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ひとつめの国

39.盗賊

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 マーレから預かっていた粥を手渡して一回分の薬を処方する。
 青年が粥を食べている間に、他のみんなで出発の準備を進め、馬車の一つに人が寝られるスペースを作る。
 薬を飲み終わった青年を馬車に寝かせると、予定通りに出発した。
 今日は彼を看病するために、猫目には大剣の乗っている馬車に乗ってもらい、わたしとマーレが乗っている馬車に青年が乗っている。
 実はもともと猫目は大剣と一緒の馬車に乗る予定だったのだが、大剣があまりにも体格が良く、かなり窮屈な思いをするため猫目が嫌がり、それならわたしと交代しようと提案するも、今度はマーレが猛反対。
 話し合いの末、わたし達三人が一緒に乗るということで落ち着いたのだ。
 しかし、本日体調不良者が出てしまったため、猫目には多少窮屈でも我慢してもらうほかなくなってしまった。
 猫目は非常に嫌そうな顔をしていたが、マーレと大剣では二人とも嵩張り過ぎて、同じ馬車に乗るのは難しい。それが分かっているので、不服そうにしていても猫目が不満を口に出すことはなかった。
 しばらく進むと、薬が効いてきたらしく、少し呼吸が静かになって険しかった表情が和らいだ。馬車に揺られていては、なかなか安らぐのは難しいだろうが、わたし特製の酔い止めがあればだいぶ楽になるはずだ。副作用で眠くなってしまうが、今の体調ならば眠ってしまったほうがいいだろう。

「この道なら揺れも少ないし、そう長引くことはないだろう」
「ラウムの薬ならどんな道でも関係ない」
「フフン、まあ否定はしない」

 マーレに煽てられ、気分良く胸を張る。たまに青年の容態を診たりしながら馬車に揺られ、小一時間ほど進んだころ、探知用に広げている視界の中にいかにもな雰囲気の怪しい男たちが入り込んだ。

「二キロ前方に盗賊っぽい奴らがいるぞ。人数は……二十三人、全員男だ」

 マーレにだけコソッと伝えると、小さく頷いて緊急連絡用の魔道具で全員に情報を伝えた。
 まだあまりにも距離があるため、ほとんどの商人と冒険者が戸惑った反応を見せる。

「分かった。どこで嗅ぎつけたのかしらねえが、先手を取るチャンスだ。各自戦闘準備を」

 しかし、大剣は何となく気配を察知できるのか、まったく疑う様子はなく、淡々と準備に取り掛かる。その様子を見るともう誰も疑うものはなく、次々と戦闘準備を整えていった。
 どうやってこの道に入り込んだのかは不明だが、悪意がまったく隠せていないことからも、敵にそれほどの手練れはいないようだ。
 馬車での二キロなどあっという間で、準備や連携の最終確認が終わるころには、道を塞ぐ男達が目視できる距離まで近づく。

「一、二、三……本当にピッタリいる!すごい!」

 何人かが感嘆の声をもらすと同時に、盗賊達が声を張り上げて降伏勧告する。

「おい!羽振りがいいわりにずいぶん守りが手薄じゃねえか!」
「悪いことは言わねえから降伏しとけ!そうすりゃ俺達も乱暴しねえからよ!」

 降伏とは、金品や食料などを明け渡す代わりに、身の安全を保障してもらうという取引だ。盗賊が、護衛が対応できる人数を明らかに越しているような場合は、降伏という選択をすることもある。
 普通なら護衛の人数に対して二倍以上の盗賊がいた場合は即降伏するが、今回に限っては大剣という規格外の戦力がいるため、まったく降伏する必要はない。
 あの程度の人間が何人束になろうとも相手になろうはずもないのだから。

「油断してるうちにこっちから仕掛けるぞ」

 魔道具を使って冒険者達に指示を出していく。全員が了解の返事をすると、後衛陣が一斉に攻撃を仕掛け、前衛陣が飛び出す。
 矢や、攻撃魔術が身体に当たると、盗賊達は予想以上の総攻撃に一瞬ひるむが、流石に二倍の人数がいて負けはしまいと、強気に反撃に出る。しかし、馬車の周りはしっかりと前衛陣が守っていて足止めを食らう。
 マーレ以外のCランク以下の冒険者は数の不利で多少苦戦しているが、鉄仮面と天パはさすがの実力で、数人を相手取っても涼しい顔だ。
 大剣は今はほとんど参戦しておらず、たまに前衛が捌ききれない敵を軽く小突いて転がしている。いかつい大男達も、大剣を前にすれば赤子同然の扱いだ。
 そんな混戦の中、マーレは淡々と矢を放って盗賊達の腕や脚をかする。

「ちょっと!さっきから何処狙ってんのよ!」
「…………」

 さっきから一本たりとも敵を射抜いていないことに痺れを切らし、猫目がマーレに向かって怒鳴る。
 それに対してマーレはまったくの無反応だが、代わりに大剣がマーレの矢がかすった盗賊達を指さす。

「よく見てみろ」
「何を……っ!」

 マーレの矢がかすった盗賊達は、次々と意識を失って倒れていく。

「毒矢……?」
「そんな物騒なものじゃない。ただの眠り薬だよ」

 唖然とする猫目に、のんきな調子で答えると猫目は悔しそうに唇を噛む。毒矢ならばかすっただけでも致命傷にできるため、弓の腕を補う目的で使うこと多い。しかし、眠り薬を使うということは、相手に致命傷を負わせたくないということ。つまり、マーレはあまり大きな矢傷を残さないようにわざとかするように、狙いを定めているわけだ。
 動いている相手に対して体の端を狙ってかすることは、急所を貫くより難しい。
 この戦闘方法はマーレの弓の腕とわたしの超強力な眠り薬ありきであるため、そう容易くは真似できないはずだ。
 それが分かっているから、猫目はすぐに見抜けなかった自分が悔しいのだろう。
 あらかた盗賊が片付くと、マーレはわたしを振り向いた。

「今日も誰も殺さなかった」
「うん、偉いぞ」

 ふす、と自慢げに鼻を鳴らすマーレの頭をポンポンと軽くたたいて労う。以前の仕事柄、数えきれない程の人間を殺してきたマーレだが、殺しを楽しむような残虐な性質ではない。
 それならば、必要もないのにこれ以上人間を殺させるようなことはしたくないと、綺麗ごとでもそう思ってしまうのだ。
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