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第42恐怖「Kくんの増殖」
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体験者:みよさん
中学時代の夏のことだ。
私は、母と妹と三人で近所の夏祭りへ行くことになった。私と妹は新しい浴衣を身にまとい、準備段階からすでにはしゃいでいた。会場へは母の車で向かった。
近づくにつれ、祭りの熱気が車内まで伝わってきた。陽気な太鼓や笛の音、なんだかわからないけど濃厚な香り、そして、歩道を歩く仲睦まじいカップルや家族。
車から降りると、妹と手をつないで、母とともに屋台の並ぶ大通りへ出た。そして、金魚すくいや射的などを楽しみ、焼きそばやかき氷を味わった。
しばらくして、ふと誰かに肩を叩かれた。
さきほどから何度も知り合いに遭遇していたから、きっとまた仲の良い人物が私を見つけてくれたのだと思い、振り返ると、そこにいたのはあまり話したことのないKくんだった。クラスは同じなのだが、挨拶をかわす程度の間柄でしかない。
「Kくん、ひとりなの?」
私が聞くとKくんは黙って頷いた。その瞳にはぼんやりと寂しさが浮かんでいる。
私は普段こそあまり社交的なタイプではなかったのだけど、おそらくお祭りの空気にあてられて開放的になっていたのだろう。ごく自然に、
「一緒に屋台まわる?」
と、Kくんを誘った。
Kくんは照れる様子も見せずに頷き、私たちは一緒に夏祭りを楽しむこととなった。私はすでにほとんどの屋台をまわったあとだったが、今度はKくんがいたので、金魚すくいや射的をふたたび楽しんだ。
時が経つのはあっという間で、すぐに帰る時間が迫ってきた。母は、徒歩で来たというKくんを車で送ると提案。Kくんは少々悩んだ末、首を縦に振った。妹が「そのほうがたのしいよ!」と言うと、Kくんはわずかに微笑んだ。
妹が助手席に、私とKくんがうしろの席に座った。当時、カーナビは当たり前にあるものではないうえ、母の車は古かったので、Kくんが自分で道案内をした。
しかし、Kくんの案内に従っていると、どんどんひとけのない道に入っていき、やがてあたりはすっかり田舎の風景になってしまった。
私は異変を感じ始め、心配になった。車を走らせてから二十分以上が経つ……あきらかに、中学生が徒歩で来られるような距離ではない。
「こっちで合ってる? 間違っちゃったかな?」
母がKくんに聞く。するとKくんは「こっちで合ってます」と小さくつぶやく。
母はそれから何度も「本当に合ってる?」と聞いた。辺りには木が生い茂り、道は狭く、入り組んでいる。
不安は増していき、私もKくんに「道、間違ってない?」と声をかけたが、そのときKくんは、「ここに帰るんだよ」と答えた。
ここに帰るんだよ。
私はその言葉に違和感をおぼえた。が、とくに何も言い返さなかった。
やがてKくんは、「ここを曲がった先にある家の前で降ろしてください」と言った。
私はやっと到着したのだと思って安堵した。けれど、外を見ると、やはり木が生い茂るばかり。この先に家があるとは思えない。
「こんなところに家なんて……」
母がそう言ったまさにその瞬間だった。車が開けた場所に出ると、道の脇に、確かに一軒の家があった。
ところが、家は家なのだが、ほとんど廃墟も同然で人が住んでいるようには見えない。
「ちょっとKくん、ちゃんと案内してよ!」
怖くなった私は、ついキツく言ってしまったのだが、Kくんは大真面目な顔をしていた。
「いいんだよ、ここで」とKくんは言った。
いいんだよ、ここで。
その言葉にも違和感をおぼえたが、私はイライラしていたので、「じゃあね!」と言ってそっぽを向いた。Kくんは少しのためらいもなく車から降りた。
私とは反対に母は、「こんな時間に危ないよ」とそのようなことを何度も口にした。しかしKくんは頑《がん》として譲らず、ふたたび車に乗ることはなかった。ただじっとその場に突っ立って、私たちの車を見つめるだけ。その眼差しは、私の胸に変な罪悪感のようなものを抱かせた。
車が出発してすぐ、Kくんの姿は、ふっと闇にまぎれて見えなくなった。まるで幻影だったかのように。
夏休みが明け、学校が再開した。
新学期が始まったその日、登校してすぐ、友達に夏祭りの出来事を話した。ひと盛り上がりすると思い、Kくんの挙動がおかしかったことを強調した。
すると、その友達も同じ夜にKくんらしき人物を目撃したという。
「Kくんさあ」
と友達は興奮ぎみに言った。
「浴衣を着ててね、それがもうボロボロで色褪せててさ、なんか可哀想だなーって思っちゃったよ」
私は当惑した。
「浴衣なんて、着てたっけ?」
なるべく表情を変えずに聞き返した。間違いなく、Kくんは私服姿だったはず……。
「ある意味すごく目立ってたから、よく覚えてるよ私! あの浴衣、お父さんのおさがりなのかなあ……もしかしたらおじいちゃんのおさがりってことすら、ありえるよ!」
じっと汗ばむのを感じた。私だってKくんと遊んでいたのだからよく覚えているが、Kくんは絶対にティーシャツを着ていた。きっと、友達が人違いをしているのだと思った。
ところが、私たちの話を聞いていたほかの友達が話に加わってきて、事態はより妙なことになった。
「待って待って! あたしもKくんのこと見かけて、ちょっとだけ会話したよ! タンクトップ姿で、お母さんにしては若い女の人と一緒にいた!」
私はゾッとした。
私が一緒にいたKくんは、タンクトップや浴衣なんか着ておらず、ティーシャツ姿だったし、若い女性の連れなんてもちろんいない。何度か着替えているとは思えないし、Kくんは兄弟もいないので、たまたま似た人物が複数人いたとは考えがたい。
私はその謎めいた出来事について考え込んだ。なぜ、Kくんが同時多発的に夏祭りに出現するなどという奇妙な出来事が発生したのだろう?
