上 下
9 / 18

9 成長

しおりを挟む
 執務室で貯まる一方の遠征懇願書を見ていると、扉が勢いよく開けられ、少し暗かった部屋が一気に明るくなった。

「アルネ師匠、ただいま戻りました!」

 入ってきたのはニールスだった。16になったニールスは本当に太陽のようだと思うほど明るく朗らかな青年に成長していた。昔はもっと落ち着きがあったと思うくらいだ。

「お忙しい所失礼いたします。魔獣討伐を完了したので報告に参りました」

 後ろから出てきたクラウス兄さんの弟子であるエルフリーデが今回の帝都周辺にあらわれた魔獣の討伐であったことを報告してくれる。どうやらニールス1人で村周辺の魔獣を一掃したらしい。
 その報告に密かに溜息をついた。子どもは親がいなくても育つというのは本当らしい。
 俺は攻撃魔法は教えたくなかったのにニールスは勝手に学んで勝手に強くなってしまった。
 俺自身も魔力量は魔法使いの中で上から5本の指に入るほど多いが、最近のニールスは俺に並ぶほどの魔力量だ。経験の差から戦えば負けることは無いだろうが、俺は既に魔力が成熟している。これは成長の余地がないということだ。比べて、ニールスの魔力は増加し続けている。数年後には戦えば勝てなくなるだろう。
 そんな事を考えて、もう原作とは違ってニールスは十分良い子なんだから戦うようなことはないと自分に言い聞かせた。

「エルフリーデ、ご苦労だった。ニールスもよく頑張ったな」

 椅子から立ち上がり2人を労うと、ニールスはすかさず頭を下げた。
 今のニールスの身長は俺より3寸ほど高い。手を伸ばさなければ頭に届かないのだが、最近では褒められると頭を下げたり、屈んだりするのだ。
 仕方なくニールスの頭を撫でると、エルフリーデは咳払いをした。

「私はこれで失礼します」
「あぁ、お疲れ様」

 気まずそうにしているエルフリーデを見て申し訳なくなる。俺も辞めたいと思っているのだが、出会った頃からの習慣は変えることができていない。
 この間もクラウス兄さんに見られて叱責されたばかりなのだ。

「師匠、何を見ていらっしゃったんですか?」
「遠征懇願書だよ。一つ気になるものがあるから明後日から行ってこようと思う」

 ここ6年で新星リーア教の動きは相変わらず激しくなる一方で、エルヴィン兄さんもクラウス兄さんも俺も忙しく過ごしている。
 俺は新星リーア教の件には関わっていない代わりに細々とした魔族や魔獣討伐をこなす羽目になっている。
 
「僕もご一緒します!」
「えー、…分かった。一緒に行こう」

 少し迷ったが、ニールスも連れて行くことにした。今回の遠征は帝国の端も端の地方で、随分遠い。転移魔法は距離がひらくほど消費する魔力も大きいため、無闇に使う事ができない。魔力が少ない状態で魔族と遭遇する状態を避けるためだ。
 しかし、2人以上で行くなら転移魔法を使っても問題ないだろう。ニールスの魔力で転移魔法を使おうと打算的に考えた。
 長い時間歩くのも、馬に乗るのも俺は大嫌いだ。こういう時はニールスが居てくれて本当に良かったと都合よく思ってしまう。まぁ、都合がいいところが好きだと伝えてもニールスは喜んで「もっとお役に立ちます」とかいい出しそうだ。

 出発当日、俺は苦戦しながら書斎に魔法陣を書いた。

「南東に230里?」
「234里です」
「さっきクラウス兄さんに呼ばれてただろ。なんて言われたんだ?」
「アルネの事を頼むぞ、と」
「…そう」

 これでは師匠としての尊厳なんてあったもんじゃない。弟子に師が面倒をみてもらうなんてどうかしている。

「描けたから魔力を流してくれ」
「はい」

 ニールスが魔力を流すと魔法陣は光り輝き、瞬きした間に転移が完了した。
 見事に何も無い一本道の途中だ。

「ここが目的地ですか?」
「もう少し先だ。一応関所を通って行こう」

 到着した村は想像した以上に寂れていた。村人に事情を説明すると、村人全員が出てきたのではないかと思うほど俺たちの周辺に群がってきた。

「大魔法使い様!どうかお願いします、魔法で食料をだしてください!」
「どうか水を!」

 村人たちの鬼気迫る様子にニールスは眉をひそめ、少し屈んで耳打ちをしてくる。

「この村周辺の洞窟に魔族が住み着いているから討伐してこいという話でしたよね?」

 村の復興に来た訳ではないよな?という確認だ。

「その話で間違いない。どうやら南方の地域では近年雨が振らないらしいな」

 村人が俺に触れそうになった所でニールスは間に入った。

「魔法で食料や水を出すことはできない」

 ニールスのどこか冷たい対応にこっちが肝を冷やす。
 確かに魔法は実際、無から有を生み出すようなことはほとんど出来ない。これが出来たら貧困も飢餓も存在しない世界だっただろう。

