18 / 40
お仕事生活
4
しおりを挟む
魔術師のうちでハクレンの名を知らぬ者はおりません。
ですが彼女に関する情報は非常に少なく、実在しないのではという疑惑までもが浮上する、未確認生物のような扱いでした。
そんな人物とあいまみえたのですから、コルトは大興奮です。
「奇跡です! 感激です! ハクレン様とお会いできるなんて!」
「はいはい、わかったよ。それじゃあ、わたしは帰るよ」
億劫にいなし、ハクレンが桜の枝を担ぎます。
アルマンの片手間の努力により無事メンタル回復をはたしたロラン王子が、それを呼びとめます。
「ちょっと待って。その桜、頼まれたって言ってたけど、もしかしてミヤ姫に?」
「違うよ、チトセ様よ。帰ってくっつけるよ。わたし忙しいよ」
と、わずかに表情を動かしたアルマンが会話を奪いました。
「その犯人として、ライゴさんたちに連れていかれた少年がいるんです。どうなるかご存じですか」
「きっと厳罰よ」
「ちなみに刑をくだすのは」
「特別にチトセ様よ」
「なるほど。それだけミヤ姫を悲しませた罪は重いということですか」
「そうよ。おまえ話が早いよ。こいつより賢いよ」
引きあいにだされても、その点において異論のないロラン王子はノーダメージ。それどころか、
「お願い、俺たちも連れていってもらえないかな。チトセ女王に会いたいんだ。ハクレンちゃん、すごい偉い魔術師なんでしょ。どうにかならない?」
ハクレンがロラン王子の瞳を意味深に見つめます。
「いいけど、会う会わないはチトセ様しだいよ」
「それでも全然。ダメもとだし」
「だったらついてくるよ」
「やった、ありがとう! ハクレンちゃんが優しい子でよかった。さっきは本当にごめんね、きつい言い方して。あ、それ持つよ。重いでしょ」
「……おまえ、ゲンキンよ」
一縷の望みをえたロラン王子はうきうきと、ハクレンから桜の枝を受けとります。
「コルトは先に帰ってるよね。悪かったね、仕事中につきあわせて」
「いいえ、私もお供します」
「でも、まだ洗濯すんでないんだよね?」
「大丈夫です。帰ったら魔術でちゃっちゃと終わらせます」
「え、そういうのには使わないって、朝ごはんのとき……」
「ハクレン様とご一緒できるのなら、私の信念なんて!」
華麗な手のひら返しのコルト。あ然のロラン王子。そこにハクレンが、
「腕前みてやるから、おまえ城まで移動するよ」
「なななんと、ハクレン様が私の術を! 夢のようです、光栄です!」
「早くするよ。チトセ様がお待ちかねよ」
「一生懸命がんばります!」
いつになく気合いをいれて、コルトが術を発動。
一瞬間で城に到着すると、ハクレンはそこらの臣下をつらまえてチトセ女王への目通りを願いました。
返答を待つあいだ、コルトは痛烈なダメ出しをくらいます。
「あんなに魔力を消費させたらだめよ。おまえ才能ないよ」
「ありがとうございます! 勉強になります!」
「褒めてないよ」
「それでも幸せです!」
その隣では、ロラン王子がアルマンに相談をもちかけます。少年を助けたい一心で城まで来ましたが、いざとなると怯み心がでてきたのです。
「どうしよう。うまくいくかな」
「なんです、今さら」
「だって、みんなの話だとチトセ女王めちゃ怖そうなんだもん。アルマン、どんな人だか知ってる?」
「王室ジャーナルの記事によれば、なかなかやり手のようでしたよ」
「そういうんじゃなくて。ミヤ姫のことで厳しくなるってのもわかってるから、それ以外の情報」
「愛らしいというよりは、ツンとした美人でした」
「だからそういうんじゃ……えっ、美人さん? でも俺、かわいい系がタイプだからなぁ」
「ともかく、ここまできたら腹をくくってください」
