スター・スフィア-異世界冒険はお喋り宝石と共に-

黒河ハル

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第191話:セリーヌの後悔

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 朝の稽古を終え、俺らはボロボロの身でドノヴァン村へ戻った。
 どうやらここの村人は早起きする生活スタイルのようで、出かける前に比べて村の中が多少賑やかになっていた。
 そういやルカと食事処へ行った時、おっさんの他にミアもすでに起きていたな。

 ま、んなことは別にいい。
 それよりも…!


「お前なんであそこで邪魔したんだよ!?
 そんだけ身体鍛えてんなら盾いらねーだろ!」

「うるせェ! オレだって痛ェもんは痛ェんだ!
 おめェだけ楽して防御するってのが気に食わなかったんだよ!」

「んだとステロイド野郎!
 バカみたいに筋トレばっかしてっから、そんな小せぇ脳ミソになってんだろ!
 少しは自分で考えて切り抜けてみろよ!」

「やんのか貧弱モヤシ!
 てめェこそパーティーリーダーなら、リーダーらしくテキパキ指示出してみろや!
 それでも『アドバンス』かァ!?」

「「ぐぬぬぬぬぬ…!」」

「ふ、二人とも落ち着け!
 しばらくドノヴァンの人々にお世話になるんだから、もう少し気品を持って…」

「「黙ってろ毛玉野郎!」」

「ああ!? てめぇら…!
 それ俺の体毛のこと言ってんのか!? 上等だ!
 狼の毛並みにケチつけた落とし前付けてや…」

「『流水回復アクア・ヒアル』」

ドプン

「「「うおっ!?」」」

 リックとテオに掴みかかった瞬間、俺らの周りを水の膜が覆った!
 あ、生温かい…こ、これって…?


「まったく…、これでは子供の喧嘩だな。
 仮にも我輩の弟子を名乗るならば、荒ぶる感情を沈めることを少しは覚えたまえ」

「同感だ。
 敵の攻略には仲間の力が必要不可欠。
 闘う前に関係を悪くしてはいけないぞ」


 水の外側から、すっかり呆れた表情のルカとおっさんが俺たちを叱る。
 で、でもさぁ…!


「あれ?
 あの人たちって昨日来たお客さんか?」

「そうみたい。
 何か争ってるみたいだけど大丈夫かしら?」

「忌々しいよそ者が!
 神聖な霊力エーテルの空気が汚れるわい!」


 ザワザワと村の中が騒がしくなってきた。
 いけね、ザベっさん家行く前に余計なトラブル起こしちまう。


「お、おっさん!
 分かったからこれ解除してよ!
 三人ともこんなプールに入ってたら変に目立っちゃうって」


 喧騒の中には、王都で感じた差別的な言葉も混ざっていた。
 村から追い出されちゃあさすがにマズイ。


「よし。では、宿へ戻って反省会だ。
 〝仲良く〟朝ごはんを食べながら、な」

「ああ、そうだな。
 空腹は正常な思考を鈍らせる。
 私は今日こそ『パフェ』を食べるぞ!」


☆☆☆


「あ、おかえりなさいみんな!
 フレデリカー! 男どもが帰って来たわよ!」


 野郎どもとの取っ組み合いをやめ、宿の食事処に戻った俺たち。
 おっさんはすでに朝メシ食っていたようなので、先に族長の家に行くとのことだ。

 食堂にはカーティス以外の全員が揃っていた。
 あ、もちろんザベっさんは自宅だけど。
 そしてどうやら、女子たちは先に朝ご飯をいただいているようだ。

 ……美味しそう、お腹空いたな。


「あっ、ねぇレイト! ミアに聞いたわよ!?
 四人だけで訓練行くなんてズルいじゃない!
 どうせなら私も誘ってよね!」


 テーブルでパンをかじっていたフレイが、プンプン怒って俺の側へ駆け寄ってきた。
 …できることなら誘いたかったけどさ。


「いやぁ…朝のフレイって、凶暴で怖いし。
 村に着いたばっかで怪我したくないじゃん?」

「それどういう意味よ!
 なんで私と朝運動するだけで怪我に繋がんのよ!」


 ああっ! もう…。
 デカい声で耳元でキンキン言うなよな。
 もともと俺は朝弱いんだから…。

 するとリックが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「へっ、いつも女のケツに敷かれてるてめェにゃ、デカキンじゃなくても適わねェだろ」

