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ひとつめの国
19.幻術
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片付けを終えたわたし達は、みんなでテントの中に入る。このテントは今回新しく購入したものだ。畳んでマジックバッグに入れておけばそれほどかさばらないし、中は意外と広く、わたしがまっすぐ立てるくらいの高さがある。
「まずは身体を洗おう」
入口の幕を閉めて、全て服を脱ぐ。脱いだ服はもちろん洗濯の魔道具へ。今日はルシアが魔力を貸してくれるようだ。わたしとマーレは真っ暗な中、全裸でつっ立っている。……身長的にマーレは屈んでいるが。
「スライム、今日も頼めるか?」
足元にいるスライムに尋ねれば、任せろとばかりにぷるんと揺れた。
暗いテントの中でスライムが僅かに光った後、わたし達を霧雨のような小さな水滴が包む。次にスライムが一瞬だけ強い光を発すると、髪や身体に付いていた瞬く間に乾いていき、汗や汚れが綺麗に落ちていた。ついでにテントの中もピカピカになった。
そう、これはスライムの持つ浄化の力を利用した、超速の水浴びだ。昨日一階に泊まった時、あまり水質が良くなかったので、桶蓮の上で魔術で水浴びをしようと服を脱いだら、突然スライムが発光し始めたのだ。
何事かと見てみると、霧雨が降って光が通った瞬間、全身と桶蓮が綺麗になっていた。
「お前、水浴びを手伝ってくれたのか?」
スライムはぷるんと揺れて肯定する。どうやら直接霧雨が触れていなければ汚れを浄化できないようで、服を着たまま、とはいかないようだ。洗濯も裏返したりする手間を考えると、魔道具を使った方が早い。
しかし水浴びだけならわたしが魔術でやるよりずっと早いので、スライムが一緒にいる間はお任せすることにした。
サッと服を着てお礼としてスライムに聖水を一滴垂らしてやった。スライムはこれを非常に喜ぶ。
お礼は何がいいかと考えて、ルシアの影を漁って色々出していた時、スライムが聖水の瓶に擦り寄って来たのだ。欲しいのかと試しに一滴垂らしてやると、今までになほど喜びに打ち震え、満足したとばかりにルシアの頭飛び乗ってそのまま眠ってしまった。
今日も同じようにルシアの頭の上で眠っている。どうやらそこが気に入ったようだ。ルシアは全く気づいていないようだが。
そんな影の薄いスライムに若干の切なさを感じつつ、寝床を整えた。
「さあ、もう寝よう」
「うん」
横になれば、いつものようにマーレとルシアが寄り添う。その暖かい体温に微睡む間もなく、一瞬で意識は眠りへと落ちていった。
「おやすみ、ラウム」
翌日も早くから起き出して、探索の準備を始めた。朝は基本、マーレの作り置きを食べる。その方が直ぐに行動を開始できるからだ。
旅に出ることが決まってから、マーレは時間が許す限り手軽に食べられる食事を作りまくっていた。その傍らでわたしも常備薬を作りまくっていたのだが。
その作り置きのおかげで、今まで快適に旅を続けて来られた。そしてそれは料理を出来たての状態で保存できるルシアの影のおかげでもある。
二人には本当に頭が上がらない。今度改めて何かお礼がしたい。
「ラウム、食べないのか?」
「ああ、いや、食べる」
考えに耽っていたせいで止まっていた手を動かす。今日はハムエッグが乗ったトーストと、あっさりしたスープ。どちらも朝の定番で、胃袋から身体全体を目覚めさせる。昨日は二食米が続いたが、やはりマーレの焼いたパンも捨て難い。
「美味かった!ごちそうさま」
朝食を堪能した後、テントを片付けて早速出発する。
道中、襲いかかってくる混毒蛙を狩りつつ、他の魔物はスルー。
前者はわたし達の気配を強めてルシアは気配を消す、後者はわたし達は気配を消してルシアの気配を強める。それだけで大概の魔物はコントロール出来る。
ルシアは魔物の中でもかなり強い魔物なのだ。ルシアがいるだけでほとんどの魔物は近寄ってこない。人間には分からないくらいの少しの気配でも、魔物には分かってしまう。だからほんの少し力を解放するだけで、簡単に魔物よけになるのだ。
まあ、ルシアより強い魔物には効かないので注意が必要だが。
