」
 なにが起こるかわからないんだから、と続けようとしてネガティブになっていたのに気づき、撤回します。
「……だめだよね、そんなこと言っちゃ」
 アルマンたちとの決裂によりロラン王子が気落ちしているのは、誰もが知るところでした。なかでもモモは、今回の件で彼らの正体までも知った一人で(ほかに知るのはチトセ女王、ハクレン、ライゴ、チヨです)その悲しみの深さも理解していました。
「そうしたら、トウヤさんのとこみたく新しい芽がでるかもですから、モモは一生懸命お世話しますよぉ」
 彼女なりの励ましの言葉。優しい気持ちがじんわり伝わり、ロラン王子の言葉数を増やします。
「ありがと。ごめんね、モモちゃんにも迷惑かけて。俺のせいでアルマンたちが出てったから毎日大変でしょ」
「いえいえ、もとは全部モモのお仕事ですからぁ」
「すごいよね、今まで一人でやってたなんて」
「ふふふ、モモは意外とやれる子なのですよぉ」
「ほんとだよ。これがコルトやアルマンなら……」
 と、ばつが悪そうに口をつぐみます。ことあるごとに彼らを思いだしてしまうのを悟られまいとしているのですが、隠しごとの下手なロラン王子の胸中は、とっくに周囲に丸バレ。
 気持ちをくんだモモが、あえて話題にします。
「みなさん、昔からご一緒だったんてすかぁ?」
「コルトとは、この旅をはじめるときに知りあったんだ。アルマンは、最初に会ったのは十年くらい前だったかな。腕っぷしが強くて面倒見もいいから、そのうち町の子どもたちのまとめ役みたいになってたよ。ときどき会うだけの俺のことも、なにかと気にかけてくれて」
 当時から子どもらしからぬ冷めた顔つきだったアルマンを想起、懐かしさに笑みがこぼれます。が、それと同時、自分よりも大きな体つきや年上などにも臆さず、むしろそういった相手とやりあう際にしていた氷のような彼の目つきもよみがえりました。
 鈍感ゆえ気づかなかったけれど、もしやそれは自分にもむけられていたのでは。そう考えると、ロラン王子は寒気だけでなく強い疑念におそわれます。
「念願の騎士団に入れたのに世話係なんかにさせられたから、俺のことずっと恨んでたのかも。だから兄上の味方を……」
「そんなことなくて、きっとなにか理由があるんですよぉ」
「だとしても、俺にはなんでも正直に言ってほしかったよ」
「ロランさんに言えないほどのことですぅ。モモはアルマンさんのことあまりいっぱい知らないですけど、ロランさんがお怪我したときには一番心配してましたよぉ」
「だろうね。立場上しかたないもん」
 自嘲にゆがむロラン王子。ですが、時を移さずそれを消しさったのは、袖を掴んできたモモでした。
「本当にそう思ってますか……?」
 またたきもせず直視。その真剣さだけでなく近距離に迫られたことで、ロラン王子の心拍数はぐんと跳ねあがります。
 動揺で言葉を継げずにいると、モモの表情がせつなく陰りました。嘘をつくのは苦しいことですよ、と独りごちるように呟やかれた言葉は、正直者のロラン王子にとって、これまでのいたわりでもっとも共感できたものでした。
「明日もっかいアルマンたちと話してみる。それで納得できたら、頼んで帰ってきてもらうよ。じゃないと、こんなにたくさんの仕事、俺らだけでこなすの大変なんだもん」
 ロラン王子が目を細めます。数日ぶりの本当の笑顔です。
「モモも協力しますから、なんでも言ってくださいねぇ」
 とことん親身になってくれるモモに、ロラン王子は感謝の念。けれども、かねてから引っかかっていたことがあり、それが彼女の言った『嘘をつくのは苦しい』と結びついて、どうしても看過できません。
「ずっと思ってたんだけど、モモちゃん、もっと自然にしてもいいんじゃないかな。わけがあるなら別だけど」
 一転、彼女の温顔おんがんが凍りつきます。
「……なにがですかぁ」
「なんとなくだけど、そんなふうに喋ったりするのワザとじゃないかって。本当は……」
 そこまできて、ロラン王子は二の句を中断しました。モモに泣きそうな顔をされてしまったせいです。
「ってのは俺の勝手な想像! だから今のは忘れてよ」
 元気づけてくれた相手に恩を仇でかえすような行為となってしまいましたが、ロラン王子はそんなことがしたかったのではありません。
「俺は、どんなモモちゃんでも嫌ったりしないよ。大丈夫だからね」
 一番伝えたかった気持ちを言葉にして、ロラン王子が仕事に戻ります。見送るモモの目からは、こらえていた大粒の雫がポロポロとこぼれ落ちます。
「そんなことじゃあ、この先やってけないよ」
 ロラン王子と逆方向、いつからかチヨが柱にもたれかかっていました。寝起きの気だるさが彼女の妖しい魅力を助けています。
「わかっています。それでも……」
 押さえど拭えど、涙はとめどありません。
 モモのおかっぱ頭では、新しいお気に入り、満開の八重桜が心もとなく震えておりました。
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