殺されて退場する筈なのに主人公の愛が重い

春野ゆき

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カルロが咳払いをすると、潮が引いたように女中たちがいなくなった。いまだナイフとフォークを突き立てたまま現実を受け入れられない俺に、カルロはカラッとした声色で言う。


「大失敗でしたね」

「でも料理は喜んでもらえた」

「そう……でしょうか……?」


ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。


「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」


俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。


「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」

「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」

「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」


目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。


「リノール様」

「そうか、素手で触っては……」

「違います。往生際が悪うございます」


カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。


「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」


カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。


「じゃあ……」


俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。


「リノール様……」

「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」


正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。


「馬上槍試合、見てみたかったな……」


つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。

本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。


「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」

「カルロ……」

「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」

「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」

「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」


カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。


出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
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