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㉔招かれざる
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執務室の前。シルティは深く深呼吸をすると、側に控えているノナリアに目配せをした。ノナリアは静かに頷いたあと、応接室の扉を叩き、シルティの代わりに扉を開いた。
「失礼いたしますわ」
泰然とした態度で足を踏み出しソファへと歩く。そしてエドガーと向かい合うと、優雅にカーテシーをした。
「お久しぶりでございます、エルヴィル小伯爵様。本日は我が邸に、どのようなご用件でお越しになられたのでしょうか」
貴族令嬢としての節度を守り視線は斜め45度下に固定する。婚約者としてではなく、客人としての対応を受けたエドガーは、シルティの態度に目を丸くしたのち傷ついた表情を浮かべた。
「……今朝早く、ウィルベリー伯爵からエルヴィル伯爵家に、婚約破棄を希望する公正証書が届いた」
「さようにございますか」
特に驚いた様子もなく淡々とした態度で頷いたシルティに、エドガーはソファから腰を上げるて詰め寄った。
「何故だ、シルティ。私たちは互いに想い合っていただろう? それなのにいきなり婚約破棄とはいったいどういうことなんだ!」
「どういうこともなにも、額面通りにございます。私は小伯爵様との婚約破棄を望み、それを父が承諾した。……ただそれだけのこと」
「だからその理由を教えてくれと言っているんだ!」
怒りと困惑がないまぜになった声を上げたエドガーの前に、シルティの後ろに控えていたノナリアが2人の間に割り込んだ。
「失礼ですが、少々落ち着いてくださいませ。エルヴィル小伯爵様。そのように大きなお声を出されますと、シルティ様が驚いてしまわれます。……シルティ様。大丈夫でございますか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ノナリア。下がっていいわ」
ノナリアはこくりと頷き、エドガーへ礼をとると、もと居た位置に戻った。その様子を黙って見ていたエドガーは、ハッと自嘲気味に笑いソファへどかりと座った。
「まるで私は悪者扱いされているようだ」
足を組み、だらしなくソファにもたれかかったエドガーに冷めた視線をおくる。
「そういうわけではございません。ですが小伯爵様と私は婚約破棄をする予定にありますので、あまり暴力的な態度を取られますとお引き取りいただくことになりますわ」
そう言って手を2度たたくと、室内に武装した警備兵が乗り込んできた。彼らは腰に剣を履いており、なにかあればすぐにでも剣を抜けるよう臨戦態勢をとっていた。
エドガーは警備兵を一瞥し、疲れが滲む表情で小さくため息を吐くと、降参だとでもいうように両手をあげた。
「……どうやら君には、私が犯罪者に見えるらしい」
その言葉に、今日はじめて強い反応を示したシルティは、親の敵のように鋭い視線を向けた。
「事実そうではありませんか」
「なに?」
エドガーが片眉を跳ね上げた。
「私がなにも知らないとでも? あなた様がセディに行った行為は……っ、犯罪です……!」
そう言い放つと、シルティの目尻から、涙がつぅと一筋流れた。
「君まで私を強姦魔扱いするのか……? 私はそのようなことをした覚えはない!」
ハッキリと言い切られ、シルティの涙腺が崩壊した。両目からポロポロと涙がこぼれて口もとは皮肉げに歪んだ。
「……本気でおっしゃっているのですか」
「ああ、そうだ。私は、」
「見ました」
「……え?」
「最後のお茶会の日、あなたがセディに手を出している場面を見ました!」
涙を流しながらも、キッと鋭く睨みつけてくるシルティの姿に、一瞬、なにを言われたのか理解ができずに硬直した。
しかしすぐに我に返ったエドガーは、片手で顔の半分を覆うと、ハハハハッと狂ったように笑い出した。
その狂気じみた危うい雰囲気に、シルティは思わず後ずさり、彼女を守るようにノナリアが前に躍り出た。
ひとしきり笑ったあと、エドガーは荒んだ目でシルティを見た。そのときはじめて彼の目もとに濃い隈が浮かんでいることに気がついた。
シルティは困惑し、さらに疑問を覚えた。
犯罪を犯した人間が何度も無実を訴えて邸を訪問し、人格が変わるまで疲れ果て、あのような酷い隈をつくるほど睡眠不足に陥るだろうか?
