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第49恐怖「タクシーに乗らなくなった理由」
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体験者:MITOさん
タクシーの運転手が心霊体験をしたという話はよく聞くけれど、私は客としてタクシーに乗ったときに、思い出すだけで総毛立つほどのおぞましい体験をした。
ある日のこと。新宿で遅くまで飲んだ帰りにタクシーを呼んだ。
後部座席に乗り込むやいなや、靴を脱いで横になった。疲れていたし、気分もわるかった。それに運転手は気の良い人で、どうぞどうぞと私をうながしたのだ。
気をつかって揺れないように運転してくれていたのだろう……なんの問題もなく、私はすっかり寝入っていた。
しかし、突然、車内が寒くなって目を覚ました。なんだか背筋がゾクッとする。
目をこすりながら体を起こして、視界がハッキリすると、私はおもわずのけぞった。
──助手席に、知らない人が乗っている!
一瞬、パニックになった。相乗り……なんて、そんなバカな。
それは、見知らぬ女性だった。髪は短くボサボサで、薄汚れたシャツを着ている。どうも姿形がぼんやりとしているので、何度も目を擦った。幻覚かもしれない。
だが、女性の姿は一向に消えなかった。まちがいなく実在している。
私はおもいきってその人に声をかけようと思った。が、言葉は喉にも這い上がってこず、腹の中でぐるんと回転して消えた。本当に死んだ人間が見えているのだとしたら……一瞬でも声をかけるなんて選択肢が浮かんだことを、おぞましく思う。
かわりに、運転手に何か言おうかと思った。黙ったままこの異様な状況を耐え忍ぶなんてとんでもない。
「いやはや……」
私の声は震え、掠れた。
「よく寝られましたよ……おかげさまで……」
運転手がちらっとルームミラーを見た。
「そりゃよかったです。体調は大丈夫そうですか? もし吐きたくなったら、袋がありますからね」
そう言うと、運転手は中央の収納ボックスをゴソゴソとやった。
「あれ……ここじゃなかったかな」
次いで、腕を助手席まで伸ばし、そちらの正面にある収納ボックスを開けた。
「あったあった」
ビニールを取り出した。それは、明らかに、助手席に誰もいないときの動作だった。
「どうも、ありがとう……」
私は助手席を視界の端でとらえたままビニール袋を受け取った。冷や汗がとまらない。
「すみません、やっぱり、ここで降ります……」
袋をポケットに入れてから言った。
「やっぱり具合がよくありませんか。そこで停めて、待ってますよ」
「いえ、いいんです。どこかで別の場所で……ゆっくり休みますから」
私は引き攣りながらも笑みをつくろい、震える手で金を払った。よっぽど体調が悪そうだと運転手は察したことだろう。実際、顔が青ざめているにちがいないのだから。
助手席を注意深く観察しながら、しかし女性の顔を見てしまわないようにタクシーから下車した。どんな顔をしているのか……いろいろと想像してしまい、寒気が止まらなかった。
「じゃあ、お気をつけて」
運転手がそう言うと後部座席の扉が閉まった。すぐに出発しないようだったので、私はその場をあとにした。
何度も振り返ったが、あの女性が降りてくる様子はなかった。
それから、何事もなく一ヶ月が経った。
私は地元に一時帰省し、昔馴染みの友人たちと大衆居酒屋で酒を飲んでいた。かなり酔っ払って、足元もおぼつかなくなり、友人がタクシーを呼んでくれた。
まわらない頭で、しかし先日のタクシーでの体験を思い出した。できれば、乗りたくないのだが……。
私はぼんやりとした意識のまま、肩を抱かれ、やってきたタクシーに乗せられた。ひとまず、何も嫌なものは感じなかった。助手席にも誰もいない。
そりゃそうか……
ホッと息をついた。なにせ、あんなことがあったのは新宿。ここは地方のど田舎である。あの女がふたたび現れるなんてことは、まちがってもあるまい。
私は後部席にゆったりと座り込み、瞬く間に眠りに落ちた。
気がつけば、タクシーの運転手が私に声をかけていた。
「お客さーん、着きましたよー。起きてくださいよー」
「あ、ああ……早いですね……どうも……」
