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参
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「あーっ! 軒虎ちゃん、みーつけた!」
軒虎を指差して楽しげに笑う、錫色の髪と梔子色の瞳を持つ少女――白蘭玲は、海棠色の生地に銀の糸で精緻な刺繍を施した外套を躍らせながら、軒虎のもとへ駆け寄ってくる。
待ち人は来ないのに、余計な蘭玲が来たことで、軒虎の機嫌は急降下した。軒虎はあからさまに顔をしかめると、チッと舌打ちする。
軒虎は踵を軸にして、くるりと方向転換をしたが、周到に回り込んできた蘭玲に道を塞がれてしまう。軒虎が右足を踏み出せば、蘭玲は身体を左に傾けて邪魔をする。その逆もしかり。
軒虎と同じく齢15の乙女だというのに、この蘭玲という女は、事あるごとに幼稚なことをしてみせるのだ。
軒虎は、ピンと立つ白虎の耳を意識して――多分、おそらく――結い上げられた蘭玲の頭部を見下ろした。――蘭玲の身長は、軒虎の頭一つ分だけ低い。
「……なんの用だ」
軒虎は無感情に問いかけた。――別に興味はないが、聞かなければ道を譲ろうとしないだろう。
蘭玲は両腰に手を当てて、下からずいっと慶虎の顔を覗き込んできた。互いの鼻が触れそうになり、慶虎は一歩後ずさる。蘭玲は、フフッと機嫌よく笑った。
「なぁーに? 用がなくっちゃ、軒虎ちゃんに会いに来ちゃあいけないの?」
餌が欲しくて甘えてくる野良猫のような、鼻にかかった甘ったるい声に、軒虎の耳は腐り落ちそうになる。
軒虎は右耳に人差し指を突っ込むと、チッと舌打ちをした。
「用があっても会いに来るな」
目も合わせたくなくて、軒虎は明後日の方向を見遣る。すると蘭玲は、ぽってりとした唇を尖らせて、
「ひどぉーい! 将来の妻に向かってしつれーよっ」
と言った。
――戯言を。
軒虎はハッと冷笑する。
「冗談じゃない。寝言は寝て言え」
「冗談じゃないもん! あたしは本気よっ」と、蘭玲はふてくされた顔をする。それから、フンと鼻をならして軒虎から離れ、両腕を組んだ。
「そもそも、あんたみたいなニセモノ王子。あたし以外の誰が相手するっていうの?」
自分以外にいるはずがない、と決めつけてくる蘭玲を尻目に掛けて、軒虎は小蘭の花のような笑顔を思い浮かべた。――無意識に笑みがこぼれていたのだろう。
蘭玲は目をパチクリさせて、
「あの軒虎ちゃんが……笑ってる……」
と、呆然と呟いた。それを耳にした軒虎は、思いっきり眉間にシワを寄せた。
「あのな。俺だって笑うことくらいある」
「ふぅーん」
軒虎を指差して楽しげに笑う、錫色の髪と梔子色の瞳を持つ少女――白蘭玲は、海棠色の生地に銀の糸で精緻な刺繍を施した外套を躍らせながら、軒虎のもとへ駆け寄ってくる。
待ち人は来ないのに、余計な蘭玲が来たことで、軒虎の機嫌は急降下した。軒虎はあからさまに顔をしかめると、チッと舌打ちする。
軒虎は踵を軸にして、くるりと方向転換をしたが、周到に回り込んできた蘭玲に道を塞がれてしまう。軒虎が右足を踏み出せば、蘭玲は身体を左に傾けて邪魔をする。その逆もしかり。
軒虎と同じく齢15の乙女だというのに、この蘭玲という女は、事あるごとに幼稚なことをしてみせるのだ。
軒虎は、ピンと立つ白虎の耳を意識して――多分、おそらく――結い上げられた蘭玲の頭部を見下ろした。――蘭玲の身長は、軒虎の頭一つ分だけ低い。
「……なんの用だ」
軒虎は無感情に問いかけた。――別に興味はないが、聞かなければ道を譲ろうとしないだろう。
蘭玲は両腰に手を当てて、下からずいっと慶虎の顔を覗き込んできた。互いの鼻が触れそうになり、慶虎は一歩後ずさる。蘭玲は、フフッと機嫌よく笑った。
「なぁーに? 用がなくっちゃ、軒虎ちゃんに会いに来ちゃあいけないの?」
餌が欲しくて甘えてくる野良猫のような、鼻にかかった甘ったるい声に、軒虎の耳は腐り落ちそうになる。
軒虎は右耳に人差し指を突っ込むと、チッと舌打ちをした。
「用があっても会いに来るな」
目も合わせたくなくて、軒虎は明後日の方向を見遣る。すると蘭玲は、ぽってりとした唇を尖らせて、
「ひどぉーい! 将来の妻に向かってしつれーよっ」
と言った。
――戯言を。
軒虎はハッと冷笑する。
「冗談じゃない。寝言は寝て言え」
「冗談じゃないもん! あたしは本気よっ」と、蘭玲はふてくされた顔をする。それから、フンと鼻をならして軒虎から離れ、両腕を組んだ。
「そもそも、あんたみたいなニセモノ王子。あたし以外の誰が相手するっていうの?」
自分以外にいるはずがない、と決めつけてくる蘭玲を尻目に掛けて、軒虎は小蘭の花のような笑顔を思い浮かべた。――無意識に笑みがこぼれていたのだろう。
蘭玲は目をパチクリさせて、
「あの軒虎ちゃんが……笑ってる……」
と、呆然と呟いた。それを耳にした軒虎は、思いっきり眉間にシワを寄せた。
「あのな。俺だって笑うことくらいある」
「ふぅーん」
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