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参
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「国王陛下のおなーりー!」
室内に響き渡る御前太監の声に、蘭花は思考の海から抜け出した。
慶虎と共に、床に両膝をついて上体を倒す。
「「国王陛下に拝謁いたします」」
空気が揺れて、国王が椅子に座った気配が伝わった。
「面を上げよ」
張りのある重厚な声に、蘭花の身体が緊張に震えた。顔を伏せたまま、慶虎と目配せする。二人は同時に、
「「感謝いたします」」
と言って、顔を上げて立ち上がった。
「慶虎よ。この度の采配、ご苦労であった」
慶虎は、両手の指を胸の前で組み、上半身を少し曲げた。――これを、『拱手』と言う。
「滅相もない。私はただ、金国の嫡出の王子として、自分の責務を全うしただけでございます」
国王は豪快に笑うと、
「謙遜するでない。相変わらずおぬしは、遠慮深い性格であるな。好感が持てるぞ」
と言った。慶虎は拱手の姿勢を保ったまま、顔を上げてにこりと微笑み、再び頭を下げた。
「身に余るお言葉。陛下のご恩情に感謝します」
「うむ。楽にせよ。――して、蘭花よ。此度の凶事、辛かったであろう」
蘭花は伏せていた金色の瞳を国王に向ける。
「はい、陛下。母は私にとって、己の命と同じくらい大切な存在でした。心の弱い未熟な私は泣いてばかりおりましたが、ニ兄上に励まされ、なんとか母の葬儀を終えることができました」
そう言って、蘭花はふわりと母――沈氏を真似た微笑みを浮かべた。それを見た国王の纏う空気が、寂寞としたものに変わったことに、蘭花は内心でほくそ笑む。
言葉を詰まらせる国王に向かって、
「陛下……? どうなさいましたか?」
と、母のように甘やかな声をかける。
国王の目尻に光るものを見つけた蘭花は、追い打ちをかけるように、白梅香の匂いを染み込ませた手巾を取り出した。
「陛下。差し出がましいとは存じますが、よろしければ手巾をお使いくださいませ」
言って、蘭花は近づいてきた御前太監に、母の刺繍が施された手巾を手渡した。それを持った御前太監は、国王の元へ戻っていく。
御前太監から手巾を受け取った国王の両目には、愛惜の念が宿っていた。
「……これは、瑞香が施した刺繍か?」
「はい。生前、母が作ったものでございます」
「やはりそうか。……瑞香は、刺繍の名手であった。季節が変わるごとに、朕の衣を仕立ててくれてな」
「……存じております。母はいつも、陛下の身を案じておりましたゆえ」
国王は両目を閉じて大きく息を吸うと、
「――蘭花よ。お前の母の実家は没落して長い。母が身罷った今、お前は王太女という地位にありながら、何の後ろ盾もない危うい立場にある。……そこで提案なのだが、お前を王妃の養女にする、というのはどうであろう?」
「私が、王妃殿下の養女に……でございますか……?」
蘭花は、計画通りに事が運んでいることに安堵しながら、無垢を装って首を傾けた。
「蘭花。お前は今年十三になったばかり。まだ幼いゆえ、理解できぬことも多かろう。……ここ後宮では、日々絶えず、醜い諍いが起きている。幼く無垢なお前を使って、良からぬことを企む者がないとは限らぬ」
「……王妃殿下の庇護下に入れば、そのような恐ろしいことから守っていただけるのですか?」
「もちろんだとも」と、国王は頷いた。
「瑞香と王妃は、実の姉妹のように仲が良かった。王妃の養女になれば、未だにお前のことを『ニセモノ公主』と愚弄する愚か者共も、口を閉じるであろう。……どうだ? この話を受ける気はあるか?」
蘭花は天真爛漫だった沈氏を意識して、国王の庇護欲を掻き立てるように、ぱあっと花笑んだ。
「陛下のご恩情に感謝いたします!」
