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ひとつめの国
23.遭難者
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霧深い山の中腹に、その温泉はあった。温度は観た所四十三度、ちょっと熱めだが、入るのには申し分ない。
お湯は乳白色で霧吹草や清泡豆樹と同じような香りがする。この香りは霧のダンジョン特有のもので、魔素が水の性質を変化させているのが原因のようだ。
「危ないからあまり離れ過ぎないようにな」
「はーい」
夕食の時に紹介を終えたペンダントの少女、仮称神隠しは、スポポポーンと服を脱ぎ捨てると、温泉に飛び込んだ。
「アチチー!」
「バカ、いきなり飛び込むやつがあるか」
神隠しが脱ぎ捨てた服を集めて、洗濯の魔道具に入れる。さらにわたしの服も脱いで入れ、マーレに渡すと自分の分を入れて魔力を流し起動させる。十分もすれば洗い上がるだろう。
ルシアとスライムは既に湯船に浸かり、気持ちよさそうにぷかぷかと浮いている。
二匹が離れ過ぎないように注意しつつ、神隠しの隣に浸かる。マーレもわたしの隣に座り、三人並んでふぅと息を吐いた。
「極楽だなー」
「気持ちー」
汚れ自体は服を着る前にスライムが洗浄をかけてくれる予定なので、今は存分に湯を堪能する。
とろりとした良い香りの湯は、美肌効果のある成分が豊富に含まれている。入る前に瓶に何本か採取しておいた。
「これをベースに美容液でも作れば女性にバカ売れだな」
「コストがかかりすぎて、平民には手が出せないよ」
「それもそうか」
ここまで温泉を採取しに来られるものが一体何人いるか。そう考えると希少性が高すぎて、王侯貴族でもなければ手が出ないほど高価な美容液になるだろう。王侯貴族にはできるだけ関わりたくないので、この商売は諦めることにした。
「ん?誰かこっちに来るな」
「強い、でも敵意はない」
「こっちも気配を出しておくか」
故意に気配を消していると、よからぬ事を企んでいると勘違いされるので、人がいることに気づいたら、敵意を感じない限りは不自然にならない程度に気配を出す。
近づいて来るのは三十代くらいの男性。ボサボサ頭に無精髭、二メートルを超える筋肉質な巨躯に、身の丈と同じくらいある大剣を背負っている。
全く悪意は感じないが、恐ろしく強いことだけは確かだ。
「おーい!そこに誰かいるのか?」
男性は霧でこちらが見えていないようで、大声を出して呼びかけてきた。
「ああ、温泉があってな!みんなで浸かっている!」
男性は返事が聞こえた方へ進み、温泉の淵に屈んだ。
「温泉か!いいな」
「入るのは構わないが、先に身体を洗えよ」
「わかってるよ」
服を脱いで、湯に浸した布で身体を何度か拭うと、湯に浸かり、すぐ近くに座った。
わたしは首にかけていた"神隠しの覗き窓"を神隠しに向け、その存在を隠蔽した。洗濯が終わったら服とタオルを"あっち"に送ってやろう。
ちなみに霧が深すぎて、わたし以外には他人の姿は見えていない。
「あー、いい湯だな」
男性は目を細めて大きく息を吐いた。何故かマーレがソワソワしている。人見知りでも発動したのだろうか。
しばらく黙って目を閉じていた男性は、ふと思いついたように声をかけてくる。
「ちょっと聞きたいんだがいいか?」
「なんだ?」
「お前達は帰り道がわかるか?」
「当たり前だ」
「ホントか!?」
そう答えると、男性はガバッと身を乗り出してくる。反射的にマーレがわたしを隠すように覆い被さる。湯も白ければ霧も深いのだから、わざわざ隠す必要は無いのだが。まあ、一応生物学的には女性であるため、気を使っているのかもしれない。
「ならさ、俺も一緒に連れてって来れねーか?礼はする!」
「別にいいが……お前、迷子にでもなったのか?」
「迷子っつーか、遭難してたって言った方が正しいな」
男性は所謂一流冒険者で、二年前にひとりこの五階層に降り立ったらしい。しかし腕は立つものの、探索能力はそれほど優れているわけでもなく、普通に迷った。
やがて持参した食料が尽きてからは、魔物を狩ったり、木の実を採取したりして食いつないできたのだそうだ。
この二年間、運悪くも人間に遭遇することはなく、ひとり山を彷徨い続けていた。
そしてようやく今日、わたし達を見つけたという訳だ。
「ここは広い上に、ほとんど人が来ねえからな」
「そうか。二年も彷徨っているなら、一度くらい山の下に降りたのか?」
「ああ、降りたぜ。と言っても、霧の向こうにヤバい魔物の気配を感じてすぐに引き返したがな」
確かに麓の方から、かなり強い魔物の気配がしている。こういう魔物は非常に鋭いので、みだりに観ない方がいい。遠く離れていても、観られていることに気づくのだ。
それに興味を抱いたり、もしくは不快に感じたりして近づいてきてしまうことがある。
それほどの魔物と真っ向から戦うのはかなりキツい。故に、興味本位で覗いてはいけないのだ。さもなければ痛い目を見るだけでは済まない。
森で数々の絶体絶命の危機を経験してきたわたしが言うのだから間違いない。何度好奇心に殺されそうになったことか……。
「とりあえず、明日一旦引き返すつもりだが、それで構わないか」
「ああ、もちろんだ。よろしく頼む」
同行者がさらに一人増え、明日わたし達は帰路につく。
