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ひとつめの国
52.読心
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わたしが第三王子のことを言い当ててから、両親はさらに神経質になって、むやみに”眼”で外のことを見てはいけないと何度も言い含めた。
わたしは仕方がないので、屋敷の中を隅々まで見て構造を学んだり、大気中の細菌や微粒子を観察したりして過ごした。
しかしたまにそれだけでは我慢できなくなって、少しだけ外を見てしまうこともあった。もちろん、知られれば叱られると分かっているので、家族に話すことはなかったが。
その頃になると、姉の社交界デビューも近づいて来て、両親はさらに金策に忙しくしていた。また、それと同時に、貴族の子息令嬢が通う王都の学園への入学も迫っているため、姉も勉強で忙しくなり、わたしの所に顔を見せに来る頻度はかなり下がってしまった。
兄についても、跡取りとしての教育が年々本格化しているので、もともとそれ程会いに来られるわけではなかったので、わたしはほとんどの時間を侍女長と一緒に過ごした。
彼女は本当に物静かで表情も乏しい。わたしはなんとか侍女長を真顔以外の表情が見たいと思い、イタズラを仕掛けたり、容姿や仕事を褒めてみたりした。
けれど侍女長の表情に変化はなく、イタズラには一度も引っかかってくれないし、容姿を褒めれば「ありがとうごさいます」と軽く躱され、仕事について褒めれば「とんでもないことです」と流された。
わたしは、全く感情を表に出さない侍女長が、いつもどんなことを考えているのか知りたいと思った。
『きっと、ご家族が忙しくされていて、寂しい思いをされているのでしょうね』
侍女長を見ていると、ふと、彼女の思っていることが映像となって頭の中に流れ込んで来た。
『まだこんなに幼くていらっしゃるのに、おかわいそうに…』
『でも、私ではその寂しさをお慰めすることはできない』
『少しでも、不自由がないように支えて差し上げられたら…』
次々と頭に流れ込んで来るのは、どれもわたしを心配する感情ばかりで、胸の中がじんわりと温かなった。
無表情の裏に隠された、侍女長の優しさが嬉しくて、わたしはにっこり笑った。
「じじょちょー、いつもありがと!じじょちょーのおかげで、わたし、さみしくない!」
満面の笑みで日頃の感謝の気持ちを伝えると、侍女長は目を丸くした。ほんの少しだけ、その目が潤んだような気がしたが、一瞬のことで、またすぐにいつもの無表情に戻ってしまった。
「そのようなお言葉をいただけて、至福の思いです」
侍女長のその言葉に、彼女の心の声が重なった。
そんな嬉しい思い出があったから、わたしはたまに、侍女長や家族の心を覗くようになった。
父と兄が王都に長期で出かけていたある日。その日も二人の心を見て、本心と全く違うことを言っているのが気になって、どうして嘘を吐くのかと聞きたくなったのだ。
嘘は悪いことだと、皆言っていたから。
しかし、何故嘘を吐くのか問いかける前に、二人の凍りついた表情を見てわたしは口を閉じる。
「……そんなことはないわ」
「でも……」
「勘違いよ」
母はそう言うと、机に広げていた書類をまとめて、席を立つ。
「じゃあ、わたくし、この後も仕事があるから、もう行くわね」
「……わ、わたくしも、お勉強しなくては」
姉も、少し気まずそうに席を立つと、部屋から出て行ってしまう。わたしは侍女長と二人そこに取り残される。
わたしは、さっきまで家族で楽しく過ごしていたのに、急に二人ともいなくなってしまって、その落差に酷く寂しい気持になった。
「お嬢様……」
心配そうな表情を浮かべて侍女長が声をかけてくる。彼女がこんなに分かり易く感情を表に出すのは珍しい。
それ程まで心配されるような顔をしているのだろうかと、自分の顔を”眼”で見て確認すると、確かに情けない表情をしていた。
わたしは、侍女長に心配をかけないように、口角を上げて笑みを浮かべる。
「ふたりとも、すごくいそがしいみたい」
さようでございますね、と返した侍女長はいつもと同じ無表情なのに、なんだか悲しげに見えた。
この時のわたしはあまりにも幼過ぎて、まだお風呂もトイレも侍女長に手伝われながらしていたくらいで、プライバシーも隠したいことの一つもなく、母や姉がどうしてあのように急に取り乱したのか理解できなかった。
ただ、わたしの言ったことで母も姉も気分を害したということだけは何となく察していた。
しかし根本の原因が分かっていないわたしは、彼女たちが怒った理由が知りたくて、さらに心を覗くようになった。
母と姉はあれからわたしに会いに来ることがめっきり減ってしまった。二人ともただ忙しいだけかもしれないが、会いに来ても、以前のようにわたしの目を見ることはなくなった。
それどころか、わたしの視界に入らないようにしているような気がする。
わたしはそんな二人を見ると、なんだか心の中を知るのが怖くなってしまって、二人の心だけは見ることができなかった。
必死にいつも通りにしようとしていても、どうしてもぎこちなく、わざわざ”眼”で見なくても何となく二人が無理をしているのが分かる。
