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ひとつめの国
27.出口
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一階層の桶蓮の群生地にたどり着く頃、空が暗くなりはじめる時間。わたし達は乗っていた桶蓮を捨て、次から次へと桶蓮の上を飛び移る。
「お前、盲人とは思えない身のこなしだな」
「……まあ、このくらいできないと薬草も採りに行けないからな」
「へー、薬師も大変なんだな」
「いや、薬師は普通自分で薬草採りなんて行かないわよ……」
大剣と猫目の鋭い指摘にギクギクッとしつつ、それらしい言い訳でなんとかかわす。
「ラウムは森で育った。自分で採取に行くのは当たり前」
「フーン、そうなの」
「そうそう!癖みたいなものさ。それに、自分で使う薬草はこだわりたくてね」
まあ、ぶっちゃけ採取の方が目的であって、調薬はついでなのだが。とりあえずは、マーレの助け舟に乗っておいた。
真っ暗になる前にダンジョンを抜けるべく、足を速める。一階層になれば、もうそれほど霧も深くないので、多少離れてしまっても、はぐれることはない。ルシアに引かれながら、桶蓮の上を駆け抜け、膝下ほどの水位の湿地に着地する。すぐ後ろに着地したマーレがわたしを抱き上げて、その場から飛び退った瞬間、バシャーン!と派手な飛沫を上げて、大剣が着地した。それとほぼ同時に着地した猫目は水飛沫を真っ向から受け、全身水浸しになる。
プルプルと怒りに震えた後、人を殺せそうな視線で大剣を射抜いた。
「ちょっと!もっと静かに降りられないわけ?アンタのせいでびしょびしょになったじゃない!」
「はぁー、困った困った!いい男は女を濡らす宿命ってな。だが俺ァ、ガキは趣味じゃねーんだ。悪ぃな」
「は?何言ってんの?勘違いとかオッサンキモ過ぎ」
「おっ!?キモッ!?」
しょうもない下ネタを冷たく返されて、さらにカウンターまで決められた大剣は、その場に膝をつく。
「いや、今のはわたしもキモいと思うぞ、お嬢さん相手に……」
「二度とその下品な口を開くな。ラウムの耳が汚れる」
「うぐっ」
ちょっと諌めるつもりが、辛辣すぎるマーレの言葉が決定打となり、ドドメを刺してしまった。いや、既に猫目に虫の息にされていたため、死体蹴りのリンチに近いかもしれない。気持ち悪いことを言ったのは事実だが、さすがに少し不憫に思い、ポンと肩を叩いて励ました。
「男は失敗で己を磨いていくものさ……お前はまだ十分若い、これ糧をにもっといい男になれ」
「若い……俺は、まだ若い……!お前、ガキのクセにイイこと言うじゃねえか!」
どうやら”若い”という言葉が刺さったらしく、瞬く間に立ち直った単純な大剣は上機嫌にわたしの背中を叩こうとしたが、マーレがさっと移動させたためスカッと空を切った。
「ラウム、早く行こう。暗くなる」
「ああ、そうだな」
マーレに急かされて、再び歩き出す。曇り空は既に大分暗くなり始めている。早足に出口を目指していると、猫目が横に並んできた。
「……アンタ達は、旅をしているのよね」
「ああ、まだそう長くはないがな」
「フーン、森に住んでたって言ってたわね……」
「ああ」
「……不便で、嫌になったの?」
猫目は前を見たまま、何となくといった感じで聞いてきた。でもその瞳の奥には、どこか期待するような、一方でなにかを恐れるような、そんな感情が揺れている。
「いや。それはない。あそこは大好きな場所で、帰るべき故郷だ」
素直にそう答えれば、はじかれたようにこちらを見る。
「じゃあ、なんで旅に出ようと思ったの?」
その目は先ほどとは違い、純粋な疑問と好奇心に満ちていた。
「森にはない、まだ見ぬ素材を探すためさ!」
「へっ?」
堂々と告げたのは、嘘偽りのないシンプルな理由。猫目はそれを聞いてキョトンとする。
「それだけ……?」
「それだけだ」
「も、もっとないの?こう……なんか、もっと深い理由とか!」
「ブフッ」
