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参
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室内に沈黙が落ちる。
(やっぱりお兄様も、私との婚姻なんて嫌よね)
蘭花はハァとため息を吐いた。
――蘭花と慶虎は、腹違いの兄妹だ。
歳は六つも離れているが、偉王妃と沈氏の仲が良かったこともあり、蘭花が生まれたときから交流があった。
まるで同腹の兄妹のような二人だが、よくある話、慶虎の初恋の相手は蘭花だった。
二人が幼い頃。蘭花に首っ丈だった慶虎が、
『ぼく。大きくなったら小蘭とけっこんする!』
と言ったことがあった。
しかし蘭花は、明杰のことが好きだったので、
『らんふぁは、おにいさまと、けっこんしたくないぃぃぃ~~!』
と泣き喚いてしまった。それで怒った小菊が、慶虎を追いかけ回した挙句、箒で尻を叩きまくるという事件が起きた。そのときから慶虎は、小菊のことを苦手としているのだ。
蘭花は乳菓子をかじりながら、くすくすと思い出し笑いをした。
「……なぁーに、笑ってるんだ、よっ」
「きゃっ」
慶虎に額をツンッと押された蘭花は、額をさすりながら、ぷくっと頬を膨らませた。その姿をニヤニヤと眺める慶虎の口に、食べかけの乳菓子を突っ込んでやる。
「別に? ただ、昔のことを思い出して懐かしんでいただけよ」
慶虎は乳菓子を咀嚼しながら「ふーん」と興味なさげに言うと、いつの間に飲み干したのか、空になった茶杯を手に取った。それを見た蘭花は茶壷を取ろうとしたが、慶虎に横取りされてしまう。
「……お茶くらい注いであげるのに」
唇を尖らせた蘭花に、慶虎はわざとらしく手を振った。
「いやいや。天下の王太女様に、給仕の真似事などさせられませんよ」
蘭花はプッと吹き出すと、空になった自分の茶杯を、ずいっと前に差し出した。
「それじゃあ、遠慮なく。ああ! 高貴な第二王子殿下が御自ら給仕してくださるなんて! とぉ~っても光栄でございますわ~!」
「お前ねぇ……あんまり調子に乗るなよ?」
そう文句をいいながらも、蘭花の茶杯にお茶を注いでくれる。
蘭花はふふっと微笑んだ。
気心が知れていて居心地がいい。
これだから蘭花は、慶虎のことが好きなのだ。――もちろん、敬愛する兄として。
蘭花は慶虎に礼を述べて、茶杯の飲み口に口をつけた。それに続いて、慶虎もお茶をあおる。
「うえっ! 甘ぁ~~。……蘭花、お前。まだ乳茶なんか飲んでるのか?」
口直しに、甘くない点心をつまんだ慶虎を見て、蘭花はふんっと鼻を鳴らした。
「嫌なら飲まなきゃいいじゃない。それに、私が好きなのは、栗と乳酪の点心と茉莉花茶よ! このお茶や点心は、お義母様が私のためにって用意してくださったものなの! 文句を言うなら、お義母様に言ってちょうだい。……まったく。お義母様もお義母様だわね。お兄様との婚姻を勧めるわりに、私のことを『幼い小蘭』だと思ってらっしゃるんだもの」
鼻息を荒くする蘭花を黙って眺めていた慶虎は、ふわぁと欠伸をひとつして、あぐらの上に肘をついた。
「――で? 蘭花は僕と婚姻する気があるのか?」
「あるわけないでしょう!」
迷うことなく即答した蘭花に、慶虎は苦笑を浮かべる。
「そうだよなぁー。なんてったって、僕と蘭花じゃねえ? 夜伽も難しいだろうなぁ……」
「ちょっと、お兄様! 変な想像するのは止めてくださる!? ほら見てくださいませ、この腕を! 鳥肌が立ってしまいましたわっ」
よく見てみろと、自分の腕を慶虎の顔に押し付けてくる蘭花に、慶虎はめまいを覚えた。
「蘭花……頼むから、こういうことは、僕以外の前ではしないでくれよ?」
蘭花は腰に手を当てると、胸を張って得意げに言った。
「なにをおっしゃってるの。相手がお兄様だからこそ、私ははしたないことも平気でできるのよ?」
意気揚々と、『あなたのことは男として見ていません』と宣言した蘭花を見て、慶虎は複雑な気持ちを抱いた。
「……僕は今でも、蘭花と婚姻してもいいと思ってるんだけどなぁ」