わたしはそれでも、今までも小さなケンカや言い合いをした経験があったので、時間が経てばまた以前のように屈託なく接してくっるようになると信じていた。
わたしは仕方がないので、屋敷の中を隅々まで見て構造を学んだり、大気中の細菌や微粒子を観察したりして過ごした。
しかしたまにそれだけでは我慢できなくなって、少しだけ外を見てしまうこともあった。もちろん、知られれば叱られると分かっているので、家族に話すことはなかったが。
その頃になると、姉の社交界デビューも近づいて来て、両親はさらに金策に忙しくしていた。また、それと同時に、貴族の子息令嬢が通う王都の学園への入学も迫っているため、姉も勉強で忙しくなり、わたしの所に顔を見せに来る頻度はかなり下がってしまった。
兄についても、跡取りとしての教育が年々本格化しているので、もともとそれ程会いに来られるわけではなかったので、わたしはほとんどの時間を侍女長と一緒に過ごした。
彼女は本当に物静かで表情も乏しい。わたしはなんとか侍女長を真顔以外の表情が見たいと思い、イタズラを仕掛けたり、容姿や仕事を褒めてみたりした。
けれど侍女長の表情に変化はなく、イタズラには一度も引っかかってくれないし、容姿を褒めれば「ありがとうごさいます」と軽く躱され、仕事について褒めれば「とんでもないことです」と流された。
わたしは、全く感情を表に出さない侍女長が、いつもどんなことを考えているのか知りたいと思った。
『きっと、ご家族が忙しくされていて、寂しい思いをされているのでしょうね』
侍女長を見ていると、ふと、彼女の思っていることが映像となって頭の中に流れ込んで来た。
『まだこんなに幼くていらっしゃるのに、おかわいそうに…』
『でも、私ではその寂しさをお慰めすることはできない』
『少しでも、不自由がないように支えて差し上げられたら…』
次々と頭に流れ込んで来るのは、どれもわたしを心配する感情ばかりで、胸の中がじんわりと温かなった。
無表情の裏に隠された、侍女長の優しさが嬉しくて、わたしはにっこり笑った。
「じじょちょー、いつもありがと!じじょちょーのおかげで、わたし、さみしくない!」
満面の笑みで日頃の感謝の気持ちを伝えると、侍女長は目を丸くした。ほんの少しだけ、その目が潤んだような気がしたが、一瞬のことで、またすぐにいつもの無表情に戻ってしまった。
「そのようなお言葉をいただけて、至福の思いです」
侍女長のその言葉に、彼女の心の声が重なった。
そんな嬉しい思い出があったから、わたしはたまに、侍女長や家族の心を覗くようになった。
父と兄が王都に長期で出かけていたある日。その日も二人の心を見て、本心と全く違うことを言っているのが気になって、どうして嘘を吐くのかと聞きたくなったのだ。
嘘は悪いことだと、皆言っていたから。
しかし、何故嘘を吐くのか問いかける前に、二人の凍りついた表情を見てわたしは口を閉じる。
「……そんなことはないわ」
「でも……」
「勘違いよ」
母はそう言うと、机に広げていた書類をまとめて、席を立つ。
「じゃあ、わたくし、この後も仕事があるから、もう行くわね」
「……わ、わたくしも、お勉強しなくては」
姉も、少し気まずそうに席を立つと、部屋から出て行ってしまう。わたしは侍女長と二人そこに取り残される。
わたしは、さっきまで家族で楽しく過ごしていたのに、急に二人ともいなくなってしまって、その落差に酷く寂しい気持になった。
「お嬢様……」
心配そうな表情を浮かべて侍女長が声をかけてくる。彼女がこんなに分かり易く感情を表に出すのは珍しい。
それ程まで心配されるような顔をしているのだろうかと、自分の顔を”眼”で見て確認すると、確かに情けない表情をしていた。
わたしは、侍女長に心配をかけないように、口角を上げて笑みを浮かべる。
「ふたりとも、すごくいそがしいみたい」
さようでございますね、と返した侍女長はいつもと同じ無表情なのに、なんだか悲しげに見えた。
この時のわたしはあまりにも幼過ぎて、まだお風呂もトイレも侍女長に手伝われながらしていたくらいで、プライバシーも隠したいことの一つもなく、母や姉がどうしてあのように急に取り乱したのか理解できなかった。
ただ、わたしの言ったことで母も姉も気分を害したということだけは何となく察していた。
しかし根本の原因が分かっていないわたしは、彼女たちが怒った理由が知りたくて、さらに心を覗くようになった。
母と姉はあれからわたしに会いに来ることがめっきり減ってしまった。二人ともただ忙しいだけかもしれないが、会いに来ても、以前のようにわたしの目を見ることはなくなった。
それどころか、わたしの視界に入らないようにしているような気がする。
わたしはそんな二人を見ると、なんだか心の中を知るのが怖くなってしまって、二人の心だけは見ることができなかった。
必死にいつも通りにしようとしていても、どうしてもぎこちなく、わざわざ”眼”で見なくても何となく二人が無理をしているのが分かる。
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