こうなったら、Kくん本人に聞くしかない……
しかし、Kくんは二度と、私たちの学校に登校してこなかった。
担任の先生によれば、夏休み中、彼は遠く離れた他県の学校に転校したとのことだった。しかも、それは夏休みに入ってすぐ──祭りの日よりもずっと前に。
ならば、Kくんはあの日、わざわざ他県から夏祭りにやってきたのだろうか?
だとして、あのときKくんが車から降りた場所……あの廃墟はなんだったのか? 他県まで送ってもらうわけにはいかず、仕方なくそこで降りただけなのか?
それに、複数のKくんが出現したことについては、一体どういうわけだろう?
謎は最後まで解決しなかったのだが、それから十数年後の成人式で、驚愕の知らせを聞いた。当時の担任の先生から聞いたのだが、どうやらKくんはすでに亡くなっているらしいのだ。なぜ亡くなったのか、いつ亡くなったのか、詳しいことはわからないという。だが私は、もしかして引っ越してすぐのことだったのではないかと、ひそかに思っている……。
中学時代の夏のことだ。
私は、母と妹と三人で近所の夏祭りへ行くことになった。私と妹は新しい浴衣を身にまとい、準備段階からすでにはしゃいでいた。会場へは母の車で向かった。
近づくにつれ、祭りの熱気が車内まで伝わってきた。陽気な太鼓や笛の音、なんだかわからないけど濃厚な香り、そして、歩道を歩く仲睦まじいカップルや家族。
車から降りると、妹と手をつないで、母とともに屋台の並ぶ大通りへ出た。そして、金魚すくいや射的などを楽しみ、焼きそばやかき氷を味わった。
しばらくして、ふと誰かに肩を叩かれた。
さきほどから何度も知り合いに遭遇していたから、きっとまた仲の良い人物が私を見つけてくれたのだと思い、振り返ると、そこにいたのはあまり話したことのないKくんだった。クラスは同じなのだが、挨拶をかわす程度の間柄でしかない。
「Kくん、ひとりなの?」
私が聞くとKくんは黙って頷いた。その瞳にはぼんやりと寂しさが浮かんでいる。
私は普段こそあまり社交的なタイプではなかったのだけど、おそらくお祭りの空気にあてられて開放的になっていたのだろう。ごく自然に、
「一緒に屋台まわる?」
と、Kくんを誘った。
Kくんは照れる様子も見せずに頷き、私たちは一緒に夏祭りを楽しむこととなった。私はすでにほとんどの屋台をまわったあとだったが、今度はKくんがいたので、金魚すくいや射的をふたたび楽しんだ。
時が経つのはあっという間で、すぐに帰る時間が迫ってきた。母は、徒歩で来たというKくんを車で送ると提案。Kくんは少々悩んだ末、首を縦に振った。妹が「そのほうがたのしいよ!」と言うと、Kくんはわずかに微笑んだ。
妹が助手席に、私とKくんがうしろの席に座った。当時、カーナビは当たり前にあるものではないうえ、母の車は古かったので、Kくんが自分で道案内をした。
しかし、Kくんの案内に従っていると、どんどんひとけのない道に入っていき、やがてあたりはすっかり田舎の風景になってしまった。
私は異変を感じ始め、心配になった。車を走らせてから二十分以上が経つ……あきらかに、中学生が徒歩で来られるような距離ではない。
「こっちで合ってる? 間違っちゃったかな?」
母がKくんに聞く。するとKくんは「こっちで合ってます」と小さくつぶやく。
母はそれから何度も「本当に合ってる?」と聞いた。辺りには木が生い茂り、道は狭く、入り組んでいる。
不安は増していき、私もKくんに「道、間違ってない?」と声をかけたが、そのときKくんは、「ここに帰るんだよ」と答えた。
ここに帰るんだよ。
私はその言葉に違和感をおぼえた。が、とくに何も言い返さなかった。
やがてKくんは、「ここを曲がった先にある家の前で降ろしてください」と言った。
私はやっと到着したのだと思って安堵した。けれど、外を見ると、やはり木が生い茂るばかり。この先に家があるとは思えない。