囁くように言った言葉は、蘭花の耳に届かない。
(やっぱりお兄様も、私との婚姻なんて嫌よね)
蘭花はハァとため息を吐いた。
――蘭花と慶虎は、腹違いの兄妹だ。
歳は六つも離れているが、偉王妃と沈氏の仲が良かったこともあり、蘭花が生まれたときから交流があった。
まるで同腹の兄妹のような二人だが、よくある話、慶虎の初恋の相手は蘭花だった。
二人が幼い頃。蘭花に首っ丈だった慶虎が、
『ぼく。大きくなったら小蘭とけっこんする!』
と言ったことがあった。
しかし蘭花は、明杰のことが好きだったので、
『らんふぁは、おにいさまと、けっこんしたくないぃぃぃ~~!』
と泣き喚いてしまった。それで怒った小菊が、慶虎を追いかけ回した挙句、箒で尻を叩きまくるという事件が起きた。そのときから慶虎は、小菊のことを苦手としているのだ。
蘭花は乳菓子をかじりながら、くすくすと思い出し笑いをした。
「……なぁーに、笑ってるんだ、よっ」
「きゃっ」
慶虎に額をツンッと押された蘭花は、額をさすりながら、ぷくっと頬を膨らませた。その姿をニヤニヤと眺める慶虎の口に、食べかけの乳菓子を突っ込んでやる。
「別に? ただ、昔のことを思い出して懐かしんでいただけよ」
慶虎は乳菓子を咀嚼しながら「ふーん」と興味なさげに言うと、いつの間に飲み干したのか、空になった茶杯を手に取った。それを見た蘭花は茶壷を取ろうとしたが、慶虎に横取りされてしまう。
「……お茶くらい注いであげるのに」
唇を尖らせた蘭花に、慶虎はわざとらしく手を振った。
「いやいや。天下の王太女様に、給仕の真似事などさせられませんよ」
蘭花はプッと吹き出すと、空になった自分の茶杯を、ずいっと前に差し出した。
「それじゃあ、遠慮なく。ああ! 高貴な第二王子殿下が御自ら給仕してくださるなんて! とぉ~っても光栄でございますわ~!」
「お前ねぇ……あんまり調子に乗るなよ?」
そう文句をいいながらも、蘭花の茶杯にお茶を注いでくれる。
蘭花はふふっと微笑んだ。
気心が知れていて居心地がいい。
これだから蘭花は、慶虎のことが好きなのだ。――もちろん、敬愛する兄として。
蘭花は慶虎に礼を述べて、茶杯の飲み口に口をつけた。それに続いて、慶虎もお茶をあおる。
「うえっ! 甘ぁ~~。……蘭花、お前。まだ乳茶なんか飲んでるのか?」
口直しに、甘くない点心をつまんだ慶虎を見て、蘭花はふんっと鼻を鳴らした。
「嫌なら飲まなきゃいいじゃない。それに、私が好きなのは、栗と乳酪の点心と茉莉花茶よ! このお茶や点心は、お義母様が私のためにって用意してくださったものなの! 文句を言うなら、お義母様に言ってちょうだい。……まったく。お義母様もお義母様だわね。お兄様との婚姻を勧めるわりに、私のことを『幼い小蘭』だと思ってらっしゃるんだもの」
鼻息を荒くする蘭花を黙って眺めていた慶虎は、ふわぁと欠伸をひとつして、あぐらの上に肘をついた。
「――で? 蘭花は僕と婚姻する気があるのか?」
「あるわけないでしょう!」
迷うことなく即答した蘭花に、慶虎は苦笑を浮かべる。
「そうだよなぁー。なんてったって、僕と蘭花じゃねえ? 夜伽も難しいだろうなぁ……」
「ちょっと、お兄様! 変な想像するのは止めてくださる!? ほら見てくださいませ、この腕を! 鳥肌が立ってしまいましたわっ」
よく見てみろと、自分の腕を慶虎の顔に押し付けてくる蘭花に、慶虎はめまいを覚えた。
「蘭花……頼むから、こういうことは、僕以外の前ではしないでくれよ?」
蘭花は腰に手を当てると、胸を張って得意げに言った。
「なにをおっしゃってるの。相手がお兄様だからこそ、私ははしたないことも平気でできるのよ?」
意気揚々と、『あなたのことは男として見ていません』と宣言した蘭花を見て、慶虎は複雑な気持ちを抱いた。
「……僕は今でも、蘭花と婚姻してもいいと思ってるんだけどなぁ」
囁くように言った言葉は、蘭花の耳に届かない。
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