私は寝ぼけながらも金を払い、あちこち体をぶつけながら、ふらふらと車から降りた。
「お客さん、大丈夫ですかー?」
「ええ、ぜんぜん、問題ありませんよ」
しかし、降りてみて、自分がどこにいるかわからなかった。
「あれ……どこですか……ここ……」
「ちょっとお客さん、全然大丈夫じゃないでしょうよ。ここはあんたの家でしょ、ったくもう……」
私は、木々に囲まれた古びた家の前に立っていた。これは私の家ではない。そもそも、目の前の建物は誰も住んでいないように見える。
「ちがいますよ、うちじゃないですよ、ここ!」
怯えながら運転手に言うと、彼はあからさま不機嫌な顔をした。
「あのね、ちゃんと到着しましたから。ここは言われた通りの住所ですよ」
「住所って……あれ……」
思い返してみれば、私は運転手に住所を伝えていなかったような気がする。
「住所って……誰から聞きました? 友達が間違って伝えたかも」
「ええ?」
運転手はいよいよ憤って、こう言ったのだった。
「いい加減にしてくださいよ! あのね、今あんたと一緒に乗っていた女の人に言われたとおりの住所ですよ!」
「──!」
後ろを振り返った。だが、そこには誰もいない。周りには誰の姿もない。
「誰もいませんよ……私は一人で乗車したんですから!」
半狂乱になって叫んだ。
すると、運転手は車窓から外を見渡した。
「あれ……どこいったんだろう……もう家に入ったんじゃないですか?」
ぎくりとして、私はふたたび、家のほうを振り向いた。
──と、その玄関の隙間が少し空いていた。奥には、何か白いものがチラチラと見える。
「ここじゃありませんから!」
私は慌てて車に乗り込み、勢いよくドアを閉めた。
「早く、早く出てください! この住所はまちがいなんです!」
私が泣きつくと、運転手は動揺しつつも承諾した。
「まあ、金さえ払ってくれれば……」
以来、私はタクシーを利用していない。
新宿で乗り合わせた謎の女と地元で乗り合わせた女が、同一のものだったかはわからない。
なんにせよ、私は特殊体質なのかもしれない。普段は霊感などないのにそんな目にあってしまったのだ。
もしかしたら、酔っ払ってタクシーに乗ったときだけ、いらない才能が開花するのだろうか……
タクシーの運転手が心霊体験をしたという話はよく聞くけれど、私は客としてタクシーに乗ったときに、思い出すだけで総毛立つほどのおぞましい体験をした。
ある日のこと。新宿で遅くまで飲んだ帰りにタクシーを呼んだ。
後部座席に乗り込むやいなや、靴を脱いで横になった。疲れていたし、気分もわるかった。それに運転手は気の良い人で、どうぞどうぞと私をうながしたのだ。
気をつかって揺れないように運転してくれていたのだろう……なんの問題もなく、私はすっかり寝入っていた。
しかし、突然、車内が寒くなって目を覚ました。なんだか背筋がゾクッとする。
目をこすりながら体を起こして、視界がハッキリすると、私はおもわずのけぞった。
──助手席に、知らない人が乗っている!
一瞬、パニックになった。相乗り……なんて、そんなバカな。
それは、見知らぬ女性だった。髪は短くボサボサで、薄汚れたシャツを着ている。どうも姿形がぼんやりとしているので、何度も目を擦った。幻覚かもしれない。
だが、女性の姿は一向に消えなかった。まちがいなく実在している。
私はおもいきってその人に声をかけようと思った。が、言葉は喉にも這い上がってこず、腹の中でぐるんと回転して消えた。本当に死んだ人間が見えているのだとしたら……一瞬でも声をかけるなんて選択肢が浮かんだことを、おぞましく思う。
かわりに、運転手に何か言おうかと思った。黙ったままこの異様な状況を耐え忍ぶなんてとんでもない。
「いやはや……」
私の声は震え、掠れた。
「よく寝られましたよ……おかげさまで……」
運転手がちらっとルームミラーを見た。
「そりゃよかったです。体調は大丈夫そうですか? もし吐きたくなったら、袋がありますからね」
そう言うと、運転手は中央の収納ボックスをゴソゴソとやった。
「あれ……ここじゃなかったかな」
次いで、腕を助手席まで伸ばし、そちらの正面にある収納ボックスを開けた。
「あったあった」
ビニールを取り出した。それは、明らかに、助手席に誰もいないときの動作だった。
