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⑮対峙
しおりを挟むエドガーは、本日2度目のウィルベリー邸の玄関前で執事と揉めていた。
「頼む、通してくれ!」
「小伯爵様。何度訪ねて来られようと同じでございます。お嬢様にお会いすることはもちろん、邸宅の中へお通しすることも禁ずるとのご下命を拝しております」
「私はウィルベリー小伯爵に面会したく参ったのだ!」
「ですから、邸宅の中へお通しすることは出来ませんと、」
「エルヴィル小伯爵」
執事の言葉を遮ったセドリックは、開いた扉に寄り掛かるようにして、執事とエドガーの攻防を眺めていた。
「セドリック……」
エドガーは、通行を邪魔する警備兵の腕から逃れると、長年の敵と相見えるかのような憎々しげな形相でセドリックを睨付けた。
しかしセドリックは、その視線を物ともせず、口元に笑みを浮かべて見せたあと、寄りかかっていた扉から離れ、エドガーのもとへ歩を進めた。そうしてお互いの距離が歩幅5歩分の位置まで来ると、セドリックは、演技がかった動作で礼の姿勢をとってみせた。
「エルヴィル小伯爵。本日2度目のご来訪、心より歓迎いたします」
セドリックの対応に驚いた様子の執事が、「お坊ちゃま……!」と声を上げると、セドリックは右手を挙げて静止した。
「……アンダーソン。あとは僕が対応する。お前は仕事に戻るといい」
「お坊ちゃま、ですが……!」
「聞こえなかったか? 僕は仕事に戻れと命令したのだ。……なに、心配せずとも邸の中に立ち入らせはしない。お客と庭園を散歩するくらいは許されるだろう。な、アンダーソン?」
アンダーソンは渋い表情を浮かべるも、これ以上騒ぎを大きくするべきではないと判断したのか、「かしこまりました」と頭を下げて、警備兵とともに邸内へと下がっていった。
そうして玄関扉が閉まると、セドリックはエドガーの近くへと歩を進めた。
「……では、参りましょうか?」
「……どこに?」
セドリックは警戒心をあらわにするエドガーを一瞥し、蠱惑的な笑みを浮かべた。
*****
セドリックが話し合いの場として指定したのは、エドガーが乗ってきた馬車の中だった。御者を下がらせて車内へ乗り込む。中々どうして良いアイデアだと思った。
「……それで?」
座席に座るなり本題に入ろうとするセドリックの居丈高な態度に、いつもの礼儀正しい姿は表向きのものだったのかと妙に納得したエドガーは、こちらも取り繕う必要はないと高圧的な態度を取った。
「それで? と聞きたいのはこちらの方だ。……お前、私に何をした?」
「なにをしたとは?」
「とぼけるな! 今回の件、お前が何か仕組んだんじゃないのか!」
人を食ったような言い方をするセドリックに、思わず怒りをあらわにする。するとセドリックは、冷めた視線をエドガーに向けた。
「言いがかりはやめてくださいませんか。僕が何をしたっていうんです? まさか、僕のせいでシルティに無礼な態度を取った、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「それは……っ! ……何度も言ってきたが、私はシルティを心から愛している! 彼女に好かれようと努力することははあっても、彼女に嫌われ、拒絶されるような……、シルの真心を無下にする態度を取った覚えはない!」
これは嘘ではない。ウィルベリー邸の誰もが口を揃えてセドリックと同じことを言うが、愛する女性に無礼な態度をとり、あまつさえ、使用人のように扱ったなどと、そんなことはしたこともした覚えもなかった。
しかしエドガーの推測通りなら、皆が言うように、シルティに冷たく接した時。そして、今回のように記憶があいまいな時。エドガーのそばには、必ず、セドリックの姿があったのは偶然ではないと思っている。だが問題は……。
「証拠がありませんよね?」
こちらの思考を先回りして読み取ったかのようなセドリックの台詞に片眉を跳ね上げる。
「……なに?」
「あなたの言葉を否定しても、結局は食って掛かってくるでしょう? そんなのは時間の無駄だし、はっきり言って面倒くさい。……だからかまいませんよ、僕がなにかしたということにしても。でも、証拠はありませんよね? それとも、なにか根拠がおありですか?」
「……証拠はない。だが、根拠はある」
「その根拠とは?」
「……お前、シルティを愛しているだろう。義姉ではなく、ひとりの女として」
「……」
表情は変わらないが、空色の瞳が揺れたのを確認して、やはりな、と思った。シルティはこの目の前の男を、純粋培養された無垢で素直な人間だと思っているふしがある。だが、それは大きな間違いだ。セドリックがどのような経緯で伯爵家の養子になったのかは知らない。しかし、目の前に座るたかだか14の少年が、5つも離れた貴族の嫡男を威圧する空気を纏えるはずがない。
(図星か……)
さて、ここからどうする……? そう考えていた時だった。
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