婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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お仕事生活

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 魔術師のうちでハクレンの名を知らぬ者はおりません。
 ですが彼女に関する情報は非常に少なく、実在しないのではという疑惑までもが浮上する、未確認生物のような扱いでした。
 そんな人物とあいまみえたのですから、コルトは大興奮です。
「奇跡です! 感激です! ハクレン様とお会いできるなんて!」
「はいはい、わかったよ。それじゃあ、わたしは帰るよ」
 億劫にいなし、ハクレンが桜の枝を担ぎます。
 アルマンの片手間の努力により無事メンタル回復をはたしたロラン王子が、それを呼びとめます。
「ちょっと待って。その桜、頼まれたって言ってたけど、もしかしてミヤ姫に?」
「違うよ、チトセ様よ。帰ってくっつけるよ。わたし忙しいよ」
 と、わずかに表情を動かしたアルマンが会話を奪いました。
「その犯人として、ライゴさんたちに連れていかれた少年がいるんです。どうなるかご存じですか」
「きっと厳罰よ」
「ちなみに刑をくだすのは」
「特別にチトセ様よ」
「なるほど。それだけミヤ姫を悲しませた罪は重いということですか」
「そうよ。おまえ話が早いよ。こいつより賢いよ」
 引きあいにだされても、その点において異論のないロラン王子はノーダメージ。それどころか、
「お願い、俺たちも連れていってもらえないかな。チトセ女王に会いたいんだ。ハクレンちゃん、すごい偉い魔術師なんでしょ。どうにかならない?」
 ハクレンがロラン王子の瞳を意味深に見つめます。
「いいけど、会う会わないはチトセ様しだいよ」
「それでも全然。ダメもとだし」
「だったらついてくるよ」
「やった、ありがとう! ハクレンちゃんが優しい子でよかった。さっきは本当にごめんね、きつい言い方して。あ、それ持つよ。重いでしょ」
「……おまえ、ゲンキンよ」
 一縷の望みをえたロラン王子はうきうきと、ハクレンから桜の枝を受けとります。
「コルトは先に帰ってるよね。悪かったね、仕事中につきあわせて」
「いいえ、私もお供します」
「でも、まだ洗濯すんでないんだよね?」
「大丈夫です。帰ったら魔術でちゃっちゃと終わらせます」
「え、そういうのには使わないって、朝ごはんのとき……」
「ハクレン様とご一緒できるのなら、私の信念なんて!」
 華麗な手のひら返しのコルト。あ然のロラン王子。そこにハクレンが、
「腕前みてやるから、おまえ城まで移動するよ」
「なななんと、ハクレン様が私の術を! 夢のようです、光栄です!」
「早くするよ。チトセ様がお待ちかねよ」
「一生懸命がんばります!」
 いつになく気合いをいれて、コルトが術を発動。
 一瞬間で城に到着すると、ハクレンはそこらの臣下をつらまえてチトセ女王への目通りを願いました。
 返答を待つあいだ、コルトは痛烈なダメ出しをくらいます。
「あんなに魔力を消費させたらだめよ。おまえ才能ないよ」
「ありがとうございます! 勉強になります!」
「褒めてないよ」
「それでも幸せです!」
 その隣では、ロラン王子がアルマンに相談をもちかけます。少年を助けたい一心で城まで来ましたが、いざとなると怯み心がでてきたのです。
「どうしよう。うまくいくかな」
「なんです、今さら」
「だって、みんなの話だとチトセ女王めちゃ怖そうなんだもん。アルマン、どんな人だか知ってる?」
「王室ジャーナルの記事によれば、なかなかやり手のようでしたよ」
「そういうんじゃなくて。ミヤ姫のことで厳しくなるってのもわかってるから、それ以外の情報」
「愛らしいというよりは、ツンとした美人でした」
「だからそういうんじゃ……えっ、美人さん? でも俺、かわいい系がタイプだからなぁ」
「ともかく、ここまできたら腹をくくってください」
 ぽすんと背中を叩かれたところに、ちょうど臣下がよい返事を持ってきました。
 案内にしたがい一行いっこうが廊下を行きます。そのかんすれちがう誰もがハクレンに敬意をはらい、彼女がこの国で相当の地位にいるのがわかりました。
「ハクレンちゃん、ほんとに偉い人なんだね。疑ってたわけじゃないけど、その若さだから、そこそこだと思ってた」
 ロラン王子の言葉を、ハクレンが鼻で笑いとばします。
「なにを言うよ。わたし、おまえらより年上よ」
「ハクレン様はよわい三百をこえると言われています。なのに、ご覧のとおりのお姿。こんなことができる魔術師はそうそういません。ですが本当にすごいのは、そういった概念を超越されて……」
 むりやり割りこんでくるコルトにハクレンが渋面、ロラン王子は苦笑。
「こいつ、しんどいよ」
「こういうタイプだってのは、俺もさっき知ったよね。まあ、それだけハクレンちゃんと会えたのが嬉しかったんだろうけど」
 苦情もフォローも耳を素通り、コルトは夢中で喋りつづけます。
 そうこうするうち、謁見の間に到着。ロラン王子の頬に緊張がほのめきます。
「お連れしました」
 臣下の声を合図、扉が開かれました。
 謁見の間は、先日ミヤ姫と対面した室より一回り広いつくりで、設けられた一段高い場所にはロラン王子より少し年上の、薄水色の衣をまとった女性が座っていました。
 光沢のある黒髪をミヤ姫とは反対、左側に長く結いたらす彼女こそが、この国をおさめるチトセ女王です。
 前情報どおりの麗人。とはいえ、それはチヨのように大輪の花を思わせるのではなく、世俗とは無縁の清水のような美しさでした。
 そんなチトセ女王に見すえられ、ロラン王子は息をのみます。
 起因は彼女の目。
 峻厳さを感じさせるブルーグレーは、色彩こそ違えど、ロラン王子が苦手とする兄のレオン王太子によく似ていたのです。
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