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ひとつめの国
32.作り置き
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領主からの連絡が取れるまで、しばらくこの街に滞在することになったわたし達は、大人しく部屋に篭って各自作業を進めていく。
わたしは納品する薬や作り置きの薬の調合。マーレはそろそろなくなってしまう、すぐに食べられる料理の作り置きをしている。
実はマーレは本格的な業務用の魔導コンロを持っている。グリルやオーブンも着いている大きな魔導コンロだ。
わたしがいない時や、オーブンを使いたい時など、マーレはこのコンロを使っていて、いつもルシアの影に入れて持ち歩いていた。しかし一般的には持ち運びに適したものでは無いため、人目に着く場所では出せなかったのだ。
しかし今、部屋の中ならば人目を気にせず堂々と使える。
もちろん、周囲の迷惑にならないよう、防音・消臭のの術式を書き記した札を、部屋の至る所に貼っている。
元々森にいた時も、音や匂いに釣られて魔物が寄ってこないように、この札を使っていた。
つまり対策はバッチリというわけだ。加えてわたし達は掃除も大得意なわけで、この部屋に一切の痕跡を残すつもりは無い。
準備を終えると、各自作業に取り掛かり、没頭する。
薬研の音、包丁の音、鍋が煮える音、肉や野菜が焼ける音……。無言の部屋に、作業音だけが淡々と響く。
わたしの近くは薬の臭いが漂い、マーレの方は出来たての料理の匂いがしている。
集中して、まったく時間経過を気にしていなかったが、身体は正直者で、昼時になると料理の匂いを嗅ぎつけた腹が、ぐぅと空腹を知らせてくる。
そこにちょうどいいタイミングでマーレが昼食を持ってきた。
「ラウム、そろそろ昼食にしよう」
「ああ、わたしも腹が減っているようだ」
今日の昼食は赤猪のステーキピラフだ。ピリ辛の肉は厚く切って絶妙な加減で火入れされ、下のピラフは一度バターで炒めた後、骨の出汁が出たスープで炊かれていていい香りだ。
肉は臭みがなくて柔らかく、噛む度に脂の甘みが広がり、赤猪特有のピリッとした辛味がアクセントになっている。それがまた優しい味付けのピラフを進ませる。
そして箸休めのピクルスが、口の中をさっぱりさせてくれると、永久機関が完成するわけだ。
「美味いな!」
「うん」
四人でマーレの昼食に舌鼓を打った後は、また夜まで集中してひたすら作業を進める。
とはいえ、それほど根を詰める必要はないので、夕食を食べて風呂に入ったあとは、大人しく寝床で休む。あまり生活習慣を無闇に崩すのも良くないので、適度なところで切り上げて、また明日集中できるように、しっかりと睡眠をとる。
広々としているベッドも二人と二匹が乗れば、余白はそう多くない。
今日は後ろからマーレに抱きしめられた状態で、横になり、正面にルシア、その頭上にロスが乗っている。
しばらく他人と行動を共にしたせいか、人見知りなマーレはこのところ非常に甘えん坊で、隙あらば密着してくる。
今も耳の後ろに鼻を押し付けて、スンスンと匂いを嗅いでいる。
「……臭うか?」
「ううん」
いつもしっかり消臭に努めているので当たり前だと思いつつも、こっそり胸を撫で下ろす。
なぜ体臭がキツいと言われるのは、ブサイクだと言われるよりも傷つくのだろうか。
大丈夫だと思っていても、誰かに自分の匂いを嗅がれるのはドキマギしてしまう。
わたしはふいにクルッと身体の向きを変えると、目の前にあるマーレの首筋に鼻を寄せて、真似するように匂いを嗅いだ。
「うん、無臭だな」
「…………」
わたしの微妙な気持ちをマーレも分かってくれたのか、僅かに頭をそらすと、無言で固まった。
そうそう、そうだろう。ちょっとヒヤッとしてしまうだろう。
しかしマーレはすぐに気を取り直して、同じようにわたしの首筋にその高い鼻を擦り付けた。そうされると息がかかってくすぐったい。
