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ひとつめの国
35.馬車
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隊商の馬車は全部で五台あり、先頭の二台をパーティ名はすでに忘れてしまったが五人組の若者が、真ん中の一台をこれまたパーティ名を忘れたが夫婦が、そして後尾の二台をマーレと猫目、大剣が護衛する。今は全員荷馬車の空いたスペースに乗っている。
道はよく整備されていて、地面が綺麗に均されていて馬車の揺れも小さく快適だ。小さい頃に奴隷商の馬車に乗ったきり、二度目の馬車だが、比べ物にならないくらいの乗り心地だ。
馬車自体の性能もそうだが、さすが貴族の関係者が使う道だけあっていつも使っている街道とは大違いだ。
「マーレは馬車に乗ったことはあるのか?」
「うん、何度か」
場所を節約したほうがいいとマーレが言うので、現在はマーレの膝の上に座りながらわたしは馬車に揺られていた。ルシアは走るのが楽しいらしく、馬車の横を並走している。ロスはわたしの肩の上だ。
「アンタ達……ホント距離感おかしいわよ」
「そうか?」
「お前が乗れるようにスペースを空けてやってるんだから文句言うな」
相変わらず、マーレは猫目に対してつっけんどんな態度で、猫目もそれに対してイライラしていて、わたしを挟んで剣呑な空気が漂っている。
マーレをギロリと睨んでいる猫目の気を少しでもそらそうと話しかける。
「猫目は馬車は初めてか?」
「ええ、マキャベリからこんなに離れること自体初めてのことだから」
「マキャベリ?」
「……さっきまでいた街の名前よ。知らなかったけ?」
そう言われてみれば、支部長がマキャベリ支部とか言っていたような気がする。……でも、神隠しは別の名前を言っていたような。どんな名前だったか全く思い出せないので気のせいかもしれないが……。
もしかすると、神隠しは思ったよりかなり昔の人間で、街の名前が変わっていたのかもしれない。
「アンタってホントぼんやりしてるわね」
「よく言われるよ」
「っていうか、ソイツには御者台に座ってもらえば?もう一人分のスペースがあるんだし」
そう猫目が提案すると今度はマーレがじろりと猫目を睨む。
「お前が行けばいいだろう」
「女同士のほうが気が楽だって言ってるのよ。そんなことも察せないわけ?」
「フン、他人のお前といるより、身内の俺と一緒にいたほうが気が休まるに決まっている。こんなこともわからないのか?」
またもやバチバチと火花を散らす二人。何故そうもケンカ腰なのか。むしろ仲がいいのかもしれない。
「まあまあ。わたしは護衛依頼を受けているわけではないからあまりスペースを取らないほうがいいだろうし、ちょっと暑苦しいかもしれないがここに座らせておいてくれ。…もしどうしても窮屈なようなら、屋根の上にでも移動するから」
「……別に、アンタがそこまですることないわよ」
猫目は女には多少優しいのか、それとも盲人のフリをしているわたしを心配してか、それ以上場所の移動について言及することはなかった。
「マーレも、足が痺れたらすぐに言ってくれ、すぐに移動するから」
「ラウムは軽いから大丈夫」
いくら軽かったとしても、ずっと人間を足に乗せていたら痺れると思うのだが……。意地を張っているのか、マーレはわたしの腹に手をまわしてぎゅっと力を込めた。
「ちょっと、アンタ女の子にそんな風にベタベタ触らないでよ。セクハラじゃないの」
「いや、別にそんな」
「いちいちお前の尺度でものを言うな。俺たちはこれが普通なんだ」
わたしが猫目を宥める前に、マーレが辛辣に言い返すと、これ見よがしにわたしの頬に頬を擦り付ける。何故そう、火に油を注ぐような真似をするのかそれを見た猫目は怒りのせいか顔を真っ赤にして悔しそうに唇を噛み、わたしの手を掴んで引っ張った。少し緩んでしまっていたマーレの手が外れると、そのまま正面に座っている猫目に倒れこみ、顔が柔らかな胸のふくらみに包まれる。おお、これはなかなか。
「少しスペースを空けてあげるから、やっぱりアンタこっちに座りなさい。そんなケダモノの上なんてやめておいた方がいいわ」
すると、グイッと再びマーレの腕の中に引っ張り戻され、先ほどより強く抱きしめられる。
「大丈夫かラウム。……痴女が気安く触るな。けがらわしいものをラウムに押し付けやがって」
「なっ……けがらわっ」
マーレのあんまりな言い草に、猫目は顔を赤くしてプルプルと震える。
「マーレ、女性にそんなことを言ってはダメだ。それに柔らかくて気持ちよかったぞ」
「っ!やわ……きもち……」
フォローしようと猫目の歳の割に立派な胸を褒めてやったのだが、男性の前でそんなことを言われたのが恥ずかしかったのか、猫目はさらに顔を赤らめて目元はなく寸前のように潤んでしまった。
良かれと思って言ったことだが、よくよく考えずとも失言だったかもしれない。
「バカッ!」
猫目は膝を抱えると、バッと顔を伏せてしまった。
またもやマーレは何故か勝ち誇った顔をして鼻を鳴らすと、後頭部に鼻を擦り付け、髪の毛をあむあむと食んで遊び始める。なんだか最近はもう幼児を通り越して動物のような甘え方をするようになってしまった。髪の毛なんて食んでもおいしくないだろうに、食感が癖にでもなったのだろうか。
まあ、髪くらいなら痛くもかゆくも無いので特に問題ないのだが、マーレには手を噛んだ前科があるのでその内またどこか身体を噛まれるのではないかと、内心冷や冷やしていたりする。