それに比べ、被害にあったはずのセドリックはあまりにも立ち直りが早いような……。
そこまで考えたところで、『僕を疑うのですか?』と悲しげな声が聞こえた気がして、シルティは雑念を払うように頭を振った。
「……エルヴィル小伯爵様。私は本当に見たのです。あの日、あのお茶会の日に、あなた様がセディを辱めるところを……。私の言葉が信じられないとおっしゃるならば、私が見た全てのことをお話いたします。きっと、私にとっても、あなた様にとっても、聞くに耐え難い内容だと思います。それでもお聞きになりますか?」
「……ああ。真実が知りたい」
エドガーの瞳の奥に嘘偽りがないと確認したシルティは、すこし躊躇ったのち、ドレスの裾を摘んで優雅に一礼をした。
「かしこまりました……」
そうしてノナリアにお茶の用意を申し付けると、エドガーの向かいの席に座り、2人の前にティーカップが置かれるのを黙って待った。それからノナリアだけを側に残して、残りの者を下がらせ、癒えはじめた傷を抉るような気持ちで、当日の話を語って聞かせた。
「失礼いたしますわ」
泰然とした態度で足を踏み出しソファへと歩く。そしてエドガーと向かい合うと、優雅にカーテシーをした。
「お久しぶりでございます、エルヴィル小伯爵様。本日は我が邸に、どのようなご用件でお越しになられたのでしょうか」
貴族令嬢としての節度を守り視線は斜め45度下に固定する。婚約者としてではなく、客人としての対応を受けたエドガーは、シルティの態度に目を丸くしたのち傷ついた表情を浮かべた。
「……今朝早く、ウィルベリー伯爵からエルヴィル伯爵家に、婚約破棄を希望する公正証書が届いた」
「さようにございますか」
特に驚いた様子もなく淡々とした態度で頷いたシルティに、エドガーはソファから腰を上げるて詰め寄った。
「何故だ、シルティ。私たちは互いに想い合っていただろう? それなのにいきなり婚約破棄とはいったいどういうことなんだ!」
「どういうこともなにも、額面通りにございます。私は小伯爵様との婚約破棄を望み、それを父が承諾した。……ただそれだけのこと」
「だからその理由を教えてくれと言っているんだ!」
怒りと困惑がないまぜになった声を上げたエドガーの前に、シルティの後ろに控えていたノナリアが2人の間に割り込んだ。
「失礼ですが、少々落ち着いてくださいませ。エルヴィル小伯爵様。そのように大きなお声を出されますと、シルティ様が驚いてしまわれます。……シルティ様。大丈夫でございますか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ノナリア。下がっていいわ」
ノナリアはこくりと頷き、エドガーへ礼をとると、もと居た位置に戻った。その様子を黙って見ていたエドガーは、ハッと自嘲気味に笑いソファへどかりと座った。
「まるで私は悪者扱いされているようだ」
足を組み、だらしなくソファにもたれかかったエドガーに冷めた視線をおくる。
「そういうわけではございません。ですが小伯爵様と私は婚約破棄をする予定にありますので、あまり暴力的な態度を取られますとお引き取りいただくことになりますわ」
そう言って手を2度たたくと、室内に武装した警備兵が乗り込んできた。彼らは腰に剣を履いており、なにかあればすぐにでも剣を抜けるよう臨戦態勢をとっていた。
エドガーは警備兵を一瞥し、疲れが滲む表情で小さくため息を吐くと、降参だとでもいうように両手をあげた。
「……どうやら君には、私が犯罪者に見えるらしい」
その言葉に、今日はじめて強い反応を示したシルティは、親の敵のように鋭い視線を向けた。
「事実そうではありませんか」
「なに?」
エドガーが片眉を跳ね上げた。
「私がなにも知らないとでも? あなた様がセディに行った行為は……っ、犯罪です……!」
そう言い放つと、シルティの目尻から、涙がつぅと一筋流れた。
「君まで私を強姦魔扱いするのか……? 私はそのようなことをした覚えはない!」
ハッキリと言い切られ、シルティの涙腺が崩壊した。両目からポロポロと涙がこぼれて口もとは皮肉げに歪んだ。
「……本気でおっしゃっているのですか」
「ああ、そうだ。私は、」
「見ました」
「……え?」
「最後のお茶会の日、あなたがセディに手を出している場面を見ました!」
涙を流しながらも、キッと鋭く睨みつけてくるシルティの姿に、一瞬、なにを言われたのか理解ができずに硬直した。
しかしすぐに我に返ったエドガーは、片手で顔の半分を覆うと、ハハハハッと狂ったように笑い出した。
その狂気じみた危うい雰囲気に、シルティは思わず後ずさり、彼女を守るようにノナリアが前に躍り出た。
ひとしきり笑ったあと、エドガーは荒んだ目でシルティを見た。そのときはじめて彼の目もとに濃い隈が浮かんでいることに気がついた。
シルティは困惑し、さらに疑問を覚えた。
犯罪を犯した人間が何度も無実を訴えて邸を訪問し、人格が変わるまで疲れ果て、あのような酷い隈をつくるほど睡眠不足に陥るだろうか?
それに比べ、被害にあったはずのセドリックはあまりにも立ち直りが早いような……。
そこまで考えたところで、『僕を疑うのですか?』と悲しげな声が聞こえた気がして、シルティは雑念を払うように頭を振った。
「……エルヴィル小伯爵様。私は本当に見たのです。あの日、あのお茶会の日に、あなた様がセディを辱めるところを……。私の言葉が信じられないとおっしゃるならば、私が見た全てのことをお話いたします。きっと、私にとっても、あなた様にとっても、聞くに耐え難い内容だと思います。それでもお聞きになりますか?」
「……ああ。真実が知りたい」
エドガーの瞳の奥に嘘偽りがないと確認したシルティは、すこし躊躇ったのち、ドレスの裾を摘んで優雅に一礼をした。
「かしこまりました……」
そうしてノナリアにお茶の用意を申し付けると、エドガーの向かいの席に座り、2人の前にティーカップが置かれるのを黙って待った。それからノナリアだけを側に残して、残りの者を下がらせ、癒えはじめた傷を抉るような気持ちで、当日の話を語って聞かせた。
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