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第48恐怖「冥婚堂」

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 冥婚、と呼ばれる風習をご存知だろうか。
 ほかにも様々な呼び方があるが、つまりは死後の結婚のことを指し、故人の婚礼を挙げるという供養の一種だ。特にアジア圏に多く見られ、日本でも一部地域で行われている。

 そのやり方は土地や民族によりけりだ。
 死者同士の婚礼もあれば、死者と生者の婚礼もある。比較的穏やかなものでは、故人の婚礼を絵に描いて奉納するだけでいい。

 Yさんの暮らすとある集落では、結婚相手となる擬似的な人形を遺族が作る。そしてささやかな婚礼の儀を行なった後、亡き人の私物や名札とともに、人形を「冥婚堂」と呼ばれる建物に納める。

 本来は伝統的な風習であるが、その集落では宗教や土着信仰との縁が薄い。というのも、かつての村長が息子を亡くした際、個人的に行なったことに端を発するのだ。
 いずれにせよこのような行いは、冥福を心から祈るがゆえである。
 しかし、ときにそれは、暗澹《あんたん》たる穢れを生む。


 ある年の七月のこと。Yさんはその月の冥婚堂の管理を任されていた。
 管理といっても一週間に一度の掃除や草むしりくらいのもので、それも次の月になれば別の住民へと交代されるのだが、なんにせよYさんは憂鬱に思っていた。面倒なうえ、冥婚堂の中を掃除するのはかなり不気味なのだ。

 いつまでも慣れぬもので、その日の夕刻、Yさんは相変わらずビクビクしながら冥婚堂の中を掃除していた。奥と東の壁際には、種々雑多な手作り人形がぎっしりと並んでいる。手の平サイズから等身大のものまであり、不細工なものから匠を感じさせるものまである。遺族のこだわりか、植毛されたあでやかな黒髪を垂らす女方《おんながた》まであるのだ。

 雑巾掛けをしているなか、ふと、出入り口の扉にチラリと影が見えた。
 次いで、「すみません」と細い声が聞こえた。

 Yさんはうわっと声をあげて驚いたが、すぐにそれが地元の中学生だということに気づいた。男女二人組の中学生で、建物の中を恐る恐る覗き込んでいる。
 要件を訊ねると、社会科の授業の一環で、冥婚堂の管理者に取材をしたいのだという。

 そこでYさんは妙案をひらめいた。二人にも掃除を手伝ってもらおう。それを条件に取材を受ければいい。
 中学生二人組は承諾し、荷物を外のベンチに置いて冥婚堂の中に入った。Yさんは二人に雑巾掛けを頼み、自分は外で草むしりを始めた。

 しばらくすると、建物の中から「ぎゃっ」と悲鳴が上がった。
 きっとふざけて脅かしあっているのだと思い、中に戻ろうとすると、二人が慌てて飛び出してきた。

「うめき声がする!」

 女子生徒がそう言った。男子生徒は泣き出しそうになりながら、「しかも、ちょっと動いたし!」と言った。
 何が、なんて訊ねなくてもわかる。冥婚堂の人形が夜中に歩き回るなんて怪談話は、地元で有名なのだ。

「掃除はもうおしまいにするよ。取材は公園でやろう」

 Yさんは中に戻る気が起きず、さっさと扉を施錠して公園に向かった。
 道中、うめき声の件は勘違いじゃないかとYさんは伝えた。あそこらへんは、風のせいでよく変な音が鳴るんだ、と。

「じゃあ、人形が動いたのは?」

 男子中学生が言った。それからこんなことを聞いてきた。

「冥婚堂の人形が動いたら、村に不吉なことが起こるって話、知ってますか?」

なんだそれはと思ったが、Yさんは興味のないふりをして、「へえ、そんな話もあるんだね」と返した。変に恐怖を煽りたくなかった。
 男子中学生は二の句を継ごうとして、しかし思い直したようだった。ややあってから、女子中学生が取材の話を始めた。

 それから数日後のことだ。村から行方不明者が出て大騒ぎになった。二十代の若い男だという。Yさんは村人で結成された捜索隊の一員として、村中を探し回った。
 その日の夜中、山の草むらを掻き分けているとき、あることが頭によぎった。

「冥婚堂の人形が動いたら、村に不吉なことが起こるって話、知ってますか?」

 偶然だとは思うものの、心にはモヤがかかる。
 その日も次の日も、男性は見つからなかった。
 そろそろ冥婚堂の管理者を交代する時期で、Yさんは掃除用具を片付けていないことに思い当たった。憂鬱だが、次の管理者と揉めたくはない。Yさんは冥婚堂に赴いた。

 扉を開けた瞬間、嗅ぎ慣れぬ異質な臭気が鼻をついた。
 部屋の中央には、男が倒れていた。

「大丈夫ですか!」

 Yさんは駆け寄って男の手首に指を当てた。脈打っている。息をしている。
 急いで救急隊に連絡し、男は病院に運ばれた。
 それは、行方不明者の男だった。

 冥婚堂の中に水道があったのが幸いしたらしい。やがて男の体調は回復した。
 それにしても、なぜ男が冥婚堂の中にいたのか。いつからいたのか。
 Yさんは考えてみてゾッとした。

「うめき声がする!」
「しかも、ちょっと動いたし!」

 あのときから、いたのではないか?
 一体、なぜ?

 男いわく、なぜそこにいたのかは記憶が曖昧だという。気づけば冥婚堂の中、それも立ち並ぶ人形たちに埋もれていたとのこと。そして出入り口は施錠されており、水道の水だけで一週間ほどをやり過ごしたのだと。

 男は頭がおかしいのだと村で噂になった。両親は早くに亡くなっており、嫁もおらず独り身で友人も少ない。それで孤独のあまり精神に異常をきたしたのだと。
 それからもう一つ、まったく別の噂が立った。

「この村には、人形なんかでは物足りない死霊がひそんでいる」

 その後、Yさんは仕事を辞めて村を出たという。
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