もし噛みそうな雰囲気を察知したら、未然に阻止できるように気を付けなければ。噛みちぎられるようなことはないと分かってはいても、やはり怖いものは怖いのだ。
道はよく整備されていて、地面が綺麗に均されていて馬車の揺れも小さく快適だ。小さい頃に奴隷商の馬車に乗ったきり、二度目の馬車だが、比べ物にならないくらいの乗り心地だ。
馬車自体の性能もそうだが、さすが貴族の関係者が使う道だけあっていつも使っている街道とは大違いだ。
「マーレは馬車に乗ったことはあるのか?」
「うん、何度か」
場所を節約したほうがいいとマーレが言うので、現在はマーレの膝の上に座りながらわたしは馬車に揺られていた。ルシアは走るのが楽しいらしく、馬車の横を並走している。ロスはわたしの肩の上だ。
「アンタ達……ホント距離感おかしいわよ」
「そうか?」
「お前が乗れるようにスペースを空けてやってるんだから文句言うな」
相変わらず、マーレは猫目に対してつっけんどんな態度で、猫目もそれに対してイライラしていて、わたしを挟んで剣呑な空気が漂っている。
マーレをギロリと睨んでいる猫目の気を少しでもそらそうと話しかける。
「猫目は馬車は初めてか?」
「ええ、マキャベリからこんなに離れること自体初めてのことだから」
「マキャベリ?」
「……さっきまでいた街の名前よ。知らなかったけ?」
そう言われてみれば、支部長がマキャベリ支部とか言っていたような気がする。……でも、神隠しは別の名前を言っていたような。どんな名前だったか全く思い出せないので気のせいかもしれないが……。
もしかすると、神隠しは思ったよりかなり昔の人間で、街の名前が変わっていたのかもしれない。
「アンタってホントぼんやりしてるわね」
「よく言われるよ」
「っていうか、ソイツには御者台に座ってもらえば?もう一人分のスペースがあるんだし」
そう猫目が提案すると今度はマーレがじろりと猫目を睨む。
「お前が行けばいいだろう」
「女同士のほうが気が楽だって言ってるのよ。そんなことも察せないわけ?」
「フン、他人のお前といるより、身内の俺と一緒にいたほうが気が休まるに決まっている。こんなこともわからないのか?」
またもやバチバチと火花を散らす二人。何故そうもケンカ腰なのか。むしろ仲がいいのかもしれない。
「まあまあ。わたしは護衛依頼を受けているわけではないからあまりスペースを取らないほうがいいだろうし、ちょっと暑苦しいかもしれないがここに座らせておいてくれ。…もしどうしても窮屈なようなら、屋根の上にでも移動するから」
「……別に、アンタがそこまですることないわよ」
猫目は女には多少優しいのか、それとも盲人のフリをしているわたしを心配してか、それ以上場所の移動について言及することはなかった。
「マーレも、足が痺れたらすぐに言ってくれ、すぐに移動するから」
「ラウムは軽いから大丈夫」
いくら軽かったとしても、ずっと人間を足に乗せていたら痺れると思うのだが……。意地を張っているのか、マーレはわたしの腹に手をまわしてぎゅっと力を込めた。
「ちょっと、アンタ女の子にそんな風にベタベタ触らないでよ。セクハラじゃないの」
「いや、別にそんな」
「いちいちお前の尺度でものを言うな。俺たちはこれが普通なんだ」
わたしが猫目を宥める前に、マーレが辛辣に言い返すと、これ見よがしにわたしの頬に頬を擦り付ける。何故そう、火に油を注ぐような真似をするのかそれを見た猫目は怒りのせいか顔を真っ赤にして悔しそうに唇を噛み、わたしの手を掴んで引っ張った。少し緩んでしまっていたマーレの手が外れると、そのまま正面に座っている猫目に倒れこみ、顔が柔らかな胸のふくらみに包まれる。おお、これはなかなか。
「少しスペースを空けてあげるから、やっぱりアンタこっちに座りなさい。そんなケダモノの上なんてやめておいた方がいいわ」
すると、グイッと再びマーレの腕の中に引っ張り戻され、先ほどより強く抱きしめられる。
「大丈夫かラウム。……痴女が気安く触るな。けがらわしいものをラウムに押し付けやがって」
「なっ……けがらわっ」
マーレのあんまりな言い草に、猫目は顔を赤くしてプルプルと震える。
「マーレ、女性にそんなことを言ってはダメだ。それに柔らかくて気持ちよかったぞ」
「っ!やわ……きもち……」
フォローしようと猫目の歳の割に立派な胸を褒めてやったのだが、男性の前でそんなことを言われたのが恥ずかしかったのか、猫目はさらに顔を赤らめて目元はなく寸前のように潤んでしまった。
良かれと思って言ったことだが、よくよく考えずとも失言だったかもしれない。
「バカッ!」
猫目は膝を抱えると、バッと顔を伏せてしまった。
またもやマーレは何故か勝ち誇った顔をして鼻を鳴らすと、後頭部に鼻を擦り付け、髪の毛をあむあむと食んで遊び始める。なんだか最近はもう幼児を通り越して動物のような甘え方をするようになってしまった。髪の毛なんて食んでもおいしくないだろうに、食感が癖にでもなったのだろうか。
まあ、髪くらいなら痛くもかゆくも無いので特に問題ないのだが、マーレには手を噛んだ前科があるのでその内またどこか身体を噛まれるのではないかと、内心冷や冷やしていたりする。
もし噛みそうな雰囲気を察知したら、未然に阻止できるように気を付けなければ。噛みちぎられるようなことはないと分かってはいても、やはり怖いものは怖いのだ。
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