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弐
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「それじゃあ、行ってくるわね」
「はい。お気をつけて、お母様」
美しく着飾った沈氏を見送ると、蘭花はくるりと身を翻し、その辺に置いたままだった書を書棚に戻した。
沈氏を見送ったことで気が抜けた蘭花は、ふわぁと大きなあくびをした。
「……二度寝でもしようかしら」
雪が降り出した深夜。辛い記憶が蘇り、体調が悪くなった蘭花は寝不足気味である。
しかし、あの記憶を共有したのは明杰と明全だけなので、沈氏や小菊らに頼ることはできない。
蘭花は青白い顔色を隠すために、普段は使わない白粉をはたいている。目元の隈は完全に隠し切ることが出来なかったが、夜更かしをするのは常のことだったおかげで、誰にも不調を見破られることはなかった。
……初雪の日は、どうしてもあの惨劇の光景を思い出してしまう。
蘭花は、明紙を硝子に貼った窓越しに、しんしんと降り積もる雪を眺めた。深夜から振り始めた雪は、すでに足首のあたりまで降り積もっていた。
「……まだまだ止みそうにないわね」
そう呟いたとき、庭先から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
何事かと思って様子を見に行こうとした蘭花の目の前に、頭や肩に雪を積もらせた、小梅と阿明が現れた。
「蘭花様」
「蘭花お姉様っ」
二人は頬と鼻先を赤く染めて、真っ白な息を吐きながら、パアッと笑顔を浮かべた。
「もう! ふたり共! どこに行ったのかと心配していたら、雪まみれじゃないの! このままでは風邪を引いてしまうわよ?」
蘭花は腰に手を当てると、困った顔をしてため息を吐いた。すると、幼子のように天真爛漫な小梅――蘭花より二歳も年上のくせに――は、悪びれる様子もなく微笑んだ。
「えへへ……内務府に行った帰りに御華園に寄り道をしたら、紅梅がたくさん咲いていたので、つい……」
「ほら見てください、蘭花お姉様! お姉様のお好きな紅梅を、こんなにたくさん取ってきたんですよ!」
そう言って、阿明は腕いっぱいに抱えた紅梅を、蘭花の目の前に差し出した。――途端、沈氏が斬り伏せられた場面が蘇る。
「まあ! こんなにたくさん! とても綺麗ね。ありがとう、小梅、阿明。とっても嬉しいわ!」
あの日と同じ、雪と紅梅のに香りに、胃液が逆流する。蘭花は微笑みを浮かべながら、込み上げる吐き気を我慢した。
事情を知らない阿明と小梅は楽しげに笑いながら、紅梅を生ける花瓶を探しに行った。
「はい。お気をつけて、お母様」
美しく着飾った沈氏を見送ると、蘭花はくるりと身を翻し、その辺に置いたままだった書を書棚に戻した。
沈氏を見送ったことで気が抜けた蘭花は、ふわぁと大きなあくびをした。
「……二度寝でもしようかしら」
雪が降り出した深夜。辛い記憶が蘇り、体調が悪くなった蘭花は寝不足気味である。
しかし、あの記憶を共有したのは明杰と明全だけなので、沈氏や小菊らに頼ることはできない。
蘭花は青白い顔色を隠すために、普段は使わない白粉をはたいている。目元の隈は完全に隠し切ることが出来なかったが、夜更かしをするのは常のことだったおかげで、誰にも不調を見破られることはなかった。
……初雪の日は、どうしてもあの惨劇の光景を思い出してしまう。
蘭花は、明紙を硝子に貼った窓越しに、しんしんと降り積もる雪を眺めた。深夜から振り始めた雪は、すでに足首のあたりまで降り積もっていた。
「……まだまだ止みそうにないわね」
そう呟いたとき、庭先から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
何事かと思って様子を見に行こうとした蘭花の目の前に、頭や肩に雪を積もらせた、小梅と阿明が現れた。
「蘭花様」
「蘭花お姉様っ」
二人は頬と鼻先を赤く染めて、真っ白な息を吐きながら、パアッと笑顔を浮かべた。
「もう! ふたり共! どこに行ったのかと心配していたら、雪まみれじゃないの! このままでは風邪を引いてしまうわよ?」
蘭花は腰に手を当てると、困った顔をしてため息を吐いた。すると、幼子のように天真爛漫な小梅――蘭花より二歳も年上のくせに――は、悪びれる様子もなく微笑んだ。
「えへへ……内務府に行った帰りに御華園に寄り道をしたら、紅梅がたくさん咲いていたので、つい……」
「ほら見てください、蘭花お姉様! お姉様のお好きな紅梅を、こんなにたくさん取ってきたんですよ!」
そう言って、阿明は腕いっぱいに抱えた紅梅を、蘭花の目の前に差し出した。――途端、沈氏が斬り伏せられた場面が蘇る。
「まあ! こんなにたくさん! とても綺麗ね。ありがとう、小梅、阿明。とっても嬉しいわ!」
あの日と同じ、雪と紅梅のに香りに、胃液が逆流する。蘭花は微笑みを浮かべながら、込み上げる吐き気を我慢した。
事情を知らない阿明と小梅は楽しげに笑いながら、紅梅を生ける花瓶を探しに行った。
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