婿入り志願の王子さま

真山マロウ

文字の大きさ
上 下
4 / 40
はじまりはじまり

4

しおりを挟む
 数分後、ロラン王子の前には純白のローブをまとった少年の姿がありました。
「魔術師のコルトと申します」
 片膝をつき、さげていたこうべを戻します。きりりとした太眉とまっすぐな瞳がきまじめな印象。信頼するアルマンの紹介ということもあり、ロラン王子はいっぺんで心を許します。
「いいって、そういうの。かたくるしいの苦手だから楽にしちゃってよ」
「ですが……」
「ほんと全然。アルマンなんて、さっき俺のこと普通に痛めつけたくらいだし」
 笑いとばし、ロラン王子が椅子をすすめます。王族から対等に扱われたことのないコルトはかたくなに拒みますが、この人に遠慮は無用というアルマンの後押しでようよう着席しました。
 コルトにも同柄のカップがおかれ、お茶がそそがれます。リラックス効果のある柑橘の香りが漂っても、緊張しきりの彼にはあまり効き目がありません。
「コルト、年いくつ?」
「じゅ、十七になります」
「へえ、若いね。アルマンより年下じゃん」
「そ、そうですね、三つほど」
「旅の途中なんだっけ?」
「あ……はい、そうです」
 気さくに話しかけるロラン王子ですが、コルトはどぎまぎしどおしです。
「いつアルマンと知りあいになったのさ」
「三か月ほど前です。手持ちが心許なくなって城下で便利屋まがいのことをしていたら、噂をお聞きになったアルマンさんが声をかけてくださいまして……」
「そんな前から? 俺、知らなかったんだけど」
 ロラン王子が不服げに隣を睥睨。
「なんで紹介してくんなかったのさ、アルマン」
「そのころ殿下は花屋の娘さんに夢中でいらしたでしょう」
「それはそれ、これはこれでしょ」
「だったらなおさら。私は私、殿下は殿下ということで」
「つれない!」
 言葉づかいは敬意をはらっているていでも、身分の差を感じさせないどころか逆転しているのではと思われる二人に、コルトが相好を崩します。それを見てとったロラン王子が話を核心へ。
「で、ニリオン国までどのくらいかかりそうかな」
 人懐っこいほほえみもあり、コルトのこわばりはしだいに緩和。ぎこちなかった唇も上手に動くようになります。
「私の魔力ですと、恥ずかしながら途中に休息をいただきたいので数日は必要かと」
「そんなにすぐ着いちゃうの!」
 まん丸に目をむき、ロラン王子が身を乗りだします。
「もしかしてコルトって偉い魔術師?」
「とんでもない! 私はまだ未熟者です。上級の使い手なら、もっと短期間で移動できます」
「でも数日でいけちゃうんでしょ。すっごいじゃーん!」
 諸手をあげて称賛したロラン王子が、そのままウーンと伸びをします。
「そんなんだったら、もう馬車いらないじゃん。てか、なんで今までうちの城、魔術師いなかったのって話じゃん。いくら希少な存在でも、王家なんだから一人や二人いてもよくない?」
「いますよ。国王陛下にも王太子殿下にも、それぞれ専属が」
「なっ……なにそれ初耳なんだけど!」
 ロラン王子が魔術師を抱えようものなら必ずろくなことにならないだろう、という国王判断のもと知らされていなかったのですが、それを正直に告げるわけにいかないアルマンは、もっとも効果的な回答を瞬時に弾きだします。
「殿下には私がいるでしょう」
「え、ちょ、いや……そ、そうだけど、やめてよ、そんな急に言うのとか」
 照れくさそうに頬をそめたロラン王子。アルマンのもくろみどおり、すっかり気をとりなおし元気よくテーブルを打ちます。
「よし、そうと決まれば準備しないと! あ、父上とかに話つけるのよろしくね、アルマン」
「承知いたしました」
 誰の目にもあきらか手のひらで転がされるロラン王子に、コルトが袖のかげでアルマンにささやきます。
「無礼を承知で申し上げるんですが、もしかして殿下って少し……」
「うん、あまり賢いほうじゃないよね」
「い、いいんですか、そんなこと言って」
「悪いと思う?」
 つと視線をあげたコルトの瞳に映るのは嬉々とするロラン王子。「待っててミヤ姫、すぐ会いにいくからね!」と、いっさん城へ戻るさまは無邪気そのものです。
「……あまり問題ないように思います」
「じゃあ、それでいいんじゃないかな」
 小さくなっていく背中が完全に見えなくなったころ、先ほどまでロラン王子のいた場所にアルマンが着席しました。
「ともかく助かるよ。コルトの協力がないと、かなり困難な計画になるとこだったから」
「いえ、私はそんな……」
 自分用のカップにお茶をそそぐアルマンに対し、コルトが自然と俯きます。
「本当に大丈夫なんですか、こんなことして」
「心配ないよ。今のところすべて順調に進んでる」
「でも……」
「それに俺たちには味方もいる。とびきり心強いのがね」
 不敵な笑みを見せられたコルトは、それ以上なにも言えなくなってしまいます。
「一息ついたら俺たちも準備しよう。すぐには帰ってこれそうもないから、そのつもりで」
 そう言ってカップに口をつけるアルマン。濃灰色の癖毛がふわりと風に揺れます。
「……そうですね」
 ならい、コルトもカップをとります。琥珀色の水面みなもに映りこむのは、どうにも不安げな面持ちでありました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...