上 下
43 / 47

第41話 替え玉作戦

しおりを挟む
 睡眠薬と弛緩薬入りの紅茶を飲んで深い眠りに落ちたミレイは、小さな頭をイリオスの膝に乗せ、離宮に向かう馬車の中で静かな寝息を立てていた。

 イリオスは、良く手入れされている紺青の髪を撫でながら、そのシルクのようにひんやりとして柔らかい手触りにうっとりと目を細める。

(もうすぐだ。離宮についたら、可能な限り共にいよう。たったひと月でミレイが身籠れるかは運次第だが、心が頑なならば、身体から陥落させてしまえばいい)

 そう考えた後でイリオスは、自身を嘲笑うかのように、クッと笑いを咬み殺した。

「ミレイを手に入れようと必死だとはいえ、我ながら姑息な手段を考えたものだ」

 だがもし、これでミレイに嫌われたとしても構わなかった。自分の手の届く距離に居てさえくれればいい。

(パラディンのもとへ行かせてなるものか。それに、私情を抜きにしても、ミレイはこの国に……俺や民にとって必要な人間なのだから)

 イリオスが思案にふけっている間に、馬車は離宮の敷地内に入った。

 ――もうすぐだ。

 途端、イリオスは、気分が高揚していくのを感じる。これからしばらくの間、ミレイと二人きりで甘い蜜月を過ごせるのだと思うと、たまらなく嬉しかった。

(……このような気持ち、グレイスの時には感じたことがなかった。グレイスのことは幼い頃から知っていて、妹のような友人のような存在で……グレイスの前では立派な男の仮面を被り、守り、慈しまなければならないと思っていた)

 ――だが、ミレイは違う。

(ミレイにはみっともないところを見せても構わないと思える。ミレイを繋ぎ止めることができるのなら、惨めに泣いて縋ったっていい。それと同じくらい、ミレイを辱め、泣かせ、「愛してくれ」と。「捨てないでくれ」と、懇願させたくなる……)

 イリオスは、正当な王位継承者として、誇り高く、品行方正に育てられて生きてきた。

 しかしミレイに対しては、そんな上っ面だけの王太子イリオスではなく、みっともなくて情けない、だが狂気にも似た愛情を抱えていた。ミレイには、一人の男として意識して欲しい。醜い欲望を受け入れて欲しい。

「……時間はたっぷりある。余計な邪魔も入らない。心ゆくまで愛し合おう……俺の美しきエフィーリア」

 そう言って、車窓の外に視線を移したイリオスは気が付かなかった。

 まだ眠りから覚めるはずのないミレイのまつ毛が震え、いつも可憐な笑みを浮かべる桜色の唇が、妖艶な弧を描いていることを……。





 一方その頃、美澪の自室では、ベッドに寝かされていた美澪が目覚めたところだった。

 美澪は、妙にスッキリしている頭をいぶかしみながら、ゆっくりと視線を巡らせた。すると――

「あ。目が覚めた? 美澪」

 ここに居るはずがない男の存在に、美澪は、驚愕と喜悦に染まった瑠璃色の瞳を大きく見開いた。

「ヴァル……ヴァルなの……?」

「うん。ボクだよ。ヴァルだ。……もしかして美澪、寝ぼけてる?」

 そう言ってクスクス笑う形の良い唇に、美澪は信じられない思いで手を伸ばす。すると、薄っすらと目を細めたヴァルが、

「なーに? もしかして、キスで起こして欲しかったの? ボクの愛しいエフィーリア」

 と言って、美澪の手のひらに口づけた。

「……くすぐったい」

「ええ~~。今のは『ドキッ』とするとこなんじゃないの~~?」

 口を尖らせて抗議を始めたヴァルを見て、美澪はようやくホッと息をつくことができた。

 しかし、解決していない問題はある。美澪は、今の状況を訊ねようと上体を起こして、サラリと零れ落ちてきた紺青の髪をまじまじと見つめた。

「……え? ヴァ、ヴァル。あたしの髪の毛、なんでこんなに伸びてるの?」

 大いに困惑しながらヴァルを見ると、ヴァルは暫し考え込んだあと、にっこり笑って人差し指を立てた。

「結論からいうとね。美澪のその身体は、ねぇさんの――トゥルーナの身体なんだ」

「……はい?」

 十分な間を開けて首を傾げた美澪に、「うんうん。訳がわからないよねー」と言いながら、ヴァルがひとりで納得する。

「あの鬼畜ド変態から美澪を取り戻すには、美澪の魂をねぇさんの身体に移すしか方法がなかったんだよ」

「そんなことが出来るなら、初夜を迎える前にさっさとやってほしかった気もしますけど……。今まで安易にこのすべを選択しなかったのには、なにか理由があるんですよね?」

 美澪が真摯に訊ねると、ヴァルは真面目な顔でこくりと頷いた。

「緊急事態だったとはいえ、事前になんの相談もしなかったことを謝るよ。ごめん。……で、ここからが本題なんだけど。美澪は今、人間ではなく神になっている」

「へ……?」

 予想もしていなかったスケールの大きな話に、おもわず変な声が漏れた。

「――か、神様ってことは、あたしが生を司る神様になっちゃったってことですか!?」

「その通り。……やっぱり美澪は賢くて話が早いね。ねぇさんとは大違いだよ」

 そう言われて、美澪はハッとする。

「もともと魂は一つしか無いのに、トゥルーナはどうなっちゃったんですか? これって、身体はトゥルーナのものだけど、魂はあたしのものなんですよね!?」

「お察しの通り。トゥルーナは美澪の肉体に宿っている。――魂を持たない、精神だけの存在としてね。……美澪の身体をトゥルーナに渡すのは、苦渋の決断だったんだよ。って、こんなの言い訳にならないよね。ごめんね、美澪」

 いつになく殊勝な態度で頭を下げられ、美澪はどうしたら良いのかわからなくなってしまう。いろいろと問題はありそうだが、イリオスの孕ませ計画からのがれることができたのは、ヴァルとトゥルーナのおかげに違いなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。

すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!? 「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」 (こんなの・・・初めてっ・・!) ぐずぐずに溶かされる夜。 焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。 「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」 「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」 何度登りつめても終わらない。 終わるのは・・・私が気を失う時だった。 ーーーーーーーーーー 「・・・赤ちゃん・・?」 「堕ろすよな?」 「私は産みたい。」 「医者として許可はできない・・!」 食い違う想い。    「でも・・・」 ※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。 ※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 それでは、お楽しみください。 【初回完結日2020.05.25】 【修正開始2023.05.08】

Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~

美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』 ★変態美男子の『千鶴』と  バイオレンスな『澪』が送る  愛と笑いの物語!  ドタバタラブ?コメディー  ギャグ50%シリアス50%の比率  でお送り致します。 ※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。 ※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。 ※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。 改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。 2007年12月16日 執筆開始 2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止) 2022年6月28日 アルファポリス様にて転用 ※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。 現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

処理中です...