「こんなところに家なんて……」
母がそう言ったまさにその瞬間だった。車が開けた場所に出ると、道の脇に、確かに一軒の家があった。
ところが、家は家なのだが、ほとんど廃墟も同然で人が住んでいるようには見えない。
「ちょっとKくん、ちゃんと案内してよ!」
怖くなった私は、ついキツく言ってしまったのだが、Kくんは大真面目な顔をしていた。
「いいんだよ、ここで」とKくんは言った。
いいんだよ、ここで。
その言葉にも違和感をおぼえたが、私はイライラしていたので、「じゃあね!」と言ってそっぽを向いた。Kくんは少しのためらいもなく車から降りた。
私とは反対に母は、「こんな時間に危ないよ」とそのようなことを何度も口にした。しかしKくんは頑《がん》として譲らず、ふたたび車に乗ることはなかった。ただじっとその場に突っ立って、私たちの車を見つめるだけ。その眼差しは、私の胸に変な罪悪感のようなものを抱かせた。
車が出発してすぐ、Kくんの姿は、ふっと闇にまぎれて見えなくなった。まるで幻影だったかのように。
夏休みが明け、学校が再開した。
新学期が始まったその日、登校してすぐ、友達に夏祭りの出来事を話した。ひと盛り上がりすると思い、Kくんの挙動がおかしかったことを強調した。
すると、その友達も同じ夜にKくんらしき人物を目撃したという。
「Kくんさあ」
と友達は興奮ぎみに言った。
「浴衣を着ててね、それがもうボロボロで色褪せててさ、なんか可哀想だなーって思っちゃったよ」
私は当惑した。
「浴衣なんて、着てたっけ?」
なるべく表情を変えずに聞き返した。間違いなく、Kくんは私服姿だったはず……。
「ある意味すごく目立ってたから、よく覚えてるよ私! あの浴衣、お父さんのおさがりなのかなあ……もしかしたらおじいちゃんのおさがりってことすら、ありえるよ!」
じっと汗ばむのを感じた。私だってKくんと遊んでいたのだからよく覚えているが、Kくんは絶対にティーシャツを着ていた。きっと、友達が人違いをしているのだと思った。
ところが、私たちの話を聞いていたほかの友達が話に加わってきて、事態はより妙なことになった。
「待って待って! あたしもKくんのこと見かけて、ちょっとだけ会話したよ! タンクトップ姿で、お母さんにしては若い女の人と一緒にいた!」
私はゾッとした。
私が一緒にいたKくんは、タンクトップや浴衣なんか着ておらず、ティーシャツ姿だったし、若い女性の連れなんてもちろんいない。何度か着替えているとは思えないし、Kくんは兄弟もいないので、たまたま似た人物が複数人いたとは考えがたい。
私はその謎めいた出来事について考え込んだ。なぜ、Kくんが同時多発的に夏祭りに出現するなどという奇妙な出来事が発生したのだろう?
こうなったら、Kくん本人に聞くしかない……
しかし、Kくんは二度と、私たちの学校に登校してこなかった。
担任の先生によれば、夏休み中、彼は遠く離れた他県の学校に転校したとのことだった。しかも、それは夏休みに入ってすぐ──祭りの日よりもずっと前に。
ならば、Kくんはあの日、わざわざ他県から夏祭りにやってきたのだろうか?
だとして、あのときKくんが車から降りた場所……あの廃墟はなんだったのか? 他県まで送ってもらうわけにはいかず、仕方なくそこで降りただけなのか?
それに、複数のKくんが出現したことについては、一体どういうわけだろう?
謎は最後まで解決しなかったのだが、それから十数年後の成人式で、驚愕の知らせを聞いた。当時の担任の先生から聞いたのだが、どうやらKくんはすでに亡くなっているらしいのだ。なぜ亡くなったのか、いつ亡くなったのか、詳しいことはわからないという。だが私は、もしかして引っ越してすぐのことだったのではないかと、ひそかに思っている……。
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