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東の果ての
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「こんなところで会えるなんて思ってもみなかったよ」
親しげに笑むロラン王子が、ふるまわれたお茶をいただきます。くすんだ緑色で、エトワルンで常飲されるものよりも渋みと苦味が強いのですが、本人は『これはこれで美味しいし、なんか違う国にきてるっぽくていい』と気に入ります。
彼らは、先ほどの建物と奥でつながる別館にいました。
この国では屋内は靴をぬぐのが一般で、通された応接室もそれにのっとっています。
内装品はチヨの意向でさまざまな国のが集められておりニリオン然としたしつらえではありませんが、ちぐはぐな感じはなく独特の雰囲気をかもしています。
「とうとう勘当されたかい」
羽を広げた孔雀のような形の肘かけ椅子に座り、チヨがロラン王子をちゃかします。
ロング丈の絹製の室内着をはおり、頬杖で足ぐみ。背中から袖にかけて咲く赤薔薇の刺繍と、くなりとしなだれる肢体と、それらを上手くとりまとめる艶やかなほほえみは絵画と見まごうほどの美しさです。
しかしながら、ロラン王子の心は咀嚼中の茶菓子へと向いていました。チヨの容姿を見慣れているせいもありますが、食いしん坊の花より団子の精神、初めて食べる美味しいもののほうが重要なのです。
饅頭と教えられたそれを丁寧に味わいながら、ロラン王子が答えます。
「違うよ、外遊」
「へえ、そんな格好でねぇ」
嘘や隠しごとが得意でないのもあり、ロラン王子は素直にうちあけることを迷いませんでした。
チヨちゃんにならバレてもいいよね、と念のためアルマンの了承をえてから、
「俺、お忍びでミヤ姫に会いにきたんだ」
「……なんだって?」
美容と健康のため特別にブレンドさせた薬茶を飲みくだす、チヨの瞳が鋭く輝きます。
「今度はどんな悪だくみだい」
「やだな、人聞き悪い。俺のお嫁さんにしようと思ってるだけだよ」
「はあ?」
「だからね……」
事情を説明するロラン王子のかたわら、コルトがアルマンにたずねます。
「どういったお知りあいで」
「チヨさんはエトワルンにいたことがあるんだ。当時は旅芸人をしていて、観覧にいったロラン様が口説こうとして、普通に失敗したんだよ」
「ちっがうよ! 普通にお話しして、普通に仲良くなっただけだってば! ほんとアルマンは俺をおとしめるのに余念ないよね!」
耳ざといロラン王子が横槍、二手にわかれていた会話を自身に集めます。
「チヨちゃんは評判の踊り子だったんだ。それが東の果てで楼主さんになってるんだからびっくりだよ。どんな経緯があったのさ」
「もともと、うちはこの国の出身だからね。楼主になったのは行きがかりだけど」
「そうだったんだ。にしても懐かしいなぁ。四年ぶりだっけ」
「五年だよ」
「そうそう。あのころはまだアルマンが騎士団の見習いだったもんね」
城下町出身のアルマンは、お忍びで町に出没していたロラン王子と幼少より既知の間柄でした。
頻繁に行方をくらます息子に頭を悩ませていた国王はそれを知り、護衛と躾のため腕におぼえのある良識者がそばについていたほうがいいだろうと考え、アルマンを正式な騎士団員と認めるかわり世話係も兼任するよう命じたのです。
わけあって、かたい意志で騎士団へ身を捧げたアルマンでしたが、国王たっての望みとあらば逆らえるはずもありません。そのため『籍は騎士団におき、かわりが見つかるまで』という条件で渋々承諾したのです。
かつての景色を思いおこしロラン王子は柔和に表情を崩しますが、隣のアルマンは恨みがましい形相です。
次の世話係の候補すらなくすごしてしまった数年を後悔しているわけではありません。ロラン王子の人柄も憎からず思っています。が、当初の目的とかけ離れた生活に、どうしても心からは納得できないのです。
かたやロラン王子は、ようやく定まった世話係が友人ということもあり毎日が楽しくてしかたありません。なのでどれだけ無礼をはたらかれても、しんから腹をたてたことはただの一度もないのです。
そんな彼らの過去と現在、関係も心持ちも十二分に理解するチヨにも感慨がわきます。
「どいつもこいつもお子さまだったのが、今じゃ大人ぶってるんだからおかしなもんさ。それにしたってアルマンは昔から男前だったが、また見違えたもんだ」
「恐縮です」
「新しい連れも。年のわりに腕のたつ魔術師だってね。愛らしい面構えじゃないか」
「い、いえ、その……すみません、ありがとうございます」
順番からして当然自分だろう、と待ちきれないロラン王子が「俺も俺も」と催促しますが、
「……ああ、まあ、うん、そうさね」
「あっ、気をつかわれてるのが察せられる!」
以前、まわりがイケメン扱いしてくれるのは気をつかってるからだから察しろ、とアルマンに言われたのを思いだしロラン王子が肩をおとします。
けれども懇意にしていた彼の扱いを心得ているチヨは、わざと苦い対応をしてみせただけで本心ではありません。