全くと言っていいほど探索出来なかった五階層に、大いに後ろ髪を引かれるが、今回は一旦ここまで。
またいずれ舞い戻って来ようと心に決め、上機嫌な男性の遭難話に耳を傾けるのだった。
お湯は乳白色で霧吹草や清泡豆樹と同じような香りがする。この香りは霧のダンジョン特有のもので、魔素が水の性質を変化させているのが原因のようだ。
「危ないからあまり離れ過ぎないようにな」
「はーい」
夕食の時に紹介を終えたペンダントの少女、仮称神隠しは、スポポポーンと服を脱ぎ捨てると、温泉に飛び込んだ。
「アチチー!」
「バカ、いきなり飛び込むやつがあるか」
神隠しが脱ぎ捨てた服を集めて、洗濯の魔道具に入れる。さらにわたしの服も脱いで入れ、マーレに渡すと自分の分を入れて魔力を流し起動させる。十分もすれば洗い上がるだろう。
ルシアとスライムは既に湯船に浸かり、気持ちよさそうにぷかぷかと浮いている。
二匹が離れ過ぎないように注意しつつ、神隠しの隣に浸かる。マーレもわたしの隣に座り、三人並んでふぅと息を吐いた。
「極楽だなー」
「気持ちー」
汚れ自体は服を着る前にスライムが洗浄をかけてくれる予定なので、今は存分に湯を堪能する。
とろりとした良い香りの湯は、美肌効果のある成分が豊富に含まれている。入る前に瓶に何本か採取しておいた。
「これをベースに美容液でも作れば女性にバカ売れだな」
「コストがかかりすぎて、平民には手が出せないよ」
「それもそうか」
ここまで温泉を採取しに来られるものが一体何人いるか。そう考えると希少性が高すぎて、王侯貴族でもなければ手が出ないほど高価な美容液になるだろう。王侯貴族にはできるだけ関わりたくないので、この商売は諦めることにした。
「ん?誰かこっちに来るな」
「強い、でも敵意はない」
「こっちも気配を出しておくか」
故意に気配を消していると、よからぬ事を企んでいると勘違いされるので、人がいることに気づいたら、敵意を感じない限りは不自然にならない程度に気配を出す。
近づいて来るのは三十代くらいの男性。ボサボサ頭に無精髭、二メートルを超える筋肉質な巨躯に、身の丈と同じくらいある大剣を背負っている。
全く悪意は感じないが、恐ろしく強いことだけは確かだ。
「おーい!そこに誰かいるのか?」
男性は霧でこちらが見えていないようで、大声を出して呼びかけてきた。
「ああ、温泉があってな!みんなで浸かっている!」
男性は返事が聞こえた方へ進み、温泉の淵に屈んだ。
「温泉か!いいな」
「入るのは構わないが、先に身体を洗えよ」
「わかってるよ」
服を脱いで、湯に浸した布で身体を何度か拭うと、湯に浸かり、すぐ近くに座った。
わたしは首にかけていた"神隠しの覗き窓"を神隠しに向け、その存在を隠蔽した。洗濯が終わったら服とタオルを"あっち"に送ってやろう。
ちなみに霧が深すぎて、わたし以外には他人の姿は見えていない。
「あー、いい湯だな」
男性は目を細めて大きく息を吐いた。何故かマーレがソワソワしている。人見知りでも発動したのだろうか。
しばらく黙って目を閉じていた男性は、ふと思いついたように声をかけてくる。
「ちょっと聞きたいんだがいいか?」
「なんだ?」
「お前達は帰り道がわかるか?」
「当たり前だ」
「ホントか!?」
そう答えると、男性はガバッと身を乗り出してくる。反射的にマーレがわたしを隠すように覆い被さる。湯も白ければ霧も深いのだから、わざわざ隠す必要は無いのだが。まあ、一応生物学的には女性であるため、気を使っているのかもしれない。
「ならさ、俺も一緒に連れてって来れねーか?礼はする!」
「別にいいが……お前、迷子にでもなったのか?」
「迷子っつーか、遭難してたって言った方が正しいな」
男性は所謂一流冒険者で、二年前にひとりこの五階層に降り立ったらしい。しかし腕は立つものの、探索能力はそれほど優れているわけでもなく、普通に迷った。
やがて持参した食料が尽きてからは、魔物を狩ったり、木の実を採取したりして食いつないできたのだそうだ。
この二年間、運悪くも人間に遭遇することはなく、ひとり山を彷徨い続けていた。
そしてようやく今日、わたし達を見つけたという訳だ。
「ここは広い上に、ほとんど人が来ねえからな」
「そうか。二年も彷徨っているなら、一度くらい山の下に降りたのか?」
「ああ、降りたぜ。と言っても、霧の向こうにヤバい魔物の気配を感じてすぐに引き返したがな」
確かに麓の方から、かなり強い魔物の気配がしている。こういう魔物は非常に鋭いので、みだりに観ない方がいい。遠く離れていても、観られていることに気づくのだ。
それに興味を抱いたり、もしくは不快に感じたりして近づいてきてしまうことがある。
それほどの魔物と真っ向から戦うのはかなりキツい。故に、興味本位で覗いてはいけないのだ。さもなければ痛い目を見るだけでは済まない。
森で数々の絶体絶命の危機を経験してきたわたしが言うのだから間違いない。何度好奇心に殺されそうになったことか……。
「とりあえず、明日一旦引き返すつもりだが、それで構わないか」
「ああ、もちろんだ。よろしく頼む」
同行者がさらに一人増え、明日わたし達は帰路につく。
全くと言っていいほど探索出来なかった五階層に、大いに後ろ髪を引かれるが、今回は一旦ここまで。
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