復讐の蘭花

アナマチア

文字の大きさ
上 下
18 / 83

しおりを挟む
 室内に沈黙が落ちる。

(やっぱりお兄様も、私との婚姻なんて嫌よね)

 蘭花はハァとため息を吐いた。

 ――蘭花と慶虎ジンフーは、腹違いの兄妹けいまいだ。

 歳は六つも離れているが、ウェイ王妃とシェン氏の仲が良かったこともあり、蘭花が生まれたときから交流があった。

 まるで同腹の兄妹のような二人だが、よくある話、慶虎の初恋の相手は蘭花だった。

 二人が幼い頃。蘭花に首ったけだった慶虎が、

『ぼく。大きくなったら小蘭シャオランとけっこんする!』

 と言ったことがあった。

 しかし蘭花は、明杰ミンジェのことが好きだったので、

『らんふぁは、おにいさまと、けっこんしたくないぃぃぃ~~!』

 と泣き喚いてしまった。それで怒った小菊シャオジュが、慶虎を追いかけ回した挙句、ほうきで尻を叩きまくるという事件が起きた。そのときから慶虎は、小菊のことを苦手としているのだ。

 蘭花は乳菓子をかじりながら、くすくすと思い出し笑いをした。

「……なぁーに、笑ってるんだ、よっ」

「きゃっ」

 慶虎に額をツンッと押された蘭花は、額をさすりながら、ぷくっと頬を膨らませた。その姿をニヤニヤと眺める慶虎の口に、食べかけの乳菓子を突っ込んでやる。

「別に? ただ、昔のことを思い出して懐かしんでいただけよ」

 慶虎は乳菓子を咀嚼そしゃくしながら「ふーん」と興味なさげに言うと、いつの間に飲み干したのか、空になった茶杯ちゃはいを手に取った。それを見た蘭花は茶壷ちゃふうを取ろうとしたが、慶虎に横取りされてしまう。

「……お茶くらい注いであげるのに」

 唇を尖らせた蘭花に、慶虎はわざとらしく手を振った。

「いやいや。天下の王太女様に、給仕の真似事などさせられませんよ」

 蘭花はプッと吹き出すと、空になった自分の茶杯を、ずいっと前に差し出した。

「それじゃあ、遠慮なく。ああ! 高貴な第二王子殿下が御自おんみずから給仕してくださるなんて! とぉ~っても光栄でございますわ~!」

「お前ねぇ……あんまり調子に乗るなよ?」

 そう文句をいいながらも、蘭花の茶杯にお茶を注いでくれる。

 蘭花はふふっと微笑んだ。

 気心が知れていて居心地がいい。

 これだから蘭花は、慶虎のことが好きなのだ。――もちろん、敬愛する兄として。

 蘭花は慶虎に礼を述べて、茶杯の飲み口に口をつけた。それに続いて、慶虎もお茶をあおる。

「うえっ! 甘ぁ~~。……蘭花、お前。まだ乳茶ツァイなんか飲んでるのか?」

 口直しに、甘くない点心をつまんだ慶虎を見て、蘭花はふんっと鼻を鳴らした。

「嫌なら飲まなきゃいいじゃない。それに、私が好きなのは、栗と乳酪にゅうらくの点心と茉莉花ジャスミン茶よ! このお茶や点心は、お義母様が私のためにって用意してくださったものなの! 文句を言うなら、お義母様に言ってちょうだい。……まったく。お義母様もお義母様だわね。お兄様との婚姻を勧めるわりに、私のことを『幼い小蘭』だと思ってらっしゃるんだもの」

 鼻息を荒くする蘭花を黙って眺めていた慶虎は、ふわぁと欠伸あくびをひとつして、あぐらの上に肘をついた。

「――で? 蘭花は僕と婚姻する気があるのか?」

「あるわけないでしょう!」

 迷うことなく即答した蘭花に、慶虎は苦笑を浮かべる。

「そうだよなぁー。なんてったって、僕と蘭花じゃねえ? 夜伽も難しいだろうなぁ……」

「ちょっと、お兄様! 変な想像するのは止めてくださる!? ほら見てくださいませ、この腕を! 鳥肌が立ってしまいましたわっ」

 よく見てみろと、自分の腕を慶虎の顔に押し付けてくる蘭花に、慶虎はめまいを覚えた。

「蘭花……頼むから、こういうことは、僕以外の前ではしないでくれよ?」

 蘭花は腰に手を当てると、胸を張って得意げに言った。

「なにをおっしゃってるの。相手がお兄様だからこそ、私ははしたないことも平気でできるのよ?」

 意気揚々と、『あなたのことは男として見ていません』と宣言した蘭花を見て、慶虎は複雑な気持ちを抱いた。

「……僕は今でも、蘭花と婚姻してもいいと思ってるんだけどなぁ」

 囁くように言った言葉は、蘭花の耳に届かない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...