その証拠、彼女の唇から発せられたのは愉快からきた高笑いでした。
親しげに笑むロラン王子が、ふるまわれたお茶をいただきます。くすんだ緑色で、エトワルンで常飲されるものよりも渋みと苦味が強いのですが、本人は『これはこれで美味しいし、なんか違う国にきてるっぽくていい』と気に入ります。
彼らは、先ほどの建物と奥でつながる別館にいました。
この国では屋内は靴をぬぐのが一般で、通された応接室もそれにのっとっています。
内装品はチヨの意向でさまざまな国のが集められておりニリオン然としたしつらえではありませんが、ちぐはぐな感じはなく独特の雰囲気をかもしています。
「とうとう勘当されたかい」
羽を広げた孔雀のような形の肘かけ椅子に座り、チヨがロラン王子をちゃかします。
ロング丈の絹製の室内着をはおり、頬杖で足ぐみ。背中から袖にかけて咲く赤薔薇の刺繍と、くなりとしなだれる肢体と、それらを上手くとりまとめる艶やかなほほえみは絵画と見まごうほどの美しさです。
しかしながら、ロラン王子の心は咀嚼中の茶菓子へと向いていました。チヨの容姿を見慣れているせいもありますが、食いしん坊の花より団子の精神、初めて食べる美味しいもののほうが重要なのです。
饅頭と教えられたそれを丁寧に味わいながら、ロラン王子が答えます。
「違うよ、外遊」
「へえ、そんな格好でねぇ」
嘘や隠しごとが得意でないのもあり、ロラン王子は素直にうちあけることを迷いませんでした。
チヨちゃんにならバレてもいいよね、と念のためアルマンの了承をえてから、
「俺、お忍びでミヤ姫に会いにきたんだ」
「……なんだって?」
美容と健康のため特別にブレンドさせた薬茶を飲みくだす、チヨの瞳が鋭く輝きます。
「今度はどんな悪だくみだい」
「やだな、人聞き悪い。俺のお嫁さんにしようと思ってるだけだよ」
「はあ?」
「だからね……」
事情を説明するロラン王子のかたわら、コルトがアルマンにたずねます。
「どういったお知りあいで」
「チヨさんはエトワルンにいたことがあるんだ。当時は旅芸人をしていて、観覧にいったロラン様が口説こうとして、普通に失敗したんだよ」
「ちっがうよ! 普通にお話しして、普通に仲良くなっただけだってば! ほんとアルマンは俺をおとしめるのに余念ないよね!」
耳ざといロラン王子が横槍、二手にわかれていた会話を自身に集めます。
「チヨちゃんは評判の踊り子だったんだ。それが東の果てで楼主さんになってるんだからびっくりだよ。どんな経緯があったのさ」
「もともと、うちはこの国の出身だからね。楼主になったのは行きがかりだけど」
「そうだったんだ。にしても懐かしいなぁ。四年ぶりだっけ」
「五年だよ」
「そうそう。あのころはまだアルマンが騎士団の見習いだったもんね」
城下町出身のアルマンは、お忍びで町に出没していたロラン王子と幼少より既知の間柄でした。
頻繁に行方をくらます息子に頭を悩ませていた国王はそれを知り、護衛と躾のため腕におぼえのある良識者がそばについていたほうがいいだろうと考え、アルマンを正式な騎士団員と認めるかわり世話係も兼任するよう命じたのです。
わけあって、かたい意志で騎士団へ身を捧げたアルマンでしたが、国王たっての望みとあらば逆らえるはずもありません。そのため『籍は騎士団におき、かわりが見つかるまで』という条件で渋々承諾したのです。
かつての景色を思いおこしロラン王子は柔和に表情を崩しますが、隣のアルマンは恨みがましい形相です。
次の世話係の候補すらなくすごしてしまった数年を後悔しているわけではありません。ロラン王子の人柄も憎からず思っています。が、当初の目的とかけ離れた生活に、どうしても心からは納得できないのです。
かたやロラン王子は、ようやく定まった世話係が友人ということもあり毎日が楽しくてしかたありません。なのでどれだけ無礼をはたらかれても、しんから腹をたてたことはただの一度もないのです。
そんな彼らの過去と現在、関係も心持ちも十二分に理解するチヨにも感慨がわきます。
「どいつもこいつもお子さまだったのが、今じゃ大人ぶってるんだからおかしなもんさ。それにしたってアルマンは昔から男前だったが、また見違えたもんだ」
「恐縮です」
「新しい連れも。年のわりに腕のたつ魔術師だってね。愛らしい面構えじゃないか」
「い、いえ、その……すみません、ありがとうございます」
順番からして当然自分だろう、と待ちきれないロラン王子が「俺も俺も」と催促しますが、
「……ああ、まあ、うん、そうさね」
「あっ、気をつかわれてるのが察せられる!」
以前、まわりがイケメン扱いしてくれるのは気をつかってるからだから察しろ、とアルマンに言われたのを思いだしロラン王子が肩をおとします。
けれども懇意にしていた彼の扱いを心得ているチヨは、わざと苦い対応をしてみせただけで本心ではありません。
その証拠、彼女の唇から発せられたのは愉快からきた高笑いでした。
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