それを嫌がって身体を離そうとするが、ガッチリと背中を抱え込まれていて少しも逃げられない。
「く、くすぐったい」
「うん、ガマンして」
「そんな無体な……」
情けない声を出すとマーレがくす、と笑った気配がして頬を両手で包んで顔を覗き込むが、すでにいつもどうりの無表情に戻ってしまっていた。
そのままじっと見つめると、マーレは眠たいのかとろりと目を細める。
そっと目もとを親指で撫でると、されるがままに瞼を閉じた。
「もうおやすみ」
そのまま軽く髪を梳いて掛け布団をかけてやり、わたしも目を閉じる。
「……おやすみ」
まどろみの中で、何やらモゾモゾしていたマーレが、一度布団を出ていく気配がした。
そろそろ暖かくなってきたし、少し寝苦しかったのかもしれない。いくらマーレが寂しがり屋だとしても、やはり次からはツインにした方がいいのではないかと、そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠り込んでいた。
「よし、これだけ作っておけばしばらくは大丈夫だろう」
ひたすら調合と料理に打ち込んで五日目。大量の作り置きを確保したわたし達は、ぐっとひとつ伸びをして息をつく。
今日は薬の納品に行ったあと、久々に外で食事しようかと話し合っていると、コンコンとドアがノックされた。
防音と消臭の対策はバッチリのはずだが、もしかしてここで好き勝手料理や調合をしているのがバレてしまったのかと内心ハラハラしつつ、平然を装ってドアを開ける。
「はい」
「お休みのところ失礼します。冒険者組合から手紙を預かっておりますので、お届けに参りました」
それを聞いて、合点がいった。
あの結界装置のことで、何かしら進展があったのだろう。
ドアの前にいた女性に軽く礼を言って手紙を受け取り、部屋に戻ってからマーレと一緒に手紙を読んだ。
「……領主と連絡が取れたみたいだな」
手紙にはその旨と、詳しい話をするために一度組合に来るようにと書いてあった。
手紙をマジックバッグに仕舞うと、納品のために用意しておいた薬箱を背負う。
「昼食を食べたら、冒険者組合に行こうか」
わたしは納品する薬や作り置きの薬の調合。マーレはそろそろなくなってしまう、すぐに食べられる料理の作り置きをしている。
実はマーレは本格的な業務用の魔導コンロを持っている。グリルやオーブンも着いている大きな魔導コンロだ。
わたしがいない時や、オーブンを使いたい時など、マーレはこのコンロを使っていて、いつもルシアの影に入れて持ち歩いていた。しかし一般的には持ち運びに適したものでは無いため、人目に着く場所では出せなかったのだ。
しかし今、部屋の中ならば人目を気にせず堂々と使える。
もちろん、周囲の迷惑にならないよう、防音・消臭のの術式を書き記した札を、部屋の至る所に貼っている。
元々森にいた時も、音や匂いに釣られて魔物が寄ってこないように、この札を使っていた。
つまり対策はバッチリというわけだ。加えてわたし達は掃除も大得意なわけで、この部屋に一切の痕跡を残すつもりは無い。
準備を終えると、各自作業に取り掛かり、没頭する。
薬研の音、包丁の音、鍋が煮える音、肉や野菜が焼ける音……。無言の部屋に、作業音だけが淡々と響く。
わたしの近くは薬の臭いが漂い、マーレの方は出来たての料理の匂いがしている。
集中して、まったく時間経過を気にしていなかったが、身体は正直者で、昼時になると料理の匂いを嗅ぎつけた腹が、ぐぅと空腹を知らせてくる。
そこにちょうどいいタイミングでマーレが昼食を持ってきた。
「ラウム、そろそろ昼食にしよう」
「ああ、わたしも腹が減っているようだ」
今日の昼食は赤猪のステーキピラフだ。ピリ辛の肉は厚く切って絶妙な加減で火入れされ、下のピラフは一度バターで炒めた後、骨の出汁が出たスープで炊かれていていい香りだ。
肉は臭みがなくて柔らかく、噛む度に脂の甘みが広がり、赤猪特有のピリッとした辛味がアクセントになっている。それがまた優しい味付けのピラフを進ませる。
