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ひとつめの国

50.過去

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 わたしの”眼”については、家族全員が知っていた。否、知っているつもりだった。
 貴族の子どもが生まれると、信用できる聖職者を屋敷に呼び、その子どもの真名を見てもらう。
 真名とは、その人間の魂に刻まれた名前で、その人物の性質や特性を表すことが多い。真名を見るには、先天的に持つ才能と、特殊な収れんが必要である。
 聖職者には、真名を見ることができるよう修行を積んでいるものが多くいて、平民の子供なら七つになる年に最寄りの教会でまとめて見てもらう。
 貴族は早くからその子の特性に合わせて教育方針を決めるため、生まれてすぐに真名を確認するのだ。
 わたしの真名を見に来たのは、懇意にしている教会の司祭だった。
 司祭はわたしの瞳を見た瞬間、驚愕に目を見開き、魂を見て真名を確認すると、もう腰を抜かさないようにするだけで精一杯だった。

「この子は……」

 顔中に汗をかいて、ブルブルと肩を震わせている司祭に、両親は不安になってしまい、恐る恐る訪ねた。

「司祭……この子の真名に何か問題があるのか……?」
「いいえ、とんでもない。この子は神の愛し子に違いありません……!」

 予想外の答えに両親は面食らった。
 この国で王に認められている宗教はただ一つだけだ。なんだったか、ナントカ教……ああ、ダメだ。全く思い出せない。
 たしか多神教で、幾柱もの神がいたはずだ。わたしは全く神や宗教というものに興味が無いので、どこかで名前は聞いたような気がするが、欠片も記憶に残っていない。
 司祭が言うことには、わたしはそのナントカ教の数いる神の中の何某かに愛され生まれてきた子どもらしい。

「神が授けし金色の瞳は、この世の全てを見抜くことができる」

 教会に古くからある聖典にそのように記載があるらしい。両親は突然、自分達の娘がそのように特別な存在だと言われて、信じられない気持ちでいっぱいだった。
 しかし、自分達の大切な娘が神にも愛されていると考えると、とても喜ばしいことのようにも思えた。
 だんだん嬉しそうに微笑みだした両親に、司祭は顔を強張らせて忠告した。

「この子の瞳は、見ようと思えば何でも見ることができる。遠く離れた場所、隠し財産の在処、地中に眠る鉱脈……」
「それは……」
「ええ、全てを見抜く眼は莫大な富を生む……。もし世間に知れ渡れば、それだけ悪用しようという輩に狙われることになるでしょう」

 司祭は、わたしを守りたくば”眼”について知られないようにと言った。
 しかしわたしの瞳はこの世に二つとないほど美しく輝く金色で、非常に人目を引く。自画自賛でなく、ただ目を開けているだけでどうしても目立ってしまうのだ。
 目立てばそれだけわたしについて嗅ぎまわる人間も増える。
 両親はわたしの人生に関わることを簡単に決めることはできず、とりあえず、わたしのお披露目の歳までは世間から隠して育てることにした。
 没落寸前ということもあり、もともと、使用人は最低限しかいない。皆、何とか財政を立て直そうと懸命に働く両親たちの人柄に惚れ込んでいて、信頼のおける者ばかりだ。
 その中でも一番長く勤めている、侍女長にだけわたしの”眼”について話し、世話を一任した。侍女長以外の使用人には、わたしは病弱で多くの人間と会うことはできないと説明して、わたしには近寄らないように言い聞かせた。
 わたしは決まったエリアから出ることは許されず、家族以外だと侍女長だけがわたしの暮らすエリアに入ることを許されていた。
 好奇心旺盛だったわたしはよくそのエリアの外に出ようとしていたが、わたしの世話役兼お目付け役の侍女長が非常に有能な人物で、一度たりとも脱走が成功したことはなかった。
 窮屈な生活を強いられるわたしを家族は皆かわいそうに思っていて、勉強や仕事の合間を縫って、まめにわたしに会いに来てくれたので、寂しい思いをすることはなかった。

「本当に綺麗な瞳ね……」
「ああ……お祖母様の宝石にも、こんなに魅力的な輝きのものはなかったよ」

 わたしの目を見つめて、兄も姉もよく綺麗だと褒めてくれた。特に綺麗なものが大好きな姉は、わたしの目に釘付けになってうっとりしていた。
 貴族とは思えないほど貧乏な生活だったので、姉は宝石などほとんど見たことがなかった。兄は、小さい時はまだ祖母存命していたので、彼女が後生大事に身に付けていたたくさんの宝石たちを見たことがあったが、姉が物心ついた時には既に祖母は亡く、たくさんの宝石も金に換えられた後だった。
 姉はきらびやかに着飾ったりすることに憧れがあったが、金策に苦労している両親を見て、子ども心に我儘は言えないと思ったのだろう。一度たりとも、何かを買ってほしいとねだることはなかった。
 しかし、心の中まで偽ることはできない。可愛らしい洋服や綺麗なアクセサリーへの、叶うことない憧れを少しでも癒すため、毎日のようにわたしの目に見惚れた。
 兄は、そんな姉のことを見て切なく思い、よく分からないままに閉じ込められて生活するわたしにも、常に憐憫の目を向けた。
 とはいえ兄だって、姉と同じくらい我慢して、領地や我が家の将来のために日夜勉強に励んでいるし、両親もわたし達にできるだけの教養を身に付けさせようと、仕事の合間に勉強を見て、必要だと判断した本は自分達の食費を削ってでも買い与えてくれる。
 皆自分のことを後回しにして、家族のことばかり考えてしまう者ばかりなのだ。
 貴族としての贅沢な暮らしは経験できなかったが、わたしは本当に家族には恵まれたいたと思う。
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