「どうも、ありがとう……」
私は助手席を視界の端でとらえたままビニール袋を受け取った。冷や汗がとまらない。
「すみません、やっぱり、ここで降ります……」
袋をポケットに入れてから言った。
「やっぱり具合がよくありませんか。そこで停めて、待ってますよ」
「いえ、いいんです。どこかで別の場所で……ゆっくり休みますから」
私は引き攣りながらも笑みをつくろい、震える手で金を払った。よっぽど体調が悪そうだと運転手は察したことだろう。実際、顔が青ざめているにちがいないのだから。
助手席を注意深く観察しながら、しかし女性の顔を見てしまわないようにタクシーから下車した。どんな顔をしているのか……いろいろと想像してしまい、寒気が止まらなかった。
「じゃあ、お気をつけて」
運転手がそう言うと後部座席の扉が閉まった。すぐに出発しないようだったので、私はその場をあとにした。
何度も振り返ったが、あの女性が降りてくる様子はなかった。
それから、何事もなく一ヶ月が経った。
私は地元に一時帰省し、昔馴染みの友人たちと大衆居酒屋で酒を飲んでいた。かなり酔っ払って、足元もおぼつかなくなり、友人がタクシーを呼んでくれた。
まわらない頭で、しかし先日のタクシーでの体験を思い出した。できれば、乗りたくないのだが……。
私はぼんやりとした意識のまま、肩を抱かれ、やってきたタクシーに乗せられた。ひとまず、何も嫌なものは感じなかった。助手席にも誰もいない。
そりゃそうか……
ホッと息をついた。なにせ、あんなことがあったのは新宿。ここは地方のど田舎である。あの女がふたたび現れるなんてことは、まちがってもあるまい。
私は後部席にゆったりと座り込み、瞬く間に眠りに落ちた。
気がつけば、タクシーの運転手が私に声をかけていた。
「お客さーん、着きましたよー。起きてくださいよー」
「あ、ああ……早いですね……どうも……」
私は寝ぼけながらも金を払い、あちこち体をぶつけながら、ふらふらと車から降りた。
「お客さん、大丈夫ですかー?」
「ええ、ぜんぜん、問題ありませんよ」
しかし、降りてみて、自分がどこにいるかわからなかった。
「あれ……どこですか……ここ……」
「ちょっとお客さん、全然大丈夫じゃないでしょうよ。ここはあんたの家でしょ、ったくもう……」
私は、木々に囲まれた古びた家の前に立っていた。これは私の家ではない。そもそも、目の前の建物は誰も住んでいないように見える。
「ちがいますよ、うちじゃないですよ、ここ!」
怯えながら運転手に言うと、彼はあからさま不機嫌な顔をした。
「あのね、ちゃんと到着しましたから。ここは言われた通りの住所ですよ」
「住所って……あれ……」
思い返してみれば、私は運転手に住所を伝えていなかったような気がする。
「住所って……誰から聞きました? 友達が間違って伝えたかも」
「ええ?」
運転手はいよいよ憤って、こう言ったのだった。
「いい加減にしてくださいよ! あのね、今あんたと一緒に乗っていた女の人に言われたとおりの住所ですよ!」
「──!」
後ろを振り返った。だが、そこには誰もいない。周りには誰の姿もない。
「誰もいませんよ……私は一人で乗車したんですから!」
半狂乱になって叫んだ。
すると、運転手は車窓から外を見渡した。
「あれ……どこいったんだろう……もう家に入ったんじゃないですか?」
ぎくりとして、私はふたたび、家のほうを振り向いた。
──と、その玄関の隙間が少し空いていた。奥には、何か白いものがチラチラと見える。
「ここじゃありませんから!」
私は慌てて車に乗り込み、勢いよくドアを閉めた。
「早く、早く出てください! この住所はまちがいなんです!」
私が泣きつくと、運転手は動揺しつつも承諾した。
「まあ、金さえ払ってくれれば……」
以来、私はタクシーを利用していない。
新宿で乗り合わせた謎の女と地元で乗り合わせた女が、同一のものだったかはわからない。
なんにせよ、私は特殊体質なのかもしれない。普段は霊感などないのにそんな目にあってしまったのだ。
もしかしたら、酔っ払ってタクシーに乗ったときだけ、いらない才能が開花するのだろうか……
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