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ひとつめの国

41.王都

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 あらから一週間と数日が過ぎ、明日の夕方には王都に着く予定だ。旅は驚くほど順調で、盗賊が襲ってきて以来、特に何のトラブルもなく日々が過ぎた。
 風邪を引いていた青年も、次の日にはすっかり良くなり、看病してもらった分を取り戻そうと元気に働いている。
 大した怪我人は出なかったが、サンプルにと配っておいた下級回復薬も非常に好評で、それもあって商人との話もかなり弾んだ。
 商人組合の薬師部門によく使う薬の調合書は提出してあるので、それが広まればわたしの薬は一般的なものになるだろうが、先駆けて販売できるというのは強みになる。さらに調合書を提出してない、染髪剤や、美容用品などはこの国での専売契約を結ぶこともできる。
 商人達はわたしの持っている商品にかなり興味を持ってくれたので、王都に着いた後、また改めて詳しく商談をしようということになった。
 今は最後の晩餐とばかりに、盗賊達が最低限の保存食を食べている横で、商人や冒険者がマーレのつくった料理を名残惜しそうに味わっていた。

「はあ、この料理も明日の朝食を食ったら終わりか……」
「名残惜しい限りですな……」

 確かに、彼らにとってはこの依頼が終わればマーレの料理を食べる機会はそうそうないだろう。明日中に王都に着くため、朝食後はほぼ休憩を取らずに進む予定だ。朝食はそこまでこった物は作らないので、これが最後の晩餐と言っての過言ではない。そう思えば、いつもより少しでも長く味わおうと、いつまでもスプーンを口に含んでしまう気持ちの分からなくもない。
 わたしはこれからも毎日マーレのご飯を食べることができることに、もっと感謝すべきかもしれないと思いながら、いつも通りの時間で夕食を食べ終えた。

「ごちそうさま。美味かったよ」
「うん」

 マーレも既に食べ終わっていて、二人で一足先に食器や鍋の片付けを始める。マーレは何故かご機嫌で皿を洗っていて、そんなに片付けが楽しいのだろうかと首を傾げた。

「じゃあ皆さん、今日は夜番なので先にわたし達は先に下がらせてもらいます。洗った食器はこの籠に適当に干しておいてください」

 今日も夜中から朝までの夜番なので、ゆっくりと夕食を味わっている冒険者と商人に挨拶をして寝床に着いた。



 明くる日の夕方、地平線に王都の巨大な城壁が見えてくる。王都というだけあって、今までの街よりその壁はずっと高くて堅牢そうだ。
 さらにわたしの”眼”には、非常に重たそうな門の前に、夕方だというのにたくさんの人だかりができているのが映った。

「さすが王都。貴族の関係者だけでこんなに混雑するとは」

 そうつぶやくと、マーレが訝し気に首を傾げた。

「確かに王都は集まる貴族の数も段違いだが、この時期にこんなに混雑するだろうか……」
「マーレは以前ここを通ったことがあるのか?」

 ふと気になってそう聞けば、何故か少し気まずそうに頷く。

「うん……。でも、以前はこんなに混雑していなかった」
「何かトラブルがあったのかもしれないな」

 不穏な雰囲気に人だかりに”眼”を凝らして唇を読み、会話の内容を探った。

『王の森で大規模なスタンピードの兆候がある』
『周辺の領主に至急応援要請を』
『時間がない』
『もし防げなければ被害は甚大だぞ』

 読み取れた中で重要そうなのはこのくらいか。
 ”王の森”とは王宮が管理している危険な魔物や珍しい植物などが生息する森で、普段は限られた冒険者しか入れない禁足地である。
 わたしも王都に行った際はぜひ立ち入ってみたいとチェックしていた場所だ。しかし、入るための条件が非常に厳しく、これは合法で入るのは難しいかと法を守ることを半ば諦めていたのだ。

「ふむ、もう忍び込むしかないかと思っていたが、これは上手くすれば合法で入れるかもしれないぞ?」

 王都にとっては不幸な事でもわたしにとっては良い機会かもしれない、とほくそ笑みながら情報収集を続ける。

『Aランク冒険者までの立ち入りを許可』
『Aランク以上の冒険者が身元と実力を保証した冒険者の同行も許可』
『二週間以内にスタンピードが起こると予想される』

 スタンピードとは魔物が増えすぎて、食料や住処が足りなくなり、新たなエサやナワバリを求めて森やダンジョンを飛び出して近隣の村や町を侵攻してしまうことをいう。
 基本的にはそうならないように、定期的に冒険者や騎士団などが間引きを行っているが、それでも媽祖濃度の上昇などによって急激に魔物が増加し、防ぎきれない場合もある。
 そうしてスタンピードが起こった場合は、冒険者や騎士団など、できる限りの戦力を集結させて被害が出ないように、あるいは最小限で済むように対処するのだ。
 今回はかなり突発的で時間がないようで、森への立ち入り制限を一時的に緩めるようだ。

「今までは保留していたが、これを機に冒険者として登録してみようか」
「うん。ラウムなら余裕」

 いや、余裕は余裕なのだが、盲目の冒険者って達人感があってかなり目立ってしまうのではないだろうかと、そこをためらっていたわけで……。
 まあでも、身分証はすべて提示する義務はなく、例え商人組合と冒険者組合、両方の登録証を持っていても、どちらか一方を提示すればいいのだ。
 ならば、今回のようなときのために冒険者登録しておくのも悪くないのかもしれない。
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