ぽすんと背中を叩かれたところに、ちょうど臣下がよい返事を持ってきました。
案内にしたがい一行が廊下を行きます。その間すれちがう誰もがハクレンに敬意をはらい、彼女がこの国で相当の地位にいるのがわかりました。
「ハクレンちゃん、ほんとに偉い人なんだね。疑ってたわけじゃないけど、その若さだから、そこそこだと思ってた」
ロラン王子の言葉を、ハクレンが鼻で笑いとばします。
「なにを言うよ。わたし、おまえらより年上よ」
「ハクレン様は齢三百をこえると言われています。なのに、ご覧のとおりのお姿。こんなことができる魔術師はそうそういません。ですが本当にすごいのは、そういった概念を超越されて……」
むりやり割りこんでくるコルトにハクレンが渋面、ロラン王子は苦笑。
「こいつ、しんどいよ」
「こういうタイプだってのは、俺もさっき知ったよね。まあ、それだけハクレンちゃんと会えたのが嬉しかったんだろうけど」
苦情もフォローも耳を素通り、コルトは夢中で喋りつづけます。
そうこうするうち、謁見の間に到着。ロラン王子の頬に緊張がほのめきます。
「お連れしました」
臣下の声を合図、扉が開かれました。
謁見の間は、先日ミヤ姫と対面した室より一回り広いつくりで、設けられた一段高い場所にはロラン王子より少し年上の、薄水色の衣をまとった女性が座っていました。
光沢のある黒髪をミヤ姫とは反対、左側に長く結いたらす彼女こそが、この国をおさめるチトセ女王です。
前情報どおりの麗人。とはいえ、それはチヨのように大輪の花を思わせるのではなく、世俗とは無縁の清水のような美しさでした。
そんなチトセ女王に見すえられ、ロラン王子は息をのみます。
起因は彼女の目。
峻厳さを感じさせるブルーグレーは、色彩こそ違えど、ロラン王子が苦手とする兄のレオン王太子によく似ていたのです。
ですが彼女に関する情報は非常に少なく、実在しないのではという疑惑までもが浮上する、未確認生物のような扱いでした。
そんな人物とあいまみえたのですから、コルトは大興奮です。
「奇跡です! 感激です! ハクレン様とお会いできるなんて!」
「はいはい、わかったよ。それじゃあ、わたしは帰るよ」
億劫にいなし、ハクレンが桜の枝を担ぎます。
アルマンの片手間の努力により無事メンタル回復をはたしたロラン王子が、それを呼びとめます。
「ちょっと待って。その桜、頼まれたって言ってたけど、もしかしてミヤ姫に?」
「違うよ、チトセ様よ。帰ってくっつけるよ。わたし忙しいよ」
と、わずかに表情を動かしたアルマンが会話を奪いました。
「その犯人として、ライゴさんたちに連れていかれた少年がいるんです。どうなるかご存じですか」
「きっと厳罰よ」
「ちなみに刑をくだすのは」
「特別にチトセ様よ」
「なるほど。それだけミヤ姫を悲しませた罪は重いということですか」
「そうよ。おまえ話が早いよ。こいつより賢いよ」
引きあいにだされても、その点において異論のないロラン王子はノーダメージ。それどころか、
「お願い、俺たちも連れていってもらえないかな。チトセ女王に会いたいんだ。ハクレンちゃん、すごい偉い魔術師なんでしょ。どうにかならない?」
ハクレンがロラン王子の瞳を意味深に見つめます。
「いいけど、会う会わないはチトセ様しだいよ」
「それでも全然。ダメもとだし」
「だったらついてくるよ」
「やった、ありがとう! ハクレンちゃんが優しい子でよかった。さっきは本当にごめんね、きつい言い方して。あ、それ持つよ。重いでしょ」
「……おまえ、ゲンキンよ」
一縷の望みをえたロラン王子はうきうきと、ハクレンから桜の枝を受けとります。
「コルトは先に帰ってるよね。悪かったね、仕事中につきあわせて」
