異世界転生したノンケの書生は、華族の貴公子に不埒な関係を望まれているが回避したい。

アナマチア

文字の大きさ
上 下
9 / 28

第9話

しおりを挟む
 庭園で気を失ってから数日後の早朝。

 樹はリハビリを兼ねて使用人の仕事を手伝っていた。とはいえ、炊事と洗濯は重労働だからとさせてもらえず、樹は庭園の仕事を任された。夜のうちに雨が降ったせいだろう。朝日が昇ったばかりの庭園は、濃い霧に包まれていた。

「わぁー、凄い霧ですね!」

 樹は目の上に手をかざしながら、園丁えんていの老人に笑いかける。朝から元気いっぱいの樹の姿に、園丁は孫を見るような優しい眼差しを向けた。

「早乙女さんは、病が治ってから人が変わったようじゃなぁ」

 ほっほっほっ、と園丁に笑われた樹は、ギクリとして手に持っていた竹箒たけぼうきを取り落としそうになる。

「い、いやぁ~。一時は生死を彷徨さまよいましたから、これからはもう少し明るく生きてみようかと思いまして」

 あははは、と苦い笑い声を上げた樹は、

「ぼ、僕。あっちから掃除してきますね!」

 と言って園丁の側から離れた。怪しまれないようにゆったりと移動して、園丁の姿が見えない位置まで来ると、樹はようやく肩の力を抜くことが出来た。それでも油断は禁物と、樹は竹箒で石畳の上を掃きながら周囲を警戒し、誰の姿も無いことを確認する。

(誰もいない、よな?)

 ここなら安全だと判断して、無意識に詰めていた息を吐くと、竹箒を杖代わりにしてその場にしゃがみ込んだ。

「はぁ~~。朝っぱらから、もう疲れた……」

 そう言って、樹はがっくり項垂うなだれる。

 樹が異世界に転生してから一週間ほど経過した今。樹の魂は早乙女の身体に良く馴染み、元の身体ほどではないが、体力がついてきている。

 とはいえ、早乙女の身体が虚弱体質なのは、生まれつき心臓が悪いせいなので、これ以上健康にはなれない。

(……体力が無いのは仕方がねえ。けど、早乙女さんを真似まねるための情報が少なすぎる! 記憶を失ったからって、まるっと性格が変わったらおかしいしな)

 樹の目標は、このまま花ヶ前家にお世話になって画塾を卒業し、一人前の画家になって生きていくために、仏蘭西フランス渡仏とふつすることである。

(……そのためには、花ヶ前家の人間に不審がられちゃダメだ。早乙女おれのパトロンとして、援助し続けてもらわないといけないんだからな!)

 今現在、早乙女樹について分かっている情報は、ハーフで、温かい家庭で育っていて、性格は優しく、病弱がゆえに儚げで、物腰が柔らかい。そして絵の才能がある、という事だ。

(一日も早く、早乙女の記憶を取り戻さねーと)

 おそらくだが、早乙女の夢を視るためには、梗一郎との性的な接触が必要なのではないかと思う。根拠はないが、これまで二回とも、梗一郎とキスをしたことによって過去視に成功している。

(キスなんか、挨拶だ、挨拶! さっさとキスして、さっさと記憶を取り戻して、さっさと梗一郎さんから離れるんだ!)

 樹は梗一郎と過ごす時間が苦手だった。自分はノンケで女の子が好きなはずなのに、梗一郎と一緒にいると胸がドキドキして、変な気分になってしまうのだ。

(とくに、梗一郎さんのあの瞳がダメだ……)

