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第30話:自らの課題

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流水回復アクア・ヒアル

サァァ…

おっさんの手から水属性の魔力マナが霧状に散布し、モネ以外の全員に行き渡った
そして、それぞれの身体を包み込むように覆った
まるでぬるま湯の心地よいお風呂に浸かっているみたいだ

あれ、この感触…どこかで経験したことがあるような…?
なんだっけ…イザベラからやられたケガを治してもらった時だったか?

みるみる身体のダメージが抜けていく…


「身体が…
これってシルヴィアのと同じ魔法?」

「んぐぐ…!フン、生意気ね!
レイト、これはシルヴィアの『回復ヒアル』とは違うわ」


ダウンから復活したフレイが悔しさを滲ませながら、否定してきた


「はい…私の光属性の魔法とは違い、こちらは水の力で身体を回復させる技です。
本来、この魔法はリラクゼーションを目的とした用途に使われることが多いのですが、まさかここまでの回復力があるとは…」


お、シルヴィアも気がついたようだ
眼鏡を掛け直しながら、説明してくれた


「何事も応用を効かせれば、どんな魔法だろうと、あらゆる局面で活かすことができるのだ。
聖教士クレリック』とレティの娘、特に貴殿らはこの事を胸に刻むのだぞ」

「「…………」」


まさにそれを実戦で証明したおっさんに何も言えない2人は、押し黙ってしまった


「ブルルッ!
…ったくよォ、魔法が得意なドラゴンにここまで格闘で圧倒されちゃあ、てめぇに大人しく従うしかあるめェよ」

「リックの言う通りだ…
まさか、マミヤ殿以外の存在に敗北を喫してしまうとは…井の中の蛙とはこの状況だな」


肉弾戦を得意とするナディアさんとリックは、どうやらさっきの戦闘でおっさんを認めたようだ
強者はより強い強者に敗北すると、けっこう素直になるんだな

おっさんは無駄に端正な顔を少し綻ばせて、リックの方を向いた


「フフ、そう悲観的になるな。
イザベラの屋敷の頃から見ていたが、貴殿の『竜式格闘術ドラグ・アーツ』はなかなか見どころがある。
極めれば我輩のちゃちな体術など、意に介さないようになるだろう」

「けっ!そうかい!
次やる時はぶっ飛ばしてやっからな!」


リックはプイッとそっぽを向いたが、どことなく嬉しそうな感じがする
同じ竜の存在に認められて喜んでいるのかもな

続いておっさんはナディアさんの方に顔を向けた


「召喚魔法の使い手よ、貴殿の『炎獣イフリート』の力は大したものだ。
だが、属性の相性を気にして闘っているようでは、永遠に我輩に勝つ事などできんぞ?」

「だ、だが私は……」


ナディアさんはうなだれてしまった

そう、ナディアさんはノーコストで『炎獣イフリート』を召喚できる代わりに、戦闘魔法において火以外の属性を扱うことができないと、前に教えてもらったことがある

そんな彼女に属性の相性を気にするなとは、少々酷なようにも感じる


「いいか?
そもそも属性の相性など存在しないのだ。
鍋に入れた水を火で熱し続けると蒸発するだろう?
相対する2つの属性がぶつかり、軍配が上がるのは属性の強い方ではない…
自身の持つ魔力マナをより深く理解している者が勝つのだ」

「…より深く理解を…?」

「そうだ。よって、貴殿に必要なものは『炎獣イフリート』との『対話』だろう。
召喚サモン』とは、伝説の魔物を使役することではない。
召喚した魔物と心を通わせ、力を理解するのだ」

「…………なるほど。
私がマミヤ殿…いや、マミヤ殿とルカ殿に敗北した理由が分かった。
オズベルク殿、ご教授に感謝する」


ナディアさんは目からウロコと言った感じに納得した

くいくいっ

なんだ?
後ろから誰からか、服の袖を引っ張られた
…セリーヌか
人の形態に戻ったようだ


「あたし、悔しいニャ…
せっかく冒険者になって、レイト君たちといっぱい闘ってきたのに…
手も足も出なかったニャ」

「セリーヌ…」


彼女は小さな手をギュッと握って口を結んだ
その様子に気づいたおっさんがこちらに来てポン、とセリーヌの頭に手を置いた


「若き『妖精猫ケット・シー』よ。
貴殿の瞬発力は見事なものだった。
我輩の眼で、相手の姿が霞んだのは久しぶりだったのだぞ?
初見であの攻撃を防ぐのは難しいだろう」

