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1 追憶

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 前世の俺には、一冊だけ脳にこびりついて離れない本があった。その本が特別面白かった訳では無い。そもそもがファンタジー恋愛小説で興味のないジャンルだったこともあって、全5巻ある内の1巻読んだだけで続きを読む気にはならなかった。
 じゃあ、なぜそんなに印象に残っているのか。それは1巻の中盤に主人公に殺されて退場するキャラ、アルネ・フェリディオンに理由がある。
 アルネは歴史に名を残す英雄的な魔法使いの一番年下の弟子だ。2人の年の離れた師兄しけい(兄弟子)がいて、その2人から相当甘やかされて生きてきた。そのせいだろうが、アルネには自己中心的なところがある。それに加えて、自分の感情を口に出すのが苦手なキャラクターだった。それでも師兄はアルネのことを理解してくれたから直す気にならないどころか自覚すらなかったのかもしれない。冷たい人物のように描かれていたが、実のところは口下手で不器用な人だ。
 なぜこうも断言するのかというと、アルネの性格と状況は前世の俺の性格と状況によく似ていたからだ。
 前世の俺には実兄が2人いて、俺は滅茶苦茶甘やかされていた。両親とは折り合いが悪かったこともあり、2人の年の離れた兄は親代わりでもあった。
 死ぬ前の俺は大学院生で、研究室が一緒だった女の子が布教して回っていた「暴君の誠心」を勧められて読んでみたが、まるで自分のことかのように感情移入していたアルネが殺された時点で苦しくて読んでいられなかった。
 アルネと主人公であるニールスは師弟関係にあり、アルネは魔法の師匠だったのだが、ニールスにはその事に対する義理人情は微塵もなく、殺され方の凄惨さには気分が悪くなる。それは、一思いに殺すなんて生優しいものではない。手の指を一本一本切り落とした後、足の指も切り落とされる。アルネは半年間もの間、この拷問に藻掻き苦しんだ。その後、少しづつ衰弱して死んでしまう。
 こんな最後あんまりだろ。
 納得は出来ないがおそらく、アルネは主人公の孤独な幼少期を象徴するキャラクターだった。だから孤独な幼少期を乗り越え、幸せになっていくことへの暗示だろう。悪役としては中途半端すぎるキャラクターだ。なんというか、悪人過ぎないというか、悪人ではないというか。
 もっと吹っ切れた悪役なら「ざまぁ」として爽快感があったのに、これではただの胸糞展開だ。
 女の子から借りた本を会ったら返そうと考えながら大学に向かうバスに乗り込んでからの記憶がない。おそらく、バスで何らかの事故にあって死亡したのだろう。

 この前世の記憶を取り戻したのが50年くらい前になるか…?俺はアルネ・フェリディオンに転生していた。

「アルネ様!起きてください!」

 16、7くらいの青年が寝ている俺の肩を揺すった。

「…うるさい」

 俺は酷く頭がぼんやりとしていて、自分が何を話しているかも分からない。

「今日は皇帝陛下の謁見に行く日ですよ!遅れたら大変です!」

 青年は無理矢理俺を起き上がらせて、鏡台の前に座らせた。薄く目を開くと、俺を起こしにきた青年と同年代くらいに見える人物が鏡に映っていた。50年前から少しも変わらない自分の顔だ。魔法使いは魔力を成熟させた年で年齢が止まる。俺の場合は確か、18歳の頃だった。前世の記憶が戻ったのとほぼ同時期だ。
 青年がオイルと櫛を取り出し、色の薄い金髪を一束取り上げ、胸のあたりまである長い髪を入念に梳かしている。

「いつも悪いな、カリス」

 段々と頭がはっきりしてきた。昨日魔法の研究に没頭しすぎたな…。朝日が昇ってからやっと眠りについたはずだ。

「悪いと思うなら自力で起きられるようになってくださいよ」

 軽く笑う青年は師兄の弟子の1人だ。1番目の師兄が魔族の討伐で帝都を離れるからと、信用できる弟子に俺の様子を見ておくように頼んだのだ。
 師兄2人はいつまで経っても俺を子どもだと思っているらしい。まぁ、魔法使いは実力にもよるが、500年近く生きるので70歳にも満たない俺はまだ子どもだと言えるのだろうか。

「にしても皇帝が俺を呼び出すなんて珍し…っ!」
「どうかしましたか?」
「今、帝国暦何年だ?」
「734年です」

 俺は口元を押さえた。まだ先のことだと悠長に構えている内に「暴君の誠心」のストーリーは既に開幕していたのだ。
 そして今日は俺とニールスが出会った日だ。

「…城には行かない」

 俺は椅子から立ち上がってベッドにもう一度寝転んだ。

「アルネ様!?せっかく整えた御髪が!」

 横に緩く結った髪がボサボサになり、カリスは「あぁ…」と声を漏らした。

「クラウス様に叱られますよ?」

 俺の2番目の師兄の名前を出されたが、少しも俺の気持ちは揺れ動かなかった。1番目の師兄に比べると、2番目の師兄は俺に厳しい。でも口だけなのだ。「それ以上わがままを言うと魔族の餌にする」と口癖の用に言われてきたが、魔族の餌にされたことは勿論一度もない。

「僕が師匠に叱られます…」

 その言葉に俺は仕方なくベッドから降りた。カリスの方をみると泣き真似をしている。
 まったく、誰にこんなことを習ったんだ…。
 自分より年少な青年に下手に出られるととことん弱い。流石にわがままを言う訳にもいかないかという気持ちになる。

「冗談だ。行ってくる」

 俺は長い髪を手ぐしで適当に梳かし、サイドに結い直した。
 その様子を見ていたカリスは無念そうにため息をついている。
 着替えをして上から黒いローブを羽織ると、少しは魔法使いらしい姿になった。
 今のところ物語は何も変えられていない。そもそも魔法使いにならなければよかったのだが、前世の記憶を取り戻した時、既にアルネは魔法使いになっていたし、この国には魔法使いに制約があり、魔法使いを辞める方法なんて存在しない。
 つまり、主人公と出会うシナリオからの退路はどこにもないのだ!
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