「あ? 何か言ったか筋肉トカゲ」

「…おい、テメェらいい加減にしろ。
 ここでもさっきの続きやる気か?」

「「「………」」」


 …無言で睨み合う、俺とリックとテオ。
 ダメだな。
 腹減ってるせいか、ちょっとした物言いでもカチンとくる。


「…? ねぇ、ルカ。
 コイツらどうしちゃったの?」

「ああ、食べながら話すよ。
 君の隣は空いてるか?」


☆☆☆


「ニャア…。
 それでケンカしちゃったのニャ…?」

「別に…、ケンカってわけじゃないけど」


 いつもの俺たちなら仲良くテーブルをくっつけてご飯を食べていたが、今回はお互い離れて朝食をとった。

 少なくともあまりお喋りしたい気分でもなかったので、独りでカウンターで食べていた。
 …が、さすがに俺らの様子が心配になったのか、セリーヌだけ俺の隣に来た。

 同じようにリックにはシルヴィア、テオにはナディアさんがそれぞれ隣に着いていた。
 いや、別に俺が気にすることじゃない。

 やや不貞腐れた気分でコップの水を飲み干すと、セリーヌはその手を優しく握ってきた。


「…あたしもお兄ちゃんが生きてる頃、たまにケンカした時もあったニャ。
 そうなるといつもあたしが意地張って、毎回お兄ちゃんからゴメンなさいしてきたニャ」

「…そうか。お兄ちゃんは偉いな」


 セリーヌには悪いけど、今は静かに食べたい。
 しかし彼女は握った手を若干強くして、話を続けた。


「でも、ある日…あたしが取っておいたオヤツのお魚をお兄ちゃんが間違って食べちゃって、いつもみたいにケンカしちゃったんだけど…。
 その日だけはお兄ちゃんの方から謝って来なかったニャ」

「…? なんで?」

「お兄ちゃんが死んだからニャ」

「!」


 あ…、まさか…?


「お兄ちゃんはあたしのオヤツを手に入れようと、独りで出かけていて…。
 出かけた先で魔族と出会い、お兄ちゃんは戦った…」

「………」


 握った手がさらに強くなった。
 同時に彼女の瞳にも潤みが現れる。


「あたし、今でも忘れてないニャ。
 家に戻らないお兄ちゃんを探して、やっと見つけたお兄ちゃんの側には魔族と…血みどろの手に、あたしが怒ったオヤツのお魚を抱えてあって…。
 …そして前にも言った、最後の言葉を遺してお兄ちゃんは死んじゃったニャ」

「セ、セリーヌ…」


 そ、そんな裏話だったのか…。
 ヤバい、なんて声掛ければ良いのか…


「だからね、レイト君。
 お友達とケンカするのは別に悪いことじゃないニャ。
 でも…『ゴメンなさい』。
 たったひと言だけなのに、あたしはそれをいちばん伝えたい人に言えなかったバカなおんなニャ。
 せめて、レイト君にはあたしと同じ後悔を味わってほしくないニャ」

 「…………」


 『後悔』か…。
 たしかに魔族と闘う以上、そんなことにはなりたくないな。
 …セリーヌには辛いこと話させちゃったな。


「『ゴメンなさい』」

「えっ?」

「いや…、ちょっと〝練習〟したんだ」

「レイト君…!」


 若干照れながらそう言うと、セリーヌは満開の笑顔で俺の頭をなでなでしてきた。


(ねえルカ…。
 アイツやっぱりセリーヌとできてやがるわ。
 いい加減、お灸を据えなきゃじゃない?)

(ほう、それはいかんな。
 他の女に手を出せんよう〝枷〟を付けてはどうだ?)

(良いわね。あ、待ってそれなら……もどう?)

(素晴らしいアイデアだ! どうせならあれも…)


 …俺の知らんところで変な火種が増えたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。










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