「ニャア…
でも、あたしあんなに簡単にやられちゃって…」


セリーヌはよっぽど自分のスピードに自信があったんだろう

千里眼ボヤンス』で知っていたとはいえ、イザベラにひと泡吹かせた戦法があっさりあしらわれたことにショックを受けてるようだ


「既に気づいているのだろう?
貴殿に足りないものは、圧倒的な速さだけではない。
それを活かすための技術や環境作り…加えるなら『闘争心』といったところだな」


ピコンとセリーヌの耳が立った


「と、『闘争心』ニャ?」

「ああ。貴殿は少々優し過ぎるきらいがある。優しさは素晴らしいものだが、戦闘では足枷になることもあるのだ。
非情になれとは言わん。
相手を叩き潰すくらいの気概を持って戦うくらいがちょうど良いだろう」

「………オズおじさんの言う通りニャ。
たしかに、あたしはどこかで遠慮して闘っていたかもしれないニャ」


セリーヌは手を胸に当て、反省するように呟いた
ふむ、優しさか…
それはともかく、おっさんに1つ修正することがあるな


「おっさん。
さっきあんたはセリーヌの事を『若き』なんて言ってたけど、本当は…イデデデデ!!!!」

「フシャー!!!
なんでレイト君はいつもあたしをババア扱いするのニャ!
この際だから言っとくけど、あたしの年齢は人族でいったら16~18くらいニャ!
まだまだ若いニャ!」

「分かりました分かりました!ゴメンて!」


余計な一言を言ったら飛びついて頭に噛み付いてきやがった
猿かお前は


「くっくっく!
その意気だぞ『妖精猫ケット・シー』の娘よ。
…さて、最後に貴殿らだが…」


おっさんは俺、ルカ、モネをそれぞれ一瞥すると、なぜか困った顔になった


「正直、貴殿らの力は不気味だ。
我輩の経験には存在しない力を使うのだからな」

「アハハ、ひどい言われようだねぇ。2人とも」

「フン、君も含んでいるだろう」

「そうだそうだ。
つかてめー、さっきは手抜いて闘いやがったな?」

「ありゃ、バレちゃった?ゴメンねー。
ボク、本当はあまりこの力を使いたくないんだ」


俺とルカは顔を見合わせた
どういうことだろう?


「ふむ…察するに、貴殿のその特殊な仮面には、何かしらの制約があるのではないか?」

「へぇ?さすがとっつぁん、よく分かったね。
そうだよ、ボクの『仮面遊戯ペルソナ』はタダでは使用できない。
起動させるだけで『お金』が必要なのさ」

「カネだと?
しかし、地下水道の時はそんなものを支払った憶えはないが…」

「当然だよー。
あの時は特別にボクが立て替えてあげたんだからね」


なるほど…コイツが守銭奴な理由はこれか…
合点がいったぜ

しかし、まだ疑問が残っている


「モネ、それならなんで俺に仮面をくれたんだ?
お前言ってたじゃねぇか、『私にしか使えない』って。
それってつまり、俺が『仮面遊戯ペルソナ』を使えば使うほど、モネの金が無くなってくってことだろ?」

「んーと、説明するとちょっと長くなっちゃうんだけど、君に渡した仮面はボクがさっき使った物とは違うんだ。
ボクが使ったのは『主仮面メイン』、君が持ってる物は『副仮面サブ』だよ」


なんだその電話機の主機、子機みたいな…
ルカが思案顔になり、説明の続きを求めた


「その2つはどのように違うのだ?」

「基本的な能力は変わらないよ。
ただ、『主仮面メイン』は能力を使用したり、魔物をチェンジしたり何をするにもいちいち金を要求されるからね。
とんだ金食い虫なんだ~
その代わり、威力はバツグンだよ」


モネは頭に掛けていた仮面を外すと、指パッチンで小突いた


「じゃあ『副仮面サブ』は?」

「そっちは、最初にかかる起動のための費用さえ払ってしまえば、魔力マナが続く限り何回でも使用できるよ。
ただし、使用したい魔物を変える時は、ボクの許可とお金が要るけど」