真剣に夢見がちな乙女のようなことを言う猫目に、わたしは思わず吹き出した。
「アハハ!君はホントに可愛いな!」
「なっ!何言って……!」
「自分が一番やりたいことをやる。これ以上に深い理由が必要か?」
仲間と別れる寂しさとか、今まで自分を育ててくれた住み慣れた場所を離れる不安とか、そういったものが全くなかったとは言わない。それどころか、最初は偶然手に入れた自由を謳歌せんと、好奇心を満たすためだけに森に入ったというのに、ほとんど変わり映えのない日常と化すまで、気づけば十年もダラダラと同じ森をほっつき歩いていた。
さっさと素材をコンプリートして、次の場所へ移動するつもりだったのに。それは森が危険で広いせいだけではない。
あそこに暮らす者たちが、当たり前のようにわたしを受け入れ、必要とし、故郷と言わしめるほど居心地のいい場所にしてしまったからだ。
いつの間にかわたしは、自分の目的も忘れ、ぬるま湯につかるように慣れ切った環境に絆され、甘えて、ゆっくりと歩みを緩めて、もう立ち止まる寸前だった。
そんな時に何も知らない、赤子のようなマーレが現れた。自由を手にしながら、それを持て余している彼に、気まぐれに吹かせた先輩風。偉そうに語っている持論と、現状の自分を見比べて気づいた。自由な選択の中で、自由を捨て、自らをこの心地いい場所に縛り付けようとしている自分に。
それは決して間違った選択ではない、人間はいつか、ここだと思った場所に自分を縛りつけ、幸せの代償に自由を手放す生き物だと思うから。
でもわたしの目的地はまだここではないと思ったから、一度この暖かい場所を離れても、旅に出ることを選んだ。
「世界は広い。それを知らないまま、同じ場所に自分を縛り続けることがわたしにはできなかった。それだけのことだよ」
湿地帯は徐々に浅くなっていき、出口が近いことをわたし達に知らせてくる。
あと少しと歩き続けるわたし達を待たず、完全に日は沈んだ。しかし、真っ暗になった足元で、青白苔がほんのりと光る。うっすらとかかる霧が、幻想的に柔らかく光を伝えて、わたし達の行く先を照らした。
その頼りない光に、背中を押されたように歩き続けたわたし達は、やがてその場所へ辿り着く。
「出口だ」
「お前、盲人とは思えない身のこなしだな」
「……まあ、このくらいできないと薬草も採りに行けないからな」
「へー、薬師も大変なんだな」
「いや、薬師は普通自分で薬草採りなんて行かないわよ……」
大剣と猫目の鋭い指摘にギクギクッとしつつ、それらしい言い訳でなんとかかわす。
「ラウムは森で育った。自分で採取に行くのは当たり前」
「フーン、そうなの」
「そうそう!癖みたいなものさ。それに、自分で使う薬草はこだわりたくてね」
まあ、ぶっちゃけ採取の方が目的であって、調薬はついでなのだが。とりあえずは、マーレの助け舟に乗っておいた。
真っ暗になる前にダンジョンを抜けるべく、足を速める。一階層になれば、もうそれほど霧も深くないので、多少離れてしまっても、はぐれることはない。ルシアに引かれながら、桶蓮の上を駆け抜け、膝下ほどの水位の湿地に着地する。すぐ後ろに着地したマーレがわたしを抱き上げて、その場から飛び退った瞬間、バシャーン!と派手な飛沫を上げて、大剣が着地した。それとほぼ同時に着地した猫目は水飛沫を真っ向から受け、全身水浸しになる。
プルプルと怒りに震えた後、人を殺せそうな視線で大剣を射抜いた。
「ちょっと!もっと静かに降りられないわけ?アンタのせいでびしょびしょになったじゃない!」
「はぁー、困った困った!いい男は女を濡らす宿命ってな。だが俺ァ、ガキは趣味じゃねーんだ。悪ぃな」
「は?何言ってんの?勘違いとかオッサンキモ過ぎ」
「おっ!?キモッ!?」
しょうもない下ネタを冷たく返されて、さらにカウンターまで決められた大剣は、その場に膝をつく。
「いや、今のはわたしもキモいと思うぞ、お嬢さん相手に……」
「二度とその下品な口を開くな。ラウムの耳が汚れる」
「うぐっ」