そして箸休めのピクルスが、口の中をさっぱりさせてくれると、永久機関が完成するわけだ。
「美味いな!」
「うん」
四人でマーレの昼食に舌鼓を打った後は、また夜まで集中してひたすら作業を進める。
とはいえ、それほど根を詰める必要はないので、夕食を食べて風呂に入ったあとは、大人しく寝床で休む。あまり生活習慣を無闇に崩すのも良くないので、適度なところで切り上げて、また明日集中できるように、しっかりと睡眠をとる。
広々としているベッドも二人と二匹が乗れば、余白はそう多くない。
今日は後ろからマーレに抱きしめられた状態で、横になり、正面にルシア、その頭上にロスが乗っている。
しばらく他人と行動を共にしたせいか、人見知りなマーレはこのところ非常に甘えん坊で、隙あらば密着してくる。
今も耳の後ろに鼻を押し付けて、スンスンと匂いを嗅いでいる。
「……臭うか?」
「ううん」
いつもしっかり消臭に努めているので当たり前だと思いつつも、こっそり胸を撫で下ろす。
なぜ体臭がキツいと言われるのは、ブサイクだと言われるよりも傷つくのだろうか。
大丈夫だと思っていても、誰かに自分の匂いを嗅がれるのはドキマギしてしまう。
わたしはふいにクルッと身体の向きを変えると、目の前にあるマーレの首筋に鼻を寄せて、真似するように匂いを嗅いだ。
「うん、無臭だな」
「…………」
わたしの微妙な気持ちをマーレも分かってくれたのか、僅かに頭をそらすと、無言で固まった。
そうそう、そうだろう。ちょっとヒヤッとしてしまうだろう。
しかしマーレはすぐに気を取り直して、同じようにわたしの首筋にその高い鼻を擦り付けた。そうされると息がかかってくすぐったい。
それを嫌がって身体を離そうとするが、ガッチリと背中を抱え込まれていて少しも逃げられない。
「く、くすぐったい」
「うん、ガマンして」
「そんな無体な……」
情けない声を出すとマーレがくす、と笑った気配がして頬を両手で包んで顔を覗き込むが、すでにいつもどうりの無表情に戻ってしまっていた。
そのままじっと見つめると、マーレは眠たいのかとろりと目を細める。
そっと目もとを親指で撫でると、されるがままに瞼を閉じた。
「もうおやすみ」
そのまま軽く髪を梳いて掛け布団をかけてやり、わたしも目を閉じる。
「……おやすみ」
まどろみの中で、何やらモゾモゾしていたマーレが、一度布団を出ていく気配がした。
そろそろ暖かくなってきたし、少し寝苦しかったのかもしれない。いくらマーレが寂しがり屋だとしても、やはり次からはツインにした方がいいのではないかと、そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠り込んでいた。
「よし、これだけ作っておけばしばらくは大丈夫だろう」
ひたすら調合と料理に打ち込んで五日目。大量の作り置きを確保したわたし達は、ぐっとひとつ伸びをして息をつく。
今日は薬の納品に行ったあと、久々に外で食事しようかと話し合っていると、コンコンとドアがノックされた。
防音と消臭の対策はバッチリのはずだが、もしかしてここで好き勝手料理や調合をしているのがバレてしまったのかと内心ハラハラしつつ、平然を装ってドアを開ける。
「はい」
「お休みのところ失礼します。冒険者組合から手紙を預かっておりますので、お届けに参りました」
それを聞いて、合点がいった。
あの結界装置のことで、何かしら進展があったのだろう。
ドアの前にいた女性に軽く礼を言って手紙を受け取り、部屋に戻ってからマーレと一緒に手紙を読んだ。
「……領主と連絡が取れたみたいだな」
手紙にはその旨と、詳しい話をするために一度組合に来るようにと書いてあった。
手紙をマジックバッグに仕舞うと、納品のために用意しておいた薬箱を背負う。
「昼食を食べたら、冒険者組合に行こうか」
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