婿入り志願の王子さま

真山マロウ

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東の果ての

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「なんかよくわかんないとこ来ちゃったかも」
 不安そうに眉をさげ、ロラン王子が従者たちのもとへ駆けよります。想定内の展開にいちいち反応なぞしないアルマンは、ぐるり見まわして沈着に、
「どうやら花街エリアのようですね」
「ハナマチ?」
「この国の歓楽街の呼び名のひとつです。本気をだすのが夜なので、日中は閑散としているのでしょう」
 通りを進んだアルマンが、つきあたりの建物をあおぎ見ます。主従逆転、随伴するロラン王子。その瞳は、今は好奇心が勝っていました。
「すごいね、誰かのお屋敷かな」
「立地的からして妓楼とかじゃないですか」
「って、女の子たちがいるお店だよね。それにしては渋すぎない?」
「ええ、なかなか精緻ですね」
 とりわけ大きく立派なそれは、周辺の建物のように色彩豊かな装飾などはありませんでした。
 看板らしきものもなく、入口の上の曲線状の部分である唐破風からはふと呼ばれるところには、細部にまで凝った雲の彫刻がほどこされています。
 家屋全体にも上等の木材が使われているらしく、経年の味わいをおびた格式ある老舗の風情です。
「ひらめいた! どうせ泊まるならここにしようよ」
 アルマンの冷やかな視線が、自他ともに認めるほど女の子に弱いロラン王子へつき刺さります。
「今回の旅は慰安目的じゃありませんよ。お忘れですか」
「わかってるってば。こういう場所のほうが情報通とかいそうだと思っただけ」
「……なるほど。では、そうしましょうか」
 疑いの目をむけたくなるアルマンでしたが、あながち見当はずれでもない言い分のため、追及せず従うことに。
 ですが、ここで突然、これまで静観していたコルトが叫びに近い声をあげました。
「だめです! 不埒ふらちです!」
 思わぬ伏兵に、ロラン王子は鼻白むよりもキョトン。しかしその顔は、だんだんニンマリと変化します。
「もしかしてコルト、こういうの苦手なタイプ? 大丈夫だよ、怖がらなくても。場数踏んでなんぼだから」
 腹のたつ得意満面で先輩風をふかせるロラン王子に、アルマンが眉をひそめます。
 そして、人様に不快を与えないよう教育するのも自分のつとめ、と決意。お得意のやり方で躾けるべく、ロラン王子に手をのばしかけたのですが――それは玄関が開かれたことにより未遂に。
「あら、こんにちはぁ」
 屋敷から出てきたのは、竹ぼうきを引きずるように持った少女でした。
 年の頃はコルトと変わらないくらい、十代半ばから後半。民族衣装である懸衣型かけぎぬがたの服をまとい、丸みをおびた目でロラン王子たちを眺めます。
「お客さまですかぁ?」
 首をかしげた拍子、おかっぱ頭につけられた濃桃色の大きなりぼんが揺れました。きめ細やかな肌にはえる色つやのいい唇が、たてつづけに動きます。
「まだ営業時間じゃないんですけどもぉ」
 まのあたりにしたロラン王子はとっさに「かわいい!」と口走り、愛想をふりまきます。
「ここ、どういうお店なの」
「えっと、お酒を飲んだり、姐さん方と仲良くするお店ですぅ」
「そうなんだ。俺たち、そういうお客じゃなくて普通に泊まりたいんだけど」
「だったら、川のむこうにそういうお宿があるんで行ってみたらいいと思いますよぉ」
 ロラン王子は、アルマンの評価は厳しめですが、けっして見目麗しくない部類ではありません。
 レオン王子のようなりりしさこそ持ちあわせていませんが母親似の優しく甘みのある顔立ちで、つい相手が気を許してしまう笑顔の持ち主でした。
 コルトに指南するだけあって、さすが女性への対応も堂に入っています。
「ここに泊まってみたいんだよね。めったにない素敵な建物だし。どうにかならないかな。お金はちゃんと払うからさ」
「そんなこと言われてもぉ」
「このとおり、お願い! あ、でも本当にダメなら諦めるから安心してね。かわいい女の子を困らせる趣味ないし」
 ロラン王子をじいっと見つめ、少女は考えるそぶり。それからほどなく玄関を開き、奥に声をかけました。
「女将さん、お客さまですよぉ!」
 戸口よりロラン王子たちが覗きこみます。中央奥には、途中から左右にわかれた階段。その手前の一階部分は、少女の話にあった酒場となっています。
 テーブルやソファーなども、わざとらしい見ばえより質を重視。外観同様、色味に乏しくともどこか知性を感じさせるサロン風です。
「内装も相当ですね」
 アルマンが興味ありげに観察していると、二階より物憂くかすれた返答がありました。
「時間も守れないようなのは願いさげだよ」
「でも、いつものお客さまじゃなくて普通にお泊りしたいって言ってて、モモのことかわいいって褒めてくれたからたぶんいい人で、お金もちゃんと払ってくれるって言うからぁ……」
 言い終わるのを待たずして、ああ、と苛立たしげなうめきがさえぎります。
「あんたに七面倒を言うなんざ、どうせ一見いちげんだろう。うちがじきじきに追いかえしてやる!」
 怒声と足音を響かせ、階段に女性が現れました。
 見たところ、ロラン王子やアルマンと同世代。ゆるくカールした胸あたりまでの黄金色の髪は、起きぬけらしく手入れされた様子もありません。
 顔貌は、化粧っけもないくせに輝きを放たんばかり。小ぶりに整った透明感のある輪郭には、ほんのりつり上がった目と体裁のいい鼻口がおさまり、界隈随一とうたわれる美貌もさることながら、下着用の薄い衣(この国では襦袢じゅばんと呼ばれるものです)だけのせいで浮きでた体の線は美術品の彫像のごとく均整がとれています。
 一同はもちろん、なかでもロラン王子の瞳は縫いつけられでもしたかのように彼女から離れませんでした。
 けれども、それはよこしまな心からきたものではなく。
「もしかして、チヨちゃん……?」
 名を呼ばれた彼女が、声の主に目線をさだめて眉間に皺。やがて心当たりに行きつくと、ふくよかな唇をぐにゃりと湾曲させました。
「驚いたね、こりゃ珍客だ」
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