 まるでチョコレートみたいに、甘くてトロトロになった焦げ茶色の瞳に見つめられると、樹は思わず、梗一郎に身体を差し出したくなる。

 ――樹は直感していた。

 おそらく、梗一郎に一度捕まれば、風切羽を切られて二度と飛べなくなるだろう、と。

 だから樹は、なるべく梗一郎と二人きりにならないように気を付けていた。

「出来るだけ自然に避けてるつもりだけど、さすがに怪しまれて――」

「ふぅん。やっぱり私のことを避けていたのだね?」

 背後から音もなく忍び寄ってきた梗一郎に驚いて、声を上げそうになった樹の口元を、手袋を着けた大きな手が塞いだ。

「しーっ、静かに」

 耳の後ろに唇を当てて、甘い声で囁かれた樹は、それだけで腰が抜けてしまいそうになった。そのことに気づいたのだろう。梗一郎は樹の口元を覆ったまま、耳の後ろにキスをした。

「ン……ッ」

 軽く触れるだけのキスだったにもかかわらず、樹の肌は快感に泡立ち、身体がビクッと跳ねて、甘い声が鼻から漏れた。

 梗一郎は、樹の反応を楽しむように耳に口づけ、耳たぶをみ、耳に息を吹きかけた。すると、あっという間に樹の息は上がって、象牙色の肌が桃色に染まっていく。

 無防備に晒されたうなじにきつく吸い付かれると、樹はたまらなくなって、快感に涙をこぼした。それに気がついた梗一郎は、慌てて樹の口元から手を離し、崩折れそうになった華奢な身体を抱きとめた。

 背中に梗一郎の熱い体温を感じながら、樹は呼吸を整えて、萎えてしまいそうな足に力を入れる。そうして、なんとか一人で立てそうになった頃に、樹の方から身体を離した。

「……梗一郎さま」

 幾分かトゲを含んだ声で名を呼ぶが、梗一郎は怯むことなく、

「なんだい?」

 と穏やかに答えた。霧が晴れてきた庭園のすみで、樹は久しぶりに、梗一郎の瞳を直視する。

「梗一郎さま。僕は今、仕事中なんです。突然現れて、こんなことをされては困ります」
 
 内心の動揺を悟られないように、樹は腹に力を入れると、梗一郎を下から睨んだ。すると梗一郎は、怯むことなく蠱惑こわく的にゆったりと微笑みを浮かべた。

「睨んでくる樹も愛らしい」

「なっ……に言って、」

「まさか樹に睨まれる日がくるとは思わなかったよ」
 
 樹は反論しようとした口を瞬時に閉じた。

(やっべ……)

 気をつけようと意気込んだ矢先に、あっさりと化けの皮が剥がれそうになって酷く焦るが、どんな顔をしたらいいか分からない。

(こういう時、早乙女さんだったらどんな反応をするんだ!?)

 頭を抱えてぐるぐると考え込んでいると、ふと影が射し、樹の目元を生暖かい舌がぺろりと舐めていった。それに驚いて固まる樹を見て、梗一郎は愉しげに目を細めた。

「朝露に濡れる早朝のバラも美しいが、ぬばたまの睫毛しょうもうに濡れる朝露の甘さも格別だね」

 もうどうしようもない。そう結論付けた樹は、熱を持ちはじめた目元を押さえながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

落ちこぼれ催眠術師は冷酷将軍の妄愛に堕とされる

のらねことすていぬ
BL
旧題:血まみれの将軍は愛を乞う <強面将軍×催眠術師> メリル・オールディスは王宮に仕える催眠術師だ。 だがわずかな魔力しか持たない彼は、治癒魔術師の″なりそこない”として王宮内で冷遇されていた。肩身の狭い思いをしながらも粛々と仕事をしていたが、ある日ワガママで有名なマリアローズ王女に呼び出される。 そこで告げられたのは「血まみれの将軍、サディアス・ハイツィルトを催眠術で虜にしてこい」とのことだった。 そんなことは無理だと混乱するメリル。だが事態は思わぬ方向へ進んで……? 頑張り屋の受けが、冷たそうに見える攻めに溺愛されるお話。 ※グロいシーンはありません ◇◇◇ 毎日更新。 第10回BL小説大賞、ファンタジーBL賞を頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます! ◇◇◇

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...