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お仕事生活
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そのうち老婆が舟をこぎはじめたので、ロラン王子たちは家のなかへ連れていくことにしました。
居間の安楽椅子に腰かけた彼女が、やすらかな寝息をたてます。
ロラン王子らは邪魔にならないよう、ふたたび庭に出て話しあうことにしました。
「このまま放っておけないよ」
「……そうですね」
神妙に頷いたアルマンがポケットからとりだしたのは、直径三センチほどの透明な球体。「コルト」と呼びかけると、ぽうっと光がともったようになり応答がありました。旅の出発時から密かに用意していた、離れた相手とも会話ができる術の施された代物です。
「わあ、なにその便利なの、貸して貸して!」
飛びかかってきたロラン王子を、あいたほうの手で三度目の「むぐぅ!」
すぐに来てほしい旨をアルマンが伝えると、コルトは空間移動で二人の前に現れました。
「悪いね、面倒かけて」
「いえ、ちょうど休憩しろとチヨさんに言われたところでしたので」
ねぎらいに笑顔をみせますが、先刻まで老婆が座っていた庭の椅子に腰をおろしたコルトは朝よりもやつれた印象です。
魔力を消費させてしまったことを詫び、アルマンはミヤ姫の桜の枝について、疲労が回復したら元に戻せるのかをたずねました。それが可能ならば少年を減刑あるいは不問にできるかもと考えたのです。
「申し訳ないですが無理です。その枝は命が尽きていますから」
かぶりを振ったコルトに、ロラン王子が食いさがります。
「こんなに咲いてるのに?」
「満開だったのが散ってるだけです。なので、もし施すとするなら蘇生術になるのですが」
それでも、なにもなかったように元通りとはいかない、とコルトは言います。たとえば死者を蘇らせた場合、魂のない傀儡になってしまうといった具合に。
「じゃあ、こっちもダメかぁ」
ロラン王子が、少年の言っていた『思い出の木』に手を添えます。
コルトは言いにくそうに、けれどもハッキリと、
「そうですね、諦めていただくしか。それに蘇生術は禁術なので、私は習得していません」
「そっか……」
となれば少年を助けられないうえ、この庭の桜は死滅。二重に老婆を悲しませることになります。
避けたかった結果に、ロラン王子もアルマンもおのずと口をつぐみました。
事情を飲みこめていないコルトも、ことが思わしくないのを理解します。
高くのぼった太陽が真上から照りつけます。いつしか風もやみ、むっとする熱が体にまとわりつきます。
ただでさえ活路を見いだせず、重苦しい空気。
しかし、その停滞を鮮やかに破ったのは三人のうちの誰でもなく、彼らの前にパッと姿をあらわした闖入者でした。
それは赤い目をした、十代半ばの少女でした。
ゆったり編まれた腰までのおさげと一直線に切りそろえた前髪は、まばゆいばかりの白銀色。
彼女もまた魔術師らしく、ニリオン国の民族服の上にコルトと同じような白いローブをはおり、身の丈ほどある杖を所持しています。
驚きのあまり言葉をなくしたロラン王子たちには目もくれず、彼女はミヤ姫の桜へ。そして、ためらいもなく引っこ抜きます。
「ええっ? ち、ちょっと、なにしてんの!」
我にかえったロラン王子が大慌てで彼女をとめますが、当人は腑におちない顔です。
「持って帰るよ」
「なに言ってんの。だめだよ、そんな勝手なことしちゃ」
「勝手じゃないよ。頼まれたよ。くっつけて元に戻すよ」
今度はロラン王子が腑におちない顔です。
「いや、ムリだよ。うちの魔術師が言ってたもん」
「そいつが下手くそなだけよ」
ちらり、コルトに目をやり嘲笑した少女にロラン王子が軽くむくれます。
「そんなことない! コルトは腕のいい魔術師だよ。そうしないのは禁術だからだし」
「違うよ。ひよっこだからよ」
「それが違うの! ついさっきも花街のほうから一瞬で空間移動したんだってば」
「でも、すごく疲れてるよ。情けないよ」
「これは毎日自力で大量に洗濯してるせいだから」
「洗濯なんて魔術ですませられるよ。そんなこともできないなんて、たかが知れるよ」
「だから、それが違うんだって! コルトはマジメないい子なの、できないんじゃなくてしないの!」
ムキになるロラン王子に少女が、わずらわしげに顔をしかめます。
「おまえさっきからウルサイよ。邪魔よ」
軽く杖がふられ、たちどころロラン王子がネズミに変身させられます。
これにはアルマンもコルトも愕然。ですが、一番驚いたのは本人です。
『うわぁ、みんなが巨大化した!』
「……いえ、ロラン様が縮んだんです。ネズミになって」
『ネズミ! 俺、ネズミなの!』
誰よりも先に平常心となったアルマンの足に、ロラン王子がすがりつきます。チュウチュウとせつない声のあいまに『助けてアルマン』と懇願して。
「すみません、本人も反省してるので今回だけは戻してやってください」
真摯に頭をさげたアルマンに、少女は「生意気な口きかないことよ」と杖を一振り。瞬く間、ロラン王子が元の姿になります。
「うわああん、ありがとアルマン!」
「お礼なら、こちらの方に」
少女への挨拶をうながされ、ロラン王子はアルマンのうしろに隠れます。
「……やだ、言いたくない」
「そんなことだと、またネズミにされますよ。ほら『ごめんなさい』と『ありがとうございます』は」
「ううう……ゴメナサイ、アリガトゴザマス……」
不本意なことをさせられ、兄と接するときのように白目で片言となるロラン王子。
そのそばでは椅子から立ちあがったコルトが、わなわなと震えながら少女にひざまずきました。
「ももももしかして、ああああなた様は、ハクレン様ですか!」
「そうよ。あんたも魔術師なら、このくらいできるようにならないとダメよ」
半べそ王子を適当になだめていたアルマンが、コルトにたずねます。
「知りあい?」
「とんでもない! 本来ならば、私なんぞがお目にかかれる方じゃありません!」
「そんなに高名なんだ」
「もちろんです! ハクレン様といえば、あらゆる魔術をおさめられた、伝説の大魔術師なのですから!」
居間の安楽椅子に腰かけた彼女が、やすらかな寝息をたてます。
ロラン王子らは邪魔にならないよう、ふたたび庭に出て話しあうことにしました。
「このまま放っておけないよ」
「……そうですね」
神妙に頷いたアルマンがポケットからとりだしたのは、直径三センチほどの透明な球体。「コルト」と呼びかけると、ぽうっと光がともったようになり応答がありました。旅の出発時から密かに用意していた、離れた相手とも会話ができる術の施された代物です。
「わあ、なにその便利なの、貸して貸して!」
飛びかかってきたロラン王子を、あいたほうの手で三度目の「むぐぅ!」
すぐに来てほしい旨をアルマンが伝えると、コルトは空間移動で二人の前に現れました。
「悪いね、面倒かけて」
「いえ、ちょうど休憩しろとチヨさんに言われたところでしたので」
ねぎらいに笑顔をみせますが、先刻まで老婆が座っていた庭の椅子に腰をおろしたコルトは朝よりもやつれた印象です。
魔力を消費させてしまったことを詫び、アルマンはミヤ姫の桜の枝について、疲労が回復したら元に戻せるのかをたずねました。それが可能ならば少年を減刑あるいは不問にできるかもと考えたのです。
「申し訳ないですが無理です。その枝は命が尽きていますから」
かぶりを振ったコルトに、ロラン王子が食いさがります。
「こんなに咲いてるのに?」
「満開だったのが散ってるだけです。なので、もし施すとするなら蘇生術になるのですが」
それでも、なにもなかったように元通りとはいかない、とコルトは言います。たとえば死者を蘇らせた場合、魂のない傀儡になってしまうといった具合に。
「じゃあ、こっちもダメかぁ」
ロラン王子が、少年の言っていた『思い出の木』に手を添えます。
コルトは言いにくそうに、けれどもハッキリと、
「そうですね、諦めていただくしか。それに蘇生術は禁術なので、私は習得していません」
「そっか……」
となれば少年を助けられないうえ、この庭の桜は死滅。二重に老婆を悲しませることになります。
避けたかった結果に、ロラン王子もアルマンもおのずと口をつぐみました。
事情を飲みこめていないコルトも、ことが思わしくないのを理解します。
高くのぼった太陽が真上から照りつけます。いつしか風もやみ、むっとする熱が体にまとわりつきます。
ただでさえ活路を見いだせず、重苦しい空気。
しかし、その停滞を鮮やかに破ったのは三人のうちの誰でもなく、彼らの前にパッと姿をあらわした闖入者でした。
それは赤い目をした、十代半ばの少女でした。
ゆったり編まれた腰までのおさげと一直線に切りそろえた前髪は、まばゆいばかりの白銀色。
彼女もまた魔術師らしく、ニリオン国の民族服の上にコルトと同じような白いローブをはおり、身の丈ほどある杖を所持しています。
驚きのあまり言葉をなくしたロラン王子たちには目もくれず、彼女はミヤ姫の桜へ。そして、ためらいもなく引っこ抜きます。
「ええっ? ち、ちょっと、なにしてんの!」
我にかえったロラン王子が大慌てで彼女をとめますが、当人は腑におちない顔です。
「持って帰るよ」
「なに言ってんの。だめだよ、そんな勝手なことしちゃ」
「勝手じゃないよ。頼まれたよ。くっつけて元に戻すよ」
今度はロラン王子が腑におちない顔です。
「いや、ムリだよ。うちの魔術師が言ってたもん」
「そいつが下手くそなだけよ」
ちらり、コルトに目をやり嘲笑した少女にロラン王子が軽くむくれます。
「そんなことない! コルトは腕のいい魔術師だよ。そうしないのは禁術だからだし」
「違うよ。ひよっこだからよ」
「それが違うの! ついさっきも花街のほうから一瞬で空間移動したんだってば」
「でも、すごく疲れてるよ。情けないよ」
「これは毎日自力で大量に洗濯してるせいだから」
「洗濯なんて魔術ですませられるよ。そんなこともできないなんて、たかが知れるよ」
「だから、それが違うんだって! コルトはマジメないい子なの、できないんじゃなくてしないの!」
ムキになるロラン王子に少女が、わずらわしげに顔をしかめます。
「おまえさっきからウルサイよ。邪魔よ」
軽く杖がふられ、たちどころロラン王子がネズミに変身させられます。
これにはアルマンもコルトも愕然。ですが、一番驚いたのは本人です。
『うわぁ、みんなが巨大化した!』
「……いえ、ロラン様が縮んだんです。ネズミになって」
『ネズミ! 俺、ネズミなの!』
誰よりも先に平常心となったアルマンの足に、ロラン王子がすがりつきます。チュウチュウとせつない声のあいまに『助けてアルマン』と懇願して。
「すみません、本人も反省してるので今回だけは戻してやってください」
真摯に頭をさげたアルマンに、少女は「生意気な口きかないことよ」と杖を一振り。瞬く間、ロラン王子が元の姿になります。
「うわああん、ありがとアルマン!」
「お礼なら、こちらの方に」
少女への挨拶をうながされ、ロラン王子はアルマンのうしろに隠れます。
「……やだ、言いたくない」
「そんなことだと、またネズミにされますよ。ほら『ごめんなさい』と『ありがとうございます』は」
「ううう……ゴメナサイ、アリガトゴザマス……」
不本意なことをさせられ、兄と接するときのように白目で片言となるロラン王子。
そのそばでは椅子から立ちあがったコルトが、わなわなと震えながら少女にひざまずきました。
「ももももしかして、ああああなた様は、ハクレン様ですか!」
「そうよ。あんたも魔術師なら、このくらいできるようにならないとダメよ」
半べそ王子を適当になだめていたアルマンが、コルトにたずねます。
「知りあい?」
「とんでもない! 本来ならば、私なんぞがお目にかかれる方じゃありません!」
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