ちょっと諌めるつもりが、辛辣すぎるマーレの言葉が決定打となり、ドドメを刺してしまった。いや、既に猫目に虫の息にされていたため、死体蹴りのリンチに近いかもしれない。気持ち悪いことを言ったのは事実だが、さすがに少し不憫に思い、ポンと肩を叩いて励ました。
「男は失敗で己を磨いていくものさ……お前はまだ十分若い、これ糧をにもっといい男になれ」
「若い……俺は、まだ若い……!お前、ガキのクセにイイこと言うじゃねえか!」
どうやら”若い”という言葉が刺さったらしく、瞬く間に立ち直った単純な大剣は上機嫌にわたしの背中を叩こうとしたが、マーレがさっと移動させたためスカッと空を切った。
「ラウム、早く行こう。暗くなる」
「ああ、そうだな」
マーレに急かされて、再び歩き出す。曇り空は既に大分暗くなり始めている。早足に出口を目指していると、猫目が横に並んできた。
「……アンタ達は、旅をしているのよね」
「ああ、まだそう長くはないがな」
「フーン、森に住んでたって言ってたわね……」
「ああ」
「……不便で、嫌になったの?」
猫目は前を見たまま、何となくといった感じで聞いてきた。でもその瞳の奥には、どこか期待するような、一方でなにかを恐れるような、そんな感情が揺れている。
「いや。それはない。あそこは大好きな場所で、帰るべき故郷だ」
素直にそう答えれば、はじかれたようにこちらを見る。
「じゃあ、なんで旅に出ようと思ったの?」
その目は先ほどとは違い、純粋な疑問と好奇心に満ちていた。
「森にはない、まだ見ぬ素材を探すためさ!」
「へっ?」
堂々と告げたのは、嘘偽りのないシンプルな理由。猫目はそれを聞いてキョトンとする。
「それだけ……?」
「それだけだ」
「も、もっとないの?こう……なんか、もっと深い理由とか!」
「ブフッ」
真剣に夢見がちな乙女のようなことを言う猫目に、わたしは思わず吹き出した。
「アハハ!君はホントに可愛いな!」
「なっ!何言って……!」
「自分が一番やりたいことをやる。これ以上に深い理由が必要か?」
仲間と別れる寂しさとか、今まで自分を育ててくれた住み慣れた場所を離れる不安とか、そういったものが全くなかったとは言わない。それどころか、最初は偶然手に入れた自由を謳歌せんと、好奇心を満たすためだけに森に入ったというのに、ほとんど変わり映えのない日常と化すまで、気づけば十年もダラダラと同じ森をほっつき歩いていた。
さっさと素材をコンプリートして、次の場所へ移動するつもりだったのに。それは森が危険で広いせいだけではない。
あそこに暮らす者たちが、当たり前のようにわたしを受け入れ、必要とし、故郷と言わしめるほど居心地のいい場所にしてしまったからだ。
いつの間にかわたしは、自分の目的も忘れ、ぬるま湯につかるように慣れ切った環境に絆され、甘えて、ゆっくりと歩みを緩めて、もう立ち止まる寸前だった。
そんな時に何も知らない、赤子のようなマーレが現れた。自由を手にしながら、それを持て余している彼に、気まぐれに吹かせた先輩風。偉そうに語っている持論と、現状の自分を見比べて気づいた。自由な選択の中で、自由を捨て、自らをこの心地いい場所に縛り付けようとしている自分に。
それは決して間違った選択ではない、人間はいつか、ここだと思った場所に自分を縛りつけ、幸せの代償に自由を手放す生き物だと思うから。
でもわたしの目的地はまだここではないと思ったから、一度この暖かい場所を離れても、旅に出ることを選んだ。
「世界は広い。それを知らないまま、同じ場所に自分を縛り続けることがわたしにはできなかった。それだけのことだよ」
湿地帯は徐々に浅くなっていき、出口が近いことをわたし達に知らせてくる。
あと少しと歩き続けるわたし達を待たず、完全に日は沈んだ。しかし、真っ暗になった足元で、青白苔がほんのりと光る。うっすらとかかる霧が、幻想的に柔らかく光を伝えて、わたし達の行く先を照らした。
その頼りない光に、背中を押されたように歩き続けたわたし達は、やがてその場所へ辿り着く。
「出口だ」
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