「いいえ、私もお供します」
「でも、まだ洗濯すんでないんだよね?」
「大丈夫です。帰ったら魔術でちゃっちゃと終わらせます」
「え、そういうのには使わないって、朝ごはんのとき……」
「ハクレン様とご一緒できるのなら、私の信念なんて!」
華麗な手のひら返しのコルト。あ然のロラン王子。そこにハクレンが、
「腕前みてやるから、おまえ城まで移動するよ」
「なななんと、ハクレン様が私の術を! 夢のようです、光栄です!」
「早くするよ。チトセ様がお待ちかねよ」
「一生懸命がんばります!」
いつになく気合いをいれて、コルトが術を発動。
一瞬間で城に到着すると、ハクレンはそこらの臣下をつらまえてチトセ女王への目通りを願いました。
返答を待つあいだ、コルトは痛烈なダメ出しをくらいます。
「あんなに魔力を消費させたらだめよ。おまえ才能ないよ」
「ありがとうございます! 勉強になります!」
「褒めてないよ」
「それでも幸せです!」
その隣では、ロラン王子がアルマンに相談をもちかけます。少年を助けたい一心で城まで来ましたが、いざとなると怯み心がでてきたのです。
「どうしよう。うまくいくかな」
「なんです、今さら」
「だって、みんなの話だとチトセ女王めちゃ怖そうなんだもん。アルマン、どんな人だか知ってる?」
「王室ジャーナルの記事によれば、なかなかやり手のようでしたよ」
「そういうんじゃなくて。ミヤ姫のことで厳しくなるってのもわかってるから、それ以外の情報」
「愛らしいというよりは、ツンとした美人でした」
「だからそういうんじゃ……えっ、美人さん? でも俺、かわいい系がタイプだからなぁ」
「ともかく、ここまできたら腹をくくってください」
ぽすんと背中を叩かれたところに、ちょうど臣下がよい返事を持ってきました。
案内にしたがい一行が廊下を行きます。その間すれちがう誰もがハクレンに敬意をはらい、彼女がこの国で相当の地位にいるのがわかりました。
「ハクレンちゃん、ほんとに偉い人なんだね。疑ってたわけじゃないけど、その若さだから、そこそこだと思ってた」
ロラン王子の言葉を、ハクレンが鼻で笑いとばします。
「なにを言うよ。わたし、おまえらより年上よ」
「ハクレン様は齢三百をこえると言われています。なのに、ご覧のとおりのお姿。こんなことができる魔術師はそうそういません。ですが本当にすごいのは、そういった概念を超越されて……」
むりやり割りこんでくるコルトにハクレンが渋面、ロラン王子は苦笑。
「こいつ、しんどいよ」
「こういうタイプだってのは、俺もさっき知ったよね。まあ、それだけハクレンちゃんと会えたのが嬉しかったんだろうけど」
苦情もフォローも耳を素通り、コルトは夢中で喋りつづけます。
そうこうするうち、謁見の間に到着。ロラン王子の頬に緊張がほのめきます。
「お連れしました」
臣下の声を合図、扉が開かれました。
謁見の間は、先日ミヤ姫と対面した室より一回り広いつくりで、設けられた一段高い場所にはロラン王子より少し年上の、薄水色の衣をまとった女性が座っていました。
光沢のある黒髪をミヤ姫とは反対、左側に長く結いたらす彼女こそが、この国をおさめるチトセ女王です。
前情報どおりの麗人。とはいえ、それはチヨのように大輪の花を思わせるのではなく、世俗とは無縁の清水のような美しさでした。
そんなチトセ女王に見すえられ、ロラン王子は息をのみます。
起因は彼女の目。
峻厳さを感じさせるブルーグレーは、色彩こそ違えど、ロラン王子が苦手とする兄のレオン王太子によく似ていたのです。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる