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お仕事生活
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いち早くコルトから逃避したロラン王子は、いつもより短い時間で掃除をすませることができました。
そのためアルマンの仕事が終わるのを待ちきれずゴネにゴネて、買いだし前にモモに教わった人物の家へ赴くことにしたのです。
彼らが目指したのは城郭外の、おもに農地として利用されている自然豊かな地域でした。
木塀の隙間から様子をうかがいつつ、ロラン王子たちがそっと裏から侵入。つましやかな木造平屋は、歳月を感じさせる傷みがねんごろに修復されています。
「折った桜、持ち帰ってたりするかな」
「だといいですね。動かぬ証拠になります」
「もしそうなら、太いとこがっつりだったから、すぐ見つかりそうなんだけど」
「ありましたよ。あそこに」
「……は? なにあれ」
目を疑う光景。農具のかげからロラン王子が見たものは、裏庭のど真ん中にぶっ刺さっている桜の枝でした。
「随分と大胆な挿し木ですね」
「いやいやいや、あんなのムリでしょ。俺でもわかるよ」
「まちがいなく枯れるでしょうね」
「もう犯人確定じゃん。すぐに捕まえてライゴに引き渡しちゃおうよ」
こんなわけのわからないことをする人間にミヤ姫が悲しませられたのかと思うと、ロラン王子は業腹でした。
絶対反省させて謝らせる、と決意。ぶつくさ胸中を並べたてていると、
「しっ、黙って」
「むぐっ!」
不意、アルマンに口を塞がれます。
物音がして家から出てきたのは、農民らしき少年でした。
浅黒い肌と黒髪で、年齢はコルトの少し下くらい。家屋同様、裕福ではなさそうな身なりですが、りんとした面だちは素行に問題がありそうにも見えません。
彼には連れが一人、白髪頭で杖をつく腰のまがった老婆がいました。
危なっかしい足どりを支える少年が、庭の椅子に彼女を座らせます。
びゅうと吹いた暖かな風が、ミヤ姫の桜を揺らします。
「どうなるかと思ったけど、今年も綺麗に咲いた」
しゃがんで話しかけた少年に、老婆がこっくりと頷きます。花を散らせる桜のうしろには、立ち枯れた木がありました。
「来年も綺麗に咲く。再来年も。思い出の木は枯れない。心配ない」
すっかり桜に見惚れる老婆は、少年の言葉に無反応。それでも彼は熱心に喋りかけます。
「だからまた一緒に見よう。ばあちゃん」
ふたたび吹いた風が桃色の花びらを、ことのしだいを見守る者たちのもとにも運びます。
ロラン王子の涙腺は、とっくに大決壊。顔面ぐしょぐしょで、アルマンに渡されたハンカチでぬぐっても余裕の許容量越えです。
「こんなの泣いちゃうに決まってんでしょ」
「どうやら枯れた木のかわりにするために、あの桜を持ってきたみたいですね」
「無茶すぎるよ。けど、ああ、どうすればいいんだろう……!」
嫌がらせや悪ふざけなどでなく老婆のためにしたことだとわかり、ロラン王子は少年を八割がた許せていました。自身もおばあさまっ子だったのですから、孫の心は知りすぎるほどです。
が、それでもミヤ姫のことを思うと無罪放免にするのは抵抗がありました。
どうにか助けてあげたいが、しかし良くないことをしたのだから……。
心中葛藤しきりのロラン王子に、アルマンがさっぱり言いはなちます。
「どうもこうも、罪は罪ですから相応の罰をうける必要があるでしょう」
「そりゃそうだけど」
「ここで尻ごみしてどうするんです。ミヤ姫のために犯人を捕まえるんじゃなかったんですか」
アルマンのように目的のためなら非情になることも辞さないなんてことは、ロラン王子は到底できないたちでした。
少年が捕まってしまえば老婆はひとりぼっち。お粗末な挿し木と本物を見まごうほどですから、足だけでなく目も不自由なのでしょう。とても一人で生活していけそうにありません。
「とにかく、あの子と話しあってみようよ。それでちゃんとミヤ姫に謝って、二度としないのを約束してもらえれば……」
「しっ、黙って」
二度めの力強い「むぐっ!」に、ちょっとばかしイラッときたロラン王子。
ですが、されるがままでいたのは、そこに現れたのが部下を連れたライゴだったためでした。
到着するなり彼は、地面に刺さった桜の枝を指さし少年に問いました。厳しい口ぶりは、いつも以上に冷酷な響きです。
「これは広場にあったミヤ姫の桜だろう。折ったのは貴様か」
少年は焦りをみせましたが、抵抗するでもなく無言でうなだれました。それを是ととったライゴが部下たちへ指示をだします。
「よし、連れていけ。悪いなばあさん、あんたの孫を借りてくぞ」
それだけを言いのこし、彼らはいっせいに去っていきました。
あとには老婆だけ。ぽつんと椅子に座ったままです。
「はあ? 嘘だろあいつ!」
まれにみる乱暴な言葉でロラン王子が憤怒。アルマンがとめるのも聞かず、老婆に駆けよります。
「大丈夫だよ、おばあちゃん。お孫さんは用事があって、でかけただけだから。すぐに帰ってくるよ。心配しないでね」
不安がらせないよう朗らかに語りかけますが、老婆は白濁した目を宙に投げボンヤリと呟きます。
「桜が咲いたねェ」
「そうだね。咲いたね」
「咲いたねェ」
「うん。今日はもう見たから、また明日にしようか」
「桜が咲いたねェ。桜が……」
孫とロラン王子の区別もつかないのか、ひたすら同じセリフをくり返しています。
そのためアルマンの仕事が終わるのを待ちきれずゴネにゴネて、買いだし前にモモに教わった人物の家へ赴くことにしたのです。
彼らが目指したのは城郭外の、おもに農地として利用されている自然豊かな地域でした。
木塀の隙間から様子をうかがいつつ、ロラン王子たちがそっと裏から侵入。つましやかな木造平屋は、歳月を感じさせる傷みがねんごろに修復されています。
「折った桜、持ち帰ってたりするかな」
「だといいですね。動かぬ証拠になります」
「もしそうなら、太いとこがっつりだったから、すぐ見つかりそうなんだけど」
「ありましたよ。あそこに」
「……は? なにあれ」
目を疑う光景。農具のかげからロラン王子が見たものは、裏庭のど真ん中にぶっ刺さっている桜の枝でした。
「随分と大胆な挿し木ですね」
「いやいやいや、あんなのムリでしょ。俺でもわかるよ」
「まちがいなく枯れるでしょうね」
「もう犯人確定じゃん。すぐに捕まえてライゴに引き渡しちゃおうよ」
こんなわけのわからないことをする人間にミヤ姫が悲しませられたのかと思うと、ロラン王子は業腹でした。
絶対反省させて謝らせる、と決意。ぶつくさ胸中を並べたてていると、
「しっ、黙って」
「むぐっ!」
不意、アルマンに口を塞がれます。
物音がして家から出てきたのは、農民らしき少年でした。
浅黒い肌と黒髪で、年齢はコルトの少し下くらい。家屋同様、裕福ではなさそうな身なりですが、りんとした面だちは素行に問題がありそうにも見えません。
彼には連れが一人、白髪頭で杖をつく腰のまがった老婆がいました。
危なっかしい足どりを支える少年が、庭の椅子に彼女を座らせます。
びゅうと吹いた暖かな風が、ミヤ姫の桜を揺らします。
「どうなるかと思ったけど、今年も綺麗に咲いた」
しゃがんで話しかけた少年に、老婆がこっくりと頷きます。花を散らせる桜のうしろには、立ち枯れた木がありました。
「来年も綺麗に咲く。再来年も。思い出の木は枯れない。心配ない」
すっかり桜に見惚れる老婆は、少年の言葉に無反応。それでも彼は熱心に喋りかけます。
「だからまた一緒に見よう。ばあちゃん」
ふたたび吹いた風が桃色の花びらを、ことのしだいを見守る者たちのもとにも運びます。
ロラン王子の涙腺は、とっくに大決壊。顔面ぐしょぐしょで、アルマンに渡されたハンカチでぬぐっても余裕の許容量越えです。
「こんなの泣いちゃうに決まってんでしょ」
「どうやら枯れた木のかわりにするために、あの桜を持ってきたみたいですね」
「無茶すぎるよ。けど、ああ、どうすればいいんだろう……!」
嫌がらせや悪ふざけなどでなく老婆のためにしたことだとわかり、ロラン王子は少年を八割がた許せていました。自身もおばあさまっ子だったのですから、孫の心は知りすぎるほどです。
が、それでもミヤ姫のことを思うと無罪放免にするのは抵抗がありました。
どうにか助けてあげたいが、しかし良くないことをしたのだから……。
心中葛藤しきりのロラン王子に、アルマンがさっぱり言いはなちます。
「どうもこうも、罪は罪ですから相応の罰をうける必要があるでしょう」
「そりゃそうだけど」
「ここで尻ごみしてどうするんです。ミヤ姫のために犯人を捕まえるんじゃなかったんですか」
アルマンのように目的のためなら非情になることも辞さないなんてことは、ロラン王子は到底できないたちでした。
少年が捕まってしまえば老婆はひとりぼっち。お粗末な挿し木と本物を見まごうほどですから、足だけでなく目も不自由なのでしょう。とても一人で生活していけそうにありません。
「とにかく、あの子と話しあってみようよ。それでちゃんとミヤ姫に謝って、二度としないのを約束してもらえれば……」
「しっ、黙って」
二度めの力強い「むぐっ!」に、ちょっとばかしイラッときたロラン王子。
ですが、されるがままでいたのは、そこに現れたのが部下を連れたライゴだったためでした。
到着するなり彼は、地面に刺さった桜の枝を指さし少年に問いました。厳しい口ぶりは、いつも以上に冷酷な響きです。
「これは広場にあったミヤ姫の桜だろう。折ったのは貴様か」
少年は焦りをみせましたが、抵抗するでもなく無言でうなだれました。それを是ととったライゴが部下たちへ指示をだします。
「よし、連れていけ。悪いなばあさん、あんたの孫を借りてくぞ」
それだけを言いのこし、彼らはいっせいに去っていきました。
あとには老婆だけ。ぽつんと椅子に座ったままです。
「はあ? 嘘だろあいつ!」
まれにみる乱暴な言葉でロラン王子が憤怒。アルマンがとめるのも聞かず、老婆に駆けよります。
「大丈夫だよ、おばあちゃん。お孫さんは用事があって、でかけただけだから。すぐに帰ってくるよ。心配しないでね」
不安がらせないよう朗らかに語りかけますが、老婆は白濁した目を宙に投げボンヤリと呟きます。
「桜が咲いたねェ」
「そうだね。咲いたね」
「咲いたねェ」
「うん。今日はもう見たから、また明日にしようか」
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