そう言って、蘭花は床に両膝をつき、上体を倒したのだった。
室内に響き渡る御前太監の声に、蘭花は思考の海から抜け出した。
慶虎と共に、床に両膝をついて上体を倒す。
「「国王陛下に拝謁いたします」」
空気が揺れて、国王が椅子に座った気配が伝わった。
「面を上げよ」
張りのある重厚な声に、蘭花の身体が緊張に震えた。顔を伏せたまま、慶虎と目配せする。二人は同時に、
「「感謝いたします」」
と言って、顔を上げて立ち上がった。
「慶虎よ。この度の采配、ご苦労であった」
慶虎は、両手の指を胸の前で組み、上半身を少し曲げた。――これを、『拱手』と言う。
「滅相もない。私はただ、金国の嫡出の王子として、自分の責務を全うしただけでございます」
国王は豪快に笑うと、
「謙遜するでない。相変わらずおぬしは、遠慮深い性格であるな。好感が持てるぞ」
と言った。慶虎は拱手の姿勢を保ったまま、顔を上げてにこりと微笑み、再び頭を下げた。
「身に余るお言葉。陛下のご恩情に感謝します」
「うむ。楽にせよ。――して、蘭花よ。此度の凶事、辛かったであろう」
蘭花は伏せていた金色の瞳を国王に向ける。
「はい、陛下。母は私にとって、己の命と同じくらい大切な存在でした。心の弱い未熟な私は泣いてばかりおりましたが、ニ兄上に励まされ、なんとか母の葬儀を終えることができました」
そう言って、蘭花はふわりと母――沈氏を真似た微笑みを浮かべた。それを見た国王の纏う空気が、寂寞としたものに変わったことに、蘭花は内心でほくそ笑む。
言葉を詰まらせる国王に向かって、
「陛下……? どうなさいましたか?」
と、母のように甘やかな声をかける。
国王の目尻に光るものを見つけた蘭花は、追い打ちをかけるように、白梅香の匂いを染み込ませた手巾を取り出した。
「陛下。差し出がましいとは存じますが、よろしければ手巾をお使いくださいませ」
言って、蘭花は近づいてきた御前太監に、母の刺繍が施された手巾を手渡した。それを持った御前太監は、国王の元へ戻っていく。
御前太監から手巾を受け取った国王の両目には、愛惜の念が宿っていた。
「……これは、瑞香が施した刺繍か?」
「はい。生前、母が作ったものでございます」
「やはりそうか。……瑞香は、刺繍の名手であった。季節が変わるごとに、朕の衣を仕立ててくれてな」
「……存じております。母はいつも、陛下の身を案じておりましたゆえ」
国王は両目を閉じて大きく息を吸うと、
「――蘭花よ。お前の母の実家は没落して長い。母が身罷った今、お前は王太女という地位にありながら、何の後ろ盾もない危うい立場にある。……そこで提案なのだが、お前を王妃の養女にする、というのはどうであろう?」
「私が、王妃殿下の養女に……でございますか……?」
蘭花は、計画通りに事が運んでいることに安堵しながら、無垢を装って首を傾けた。
「蘭花。お前は今年十三になったばかり。まだ幼いゆえ、理解できぬことも多かろう。……ここ後宮では、日々絶えず、醜い諍いが起きている。幼く無垢なお前を使って、良からぬことを企む者がないとは限らぬ」
「……王妃殿下の庇護下に入れば、そのような恐ろしいことから守っていただけるのですか?」
「もちろんだとも」と、国王は頷いた。
「瑞香と王妃は、実の姉妹のように仲が良かった。王妃の養女になれば、未だにお前のことを『ニセモノ公主』と愚弄する愚か者共も、口を閉じるであろう。……どうだ? この話を受ける気はあるか?」
蘭花は天真爛漫だった沈氏を意識して、国王の庇護欲を掻き立てるように、ぱあっと花笑んだ。
「陛下のご恩情に感謝いたします!」
そう言って、蘭花は床に両膝をつき、上体を倒したのだった。
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