「なるほど…
君が零人に仮面を渡したのは、『仮面遊戯ペルソナ』運用の効率化を図るためなのだな?」

「正解~!
…まぁ、星がマミヤ君に渡せって言ったのもあるんだけどね」


へぇー…
話を聞くかぎり、あまり使い勝手は良くなさそうな能力なんだな
あれ、そういえば…


「あの、そもそもなんだけど、どうやってお金を決済してるの?
クレジットカードなんて無いだろうし…」

「ああ、いつの間にかボクの銀行の口座から引き抜かれてるよ~。
ちなみに、引き落とし先は不明でーす」

「はぁ!?
なんだそれ、めっちゃ怪しいじゃねぇか!
…やっぱりこの仮面返してもいい?
なんか怖いんだけど」

「ダメ~。
これはボクの勝手な推測だけど、星のどこか…または、宇宙のどこかに巨大なネットバンキングがあるんじゃないかなって思ってる」

「…ということはなに?
その仮面は端末っつうか、俺のスマホと似たものなのか?」

「うーん、どうだろうね?
ボク的にはスマホの方が、映像観たり、写真撮れたり楽しそうだからそっちが欲しいけど♡」

「やらねぇよ!」


やれやれ…ますます謎が深まるばかりだな…

仮面遊戯ペルソナ』は、モネの家系の能力って話だけど、元をたどれば、大昔に異世界から来た人物が、この星の人間と交わって誕生した一族の力らしいからな

案外、モネの推測は当たっているのかも…?


「…あの2人、さっきから何言ってるのかしら…
ナディア、理解できる?」

「さっぱりだ…異世界の用語は難しいな…」


後ろの方でフレイとナディアさんがため息をついていた
それと同時に、おっさんもわざとらしく咳払いをする


「オホン…
貴殿らにはその特殊な力の使い方は教えられないが、せめて我輩の持つ経験…
体術や水の魔法などを伝授しよう」

「やったー!
とっつぁんの水魔法覚えたら色々役に立ちそうだから楽しみ!」


良いよなぁ、魔法が使えるやつは
俺も『水弾ウォーター・ボール』とかバシュッて撃ってみたい


「そうなると、魔力マナの無い我々は体術になるか…
だが、私はあまり表立って闘うことは避けた方が良いだろうな」

「たしかルカが闘うとエネルギーの減りが早いんだもんな」

「ああ。
イザベラの時は内心焦っていたのだぞ?」

「うっ…その節はどうも…」

「フフ、気にするな。
君を助けたくて私がそうしたのだ」

「ルカ…」


互いに見つめ合う
あれ、なんか良い雰囲気…


「コラ!
そういうのは家では禁止のはずでしょ!
なにイチャついてんのよ!」

「チッ。いちいちめざといな君は」


フレイからお叱りを受けてしまった
…怒られちゃった

フレイはおっさんの方へ顔を向け、質問した


「それで、あとはこれからどうするのよ?」

「各々、自分の課題が見つかっただろう?
今回はこれで修業は終わりだ。
あとは自由に過ごすと良い」


あら、そうなのか
意外と早く終わったな
もっと過酷なトレーニングを覚悟してたつもりだったけど


「な、なによ…もう終わりなの?
私はまだまだいけるわよ!」


どうやらフレイは消化不良のようでまだ暴れたそうだ
おっさんは指を立てて諭すようにフレイに語りかける


「何事もやり過ぎは良くないぞ、レティの娘。
自らの身体をもっと大切にしろ。
貴殿はまだ若いのだからな」

「け、けど!」


なおも食い下がるフレイ
…仕方ねぇ、ルカに怒られそうだけどやむ無しだ


「フレイ、これからルカと2区にあるパフェ屋さんに行くんだけど、お前も来ないか?」

「あっ!?なぜ教えるのだ零人!
2人で行くと言っただろう!」

「なんですって!?い、行くわ!
ルカ、あんた後で覚えてなさいよ!」


この後、なんだかんだでここにいる皆さんがついて来てしまった
しかもなぜか、俺が全員分奢らされる羽目になった

…またひとつ、今日も不幸が舞い降りましたよ
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