上 下
56 / 58
ひとつめの国

51.千里眼

しおりを挟む
 優しい家族に可愛がられ、不自由ながらもわたしは三歳になるまですくすくと育った。よ
 たくさん話しかけてくれる家族のおかげもあって、二歳頃から徐々に言葉を覚え始め、この頃には多少たどたどしさはあるが、ほとんど問題なく会話ができるようになっていた。
 わたしが舌っ足らずに話しかけると両親も兄姉も喜んでくれるので、わたしはそれが嬉しくてたくさん話しかけた。
 常にカツカツの家計をやりくりし、未来への不安に頭を悩ませている家族達は、噛みそうになりながら懸命におしゃべりするわたしを微笑ましく思い、その姿に癒されていたようだった。
 しかしわたしの生活圏は非常に狭く、ある時ふと、同じような話ばかりしていることに気付く。

 何かもっと、新しい、家族を楽しませられるような話をしてみたい。

 わたしが外の世界に興味を持ったのは、それがきっかけだった。
 そうしてわたしは度々、脱走を企てるようになったのだが、侍女長のガードが堅く、一度たりとも外に出ることはかなわなかった。

「お嬢様、窮屈な暮らしを強いているのは、私も心苦しく思っております。しかし、全てはお嬢様をお守りするためなのです。お嬢様のその瞳は大変貴重で、もしも悪人に見つかれば誘拐されてしまうかもしれません。……ご家族と一緒に暮らせなくなってもよろしいのですか」

 侍女長は常に余計なことは喋らず、表情にもほとんど変化がないが、その忠告が心からわたしを案じてのことだと分かった。

「じじょちょーとも一緒じゃなくなる?」
「……はい」

 侍女長はそのようなことを聞かれるのは思っていなかったらしく、ほんの僅かだが驚いたように目を瞠った後、すぐにいつもの調子で静かに返事をした。
 わたしは、家族や、いつも世話をしてくれる侍女長と離れ離れになるのが嫌で、外に脱走しようとするのを止めた。
 しかし当初の目的を忘れたわけではない。
 家の中に居ながら、どうにかして外のことを知ることができないだろうか。もっといろんなものを見て、いろんなことが知りたい。
 そう思った瞬間、わたしの視界が一瞬にして大きく広がって、壁や建物に阻まれて見えないはずのもの、小さすぎて肉眼では視認できないはずのもの、とにかくありとあらゆるものが突然見えるようになって、そのあまりの情報量に頭がパンクしてしまい、わたしの意識はプツンと途切れた。
 その後一週間ほど熱を出して寝込んで、起きたとたんにまた”眼”を使って外を見ようとして倒れた。
 そんな生活を半年ほど続けると、徐々に倒れる回数が減って寝込む日数も短くなっていく。

「急に寝込むようになった時はどうなる事かと心配したけど、最近はだんだん良くなってきたようね」
「大丈夫だ、きっと元通り元気になれるからな」

 医者に診せても、いつも知恵熱と診断されてしまって、両親は段々と医者を呼ばなくなっていった。医者の診断は大体あっているのだが、ただの知恵熱がこれほど続くものかと、信じられなくなってしまったのだ。
 両親や兄姉にはかなり心配をかけてしまったが、最近はわたしも”眼”を使うのに慣れてきて、倒れることも減ってきたのでこれ以上家族を不安にさせることはないだろう。

「おかーさま、おとーさま、とおくにあるおーきなおしろで、あかちゃんがうまれたよ」
「あら、また夢の話?」
「ゆめじゃないよ?」

 わたしは少しでも家族を元気づけようと”眼”で見たことを色々話した。しかし両親も兄姉も、空想や夢で見たことを話していると思って、本気にすることはなかった。

「はははっ、そうだな!夢じゃない」
「その子は、男の子?女の子?」
「んーと、おにーちゃんとおなじ」
「男の子ね」

 わたしは両親が質問を返してくれたことが嬉しくて、遠く離れた場所で生まれた赤ん坊にについて、特徴を詳しく
 説明した。

「あかるいきんいろのかみ、ゆうやけみたいにあかいめ……なまえは、じぇれみあ!」

 楽しそうに話すわたしに、両親は理想の王子様でも妄想しているのだろうと、その時は微笑ましく思っていた。
 しかし、その後、王宮から第三王子ジェレミアの誕生が発表されると、両親はもう笑っていることなどできなかった。
 生まれてこの方、わたしが一度も屋敷を出たことがないことを、両親は誰よりも知っている。それなのに、ずっと部屋の中に居ながら、生まれるまでずっと秘密にされていたはずの第三王子の既に知っていたのだ。それも名前まで言い当てた。
 もちろん両親はわたしが生まれた時に司祭に言われたことを覚えていた。それでも、あれは大げさに言っているであって、例えば地中に鉱脈が埋まっていたとして、近くまでいかなければ見つけることなどできないだろうと思ていた。いくらなんでも、ここから王都程離れている場所のことまで見ることができるとは、考えもしなかったのである。
 ”神の愛し子”のことを聞いて、我が子の身を心から案じてはいても、どこか”見抜く眼”のことを軽く見ていたのかもしれない。
 否、大変なものだと言うことは分かっていても、自分の常識の範囲内でしか想像できなかったのである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

陰キャラモブ(?)男子は異世界に行ったら最強でした

日向
ファンタジー
 これは現代社会に埋もれ、普通の高校生男子をしていた少年が、異世界に行って親友二人とゆかいな仲間たちと共に無双する話。  俺最強!と思っていたら、それよりも更に上がいた現実に打ちのめされるおバカで可哀想な勇者さん達の話もちょくちょく入れます。 ※初投稿なので拙い文章ではありますが温かい目で見守って下さい。面白いと思って頂いたら幸いです。  誤字や脱字などがありましたら、遠慮なく感想欄で指摘して下さい。  よろしくお願いします。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

処理中です...