「井戸は無いんですか?」
「何箇所かは枯れてしまって。川も干上がっていますし」
「水は出せませんが、魔法で水源は探せます。あと、山を見かけましたが、禿山になっていますね」
「木を切って売りはらってしまったんです」
「直ぐに植えなおしてください。これからは無闇に木を切らないでください」

 軽くアドバイスした後に水源を探す魔法を地面に展開すると、ニールスが止めに入った。

「こんなことをしに来た訳じゃありませんよね。早く魔族を討伐して帰りましょう」

 ニールスに制止されたのは初めてかもしれない。普段は俺のすることは全肯定しているのに。

「少しくらいいいだろ」
「でも、アルネ師匠…」
「お前は休んでいて構わない」
「いえ…」

 まだ少し嫌そうな顔をしているニールスを見て遂に反抗期なのかと呑気に考えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺のすべてをこいつに授けると心に決めた弟子が変態だった件

おく
BL
『4年以内に弟子をとり、次代の勇者を育てよ』。 10年前に倒したはずの邪竜セス・レエナが4年後に復活するという。その邪竜を倒した竜殺しこと、俺(タカオミ・サンジョウ)は国王より命を受け弟子をとることになったのだが、その弟子は変態でした。 猫かぶってやったな、こいつ! +++ ハートフルな師弟ギャグコメディです。

【R18】ギルドで受付をやっている俺は、イケメン剣士(×2)に貞操を狙われています!

夏琳トウ(明石唯加)
BL
「ほんと、可愛いな……」「どっちのお嫁さんになりますか?」 ――どっちのお嫁さんも、普通に嫌なんだけれど!? 多少なりとも顔が良いこと以外は普通の俺、フリントの仕事は冒険者ギルドの受付。 そして、この冒険者ギルドには老若男女問わず人気の高い二人組がいる。 無愛想剣士ジェムと天然剣士クォーツだ。 二人は女性に言い寄られ、男性に尊敬され、子供たちからは憧れられる始末。 けど、そんな二人には……とある秘密があった。 それこそ俺、フリントにめちゃくちゃ執着しているということで……。 だけど、俺からすれば迷惑でしかない。そう思って日々二人の猛アピールを躱していた。しかし、ひょんなことから二人との距離が急接近!? いや、普通に勘弁してください! ◇hotランキング 最高19位ありがとうございます♡ ◇全部で5部くらいある予定です(詳しいところは未定) ―― ▼掲載先→アルファポリス、エブリスタ、ムーンライトノベルズ、BLove ▼イラストはたちばなさまより。有償にて描いていただきました。保存転載等は一切禁止です。 ▼エロはファンタジー!を合言葉に執筆している作品です。複数プレイあり。 ▼BL小説大賞に応募中です。作品その③

僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない

ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』 気付いた時には犯されていました。 あなたはこの世界を攻略 ▷する  しない hotランキング 8/17→63位!!!から48位獲得!! 8/18→41位!!→33位から28位! 8/19→26位 人気ランキング 8/17→157位!!!から141位獲得しました! 8/18→127位!!!から117位獲得

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

モブの強姦って誰得ですか?

気まぐれ
BL
「お前を愛している。」 オッスおらモブ!こに世界では何も役に立たないモブ君だよ! 今ね、泣きたいんだよ。現在俺は尊敬していた勇者に強姦されている!皆ここからが重要だぞ! 俺は・・・男だ・・・ モブの俺は可愛いお嫁さんが欲しい! 異世界で起こる哀れなモブの生活が今始まる!

異世界に落っこちたら溺愛された

PP2K
BL
僕は 鳳 旭(おおとり あさひ)18歳。 高校最後の卒業式の帰り道で居眠り運転のトラックに突っ込まれ死んだ…はずだった。 目が覚めるとそこは見ず知らずの森。 訳が分からなすぎて1周まわってなんか冷静になっている自分がいる。 このままここに居てもなにも始まらないと思い僕は歩き出そうと思っていたら…。 「ガルルルゥ…」 「あ、これ死んだ…」 目の前にはヨダレをだらだら垂らした腕が4本あるバカでかいツノの生えた熊がいた。 死を覚悟して目をギュッと閉じたら…!? 騎士団長×異世界人の溺愛BLストーリー 文武両道、家柄よし・顔よし・性格よしの パーフェクト団長 ちょっと抜けてるお人好し流され系異世界人 ⚠️男性妊娠できる世界線️ 初投稿で拙い文章ですがお付き合い下さい ゆっくり投稿していきます。誤字脱字ご了承くださいm(*_ _)m

処理中です...