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6 帰還

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「今日はエルヴィン師匠が帝都に戻られる日ですよ」
「う~ん」
「起きてください、アルネ様」
「…ここどこ?」
「アルネ様のお部屋です」
「…いい、寝てる」
「エルヴィン師匠が悲しみますよ?」
「うん」
「僕が師匠に叱られます」

 出たなカリスの伝家の宝刀。
 俺は仕方なく自分の足でベッドから降りた。

「ニールスはどうしてる?」
「もう起きてますよ、朝食を食べさせておきました」

 子どものくせに遅寝早起きだな。あれから毎晩話をしてから寝るのが習慣になったが、ニールスは続きが気なるのかなかなか寝ない日があるのだ。
 おかげで俺の方が寝不足になってきていた。

「もう1ヶ月半になるか…。カリスには迷惑かけたな。お礼に何かほしいものはあるか?」

 ニールスがここに来てから早1ヶ月半もの時間が過ぎている。

「まるでこれで迷惑が終わるみたいな言い方ですね。ニールスを師匠に引き渡すつもりですか?」
「そうと決めた訳じゃない。何か礼がしたいなと思っただけだ」
「では今度僕の修行に付き合ってください」
「エルヴィン兄さんに頼んだ方がよくないか?どうして俺なんだ」
「師匠は遠征から帰ってきてしばらくはいつも忙しそうなので」
「それもそうだな。なんでも付き合うよ」

 そんな会話をかき消すほど外はうるさくなりだした。
 エルヴィン兄さんの凱旋式が魔法区で始まったらしい。

「もう到着されたみたいですね」
「あぁ、俺たちも外に出ようか」

 師兄の遠征なんてしょっちゅうだが、帰ってくる度に魔法区はお祭り騒ぎだ。
 塔の外に出ると弟子たちは既に整列していた。

「遅いぞ。また寝坊か」
「ごめんなさい。次回から気をつけます」
「はぁ、そうしろ」

 実は俺が寝坊するのはいつものことなので、このクラウス兄さんとの会話は最早様式美だ。
 寝起きが悪いのをどうにかしたいとは思っているが、誰も本気で怒らないので、つい甘えてしまう。
 そろそろなんとかしないとな。と幾度目かの決意をした。
 凱旋式が終わり、弟子たちが門を開ける。整列していた弟子たちも緊張が高まって少しばかり皆の背筋が伸びた。

「「「お帰りなさいませ、エルヴィン様」」」

 2か月ぶりに帰ってきたエルヴィン兄さんはいつもの調子で微笑み、塔にまたせていた弟子たちに留守の様子を聞いたりと穏やかな対応をしている。

「クラウス様、アルネ様、ただいま戻りました」

 エルヴィン兄さんより先に挨拶にきたのは今回の遠征に同行した弟子のエルフリーデだった。
 彼女は既に魔力が成熟し、老化が止まって20代前半の様な見た目もあってエルヴィン兄さんとクラウス兄さんとは同年代のようだし、俺より年上に見える。
 魔法使いの年齢って見た目全然当てにならない。俺ももう少し魔力の成熟が遅かったら良かったのに…。

「ご苦労だった」

 クラウス兄さんが素っ気なく言った言葉に俺も続いた。

「君たちが無事でなによりだ」
「お気遣いに感謝いたします」

 毎回同じようなことを言っている気がするが、彼女はまるで初めて聞いたかのように感謝し、頭を下げる。
 師叔ししゅく(師匠の弟弟子)に対する尊重としては十分すぎるくらいで、彼女の人格の素晴らしさもあるが、エルヴィン兄さんの教育によるものも大きいだろう。

「カリス、我が家のお嬢様は良い子にしてた?」

 カリスに声をかける時、エルヴィン兄さんは開口一番にそう言ったので隣に立っていた俺は思わず血を吐きそうだった。

「えっ…、そうですね…」
「その様子じゃ良い子にしてなかったんだね」
「エルヴィン師兄、弟子をからかうのも程々に」

 クラウス兄さんは嗜めたが、カリスをからかったと言うより、俺をからかっているんだと分かって眉間を揉んだ。
 エルヴィン兄さんは帰ってくる道中どうやって俺をからかおうか考えているのか?と思うほど、手法を変えて俺を恥ずかしがらせたり困らせたりしたがる。
 いい歳をした大人の男が「お嬢様」は恥ずかしすぎる。

「アルネ、私の留守中に何かあったみたいだね?」

 エルヴィン兄さんは妙に感がいい。カリスが言葉を詰まらせたからだろうか。確かにカリスなら何事もなければ普通に「良い子でした」と言いそうだ。

「後にしましょう。ここで話すような事じゃない」

 クラウス兄さんが口を挟んだ。

「そうだね。また後で」

 エルヴィン兄さんはその後、弟子たちから留守中の仕事の報告を受け、一度自分の塔に戻った。
 俺とクラウス兄さんは裏にある庭園のテーブルに向かい合って座り、暫く雑談をしていた。

「クラウス、アルネ、遅くなってすまない」

 クラウス兄さんが席に座る前に俺も一度立ち上がる。

「お帰りなさい、エルヴィン兄さん」
「ああ、急にどうしたの?」
「さっき言えなかったから」
「ただいま。アルネに出迎えてもらえて嬉しかったよ。朝早かったでしょう。眠くない?」

 まるで3歳の子どもにでもなった気分で俺はもう一度席に着いた。
 クラウス兄さんはその光景をみて飽きれたようだな表現を浮かべている。

「それで私が留守の間に何があったの」

 俺とクラウス兄さんが少し目配せをすると、クラウス兄さんが皇帝が渡してきた子どもについて説明してくれた。

「アルネの弟子にしたらいいんじゃない?」
「そんなに適当に決めていいんですか?これ以上我々を便利屋扱いされては困ります。流石に抗議しましょう」
「うん。この件が片付いたら」

 エルヴィン兄さんの態度にクラウス兄さんが落ち着きをなくすのを感じた。
 「この件」の解決にあたってそろそろ20年になる。ちょうど師匠がこの世を去ったころからだ。
 「この件」とは新興宗教のことだ。エルドラニア帝国は国教である「セントリーア教」以外の宗教の信仰を禁止している。それはエルドラニア帝国の皇帝という地位はセントリーア教の神、リーアによって与えられた。所謂、王権神授説を唱えているからだ。他宗教を信仰することは皇帝の存在を否定するのと同義だ。
 それ以外の神を信仰する者は皇帝への反逆とみなされ、投獄し、改宗させる決まりになっている。拒否をすれば首を斬られるだけだ。
 神として祀られるのは色々だが、20年前に発足した「新星リーア教」は、セントリーア教と同じく、リーアを神としている。ここまでは問題ないのだが、リーアはエルドラニアの皇帝位を現皇帝の先祖に与えたというのは作り話で正当な統治者ではないと触れ回っているのだ。
 先代の皇帝も現皇帝もこの事にブチギレ、改宗の機会を与えずに信者を皆殺しにしろ命じてきた。
 前世の感覚から言うと独裁国家すぎると苦言を呈したくなる。

「それが片付くの何十年先になるんですか」

 クラウス兄さんの声に顔を上げると、エルヴィン兄さんも厳しい表情を浮かべている。
 信者は年々増加し、一部の過激な信者が武装して騒ぎを起こしているが、エルヴィン兄さんは内心では信者を殺す事に否定的だ。
 武装集団がなにか起こせば鎮圧に行くことの繰り返しで問題が表面化するのを避けてきた。

「やっぱり、この件は俺も協力します。早く解決した方がいいですよ」

 俺はこのまま何もせず状況が変わるのを待ち続けるのにも耐えられない。死者だって増えるだけだ。

「アルネ、弟子の話だったね。君はどうしたいの」

 俺の言葉にエルヴィン兄さんは優しく返したが、今は新星リーア教の話をしている訳では無いだろ、と無言の圧力を感じる。
 俺は仕方なく話を戻すことにした。

「俺は…やっぱりエルヴィン兄さんの弟子になった方がいいと思っています」

 ニールスは精神的に不安定な面もあるし、俺ではサポートしきれないかもしれない。これが1番ニールスの為になるんだ。俺は自分に言い聞かせた。
 エルヴィン兄さんが口を開きかけた時、庭の低木が揺れ、音をたてた。

「誰かいるのか?」

 振り向きざまに視界にとらえた黒い髪に俺は急いで立ち上がる。

「兄さん、用事ができたので失礼します!」

 俺はその影を追いかけた。
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