「お、あれが四階層に続く階段だな」
深い霧の奥、ぽっかりと空いた洞窟が見える。二階層ではその前を塞ぐように、白鱗鰐が陣取っていた。
しかし、この洞窟前には何もいない。
おそらく前に通った冒険者達がすでにフロアボスを倒してしまったのだろう。
「普通の人間には、そう見えるんだろうな」
霧を抜けて洞窟に入り、階段をおりた先、そこには今までに見たこともない珍しい植物や動物、魔物に鉱石など、珍しい素材がそこらじゅうに転がる秘境が広がっていた。その好奇心を掻き立てる圧巻の景色を、目に焼きつけるようにしばし見つめる。
「こりゃあすごい」
存分に見蕩れた後、辺りをキョロキョロと見回して、わたしはマジックバッグから瓶を取り出すと、足元に生えていた白い花を土ごと採取した。
そしてさらにもうひとつ瓶取り出して逆さまに持ち、白い花の近くに落ちている小石の上に、かぽっと被せた。
「素晴らしい夢をありがとう」
数秒後、目の前に広がっていた秘境が空気に溶けだすように白い霧に変わる。
手元のガラスの瓶を覗くと、そこにはやはり、一センチほどの小さな白い蛙がいた。
白霧蛙。混毒蛙の偏食個体。白夢蘭花だけを食べ続けることにより、毒草の成分が自身の持つ魔力にまで影響し、幻術を使えるようになる。濃い霧に自分の魔力を紛れ込ませ、霧の中を通る者に都合のいい幻覚を見せる。魔力に毒はないが、毒袋には白夢蘭花の毒液が詰まっているので、夢に現を抜かしていると殺されて土の肥やしに。偏食のせいか身体が小さく、体長は一センチ程度。そのため見つけるのが非常に困難。単独討伐推奨ランクはAランク以上。
わたしは白霧蛙を捕まえた瓶を素早くすくい上げると、先程採取した白夢蘭花が入った瓶に入れ、精魔玉が埋め込まれた蓋で栓をした。
瞬間、瓶と蓋全体に緑色に光る術式が浮かび上がる。
これは虫瓶と呼ばれる魔道具で、瓶を密閉しながらも中に生命活動に必要な空気を循環させることができるのだ。
「残念だったな。わたしに幻術は通じない」
わざと幻術かかってその夢のような光景を楽しむことはできるが、最初からそれが幻覚だと分かってしまうので長く見ていても虚しいだけだ。
だから直ぐに真実を"見抜く"
視覚に関することで、わたしを欺くことは決してできない。
「……みんなを起こそう」
「まずは身体を洗おう」
入口の幕を閉めて、全て服を脱ぐ。脱いだ服はもちろん洗濯の魔道具へ。今日はルシアが魔力を貸してくれるようだ。わたしとマーレは真っ暗な中、全裸でつっ立っている。……身長的にマーレは屈んでいるが。
「スライム、今日も頼めるか?」
足元にいるスライムに尋ねれば、任せろとばかりにぷるんと揺れた。
暗いテントの中でスライムが僅かに光った後、わたし達を霧雨のような小さな水滴が包む。次にスライムが一瞬だけ強い光を発すると、髪や身体に付いていた瞬く間に乾いていき、汗や汚れが綺麗に落ちていた。ついでにテントの中もピカピカになった。
そう、これはスライムの持つ浄化の力を利用した、超速の水浴びだ。昨日一階に泊まった時、あまり水質が良くなかったので、桶蓮の上で魔術で水浴びをしようと服を脱いだら、突然スライムが発光し始めたのだ。
何事かと見てみると、霧雨が降って光が通った瞬間、全身と桶蓮が綺麗になっていた。
「お前、水浴びを手伝ってくれたのか?」
スライムはぷるんと揺れて肯定する。どうやら直接霧雨が触れていなければ汚れを浄化できないようで、服を着たまま、とはいかないようだ。洗濯も裏返したりする手間を考えると、魔道具を使った方が早い。
しかし水浴びだけならわたしが魔術でやるよりずっと早いので、スライムが一緒にいる間はお任せすることにした。
サッと服を着てお礼としてスライムに聖水を一滴垂らしてやった。スライムはこれを非常に喜ぶ。
お礼は何がいいかと考えて、ルシアの影を漁って色々出していた時、スライムが聖水の瓶に擦り寄って来たのだ。欲しいのかと試しに一滴垂らしてやると、今までになほど喜びに打ち震え、満足したとばかりにルシアの頭飛び乗ってそのまま眠ってしまった。
今日も同じようにルシアの頭の上で眠っている。どうやらそこが気に入ったようだ。ルシアは全く気づいていないようだが。
そんな影の薄いスライムに若干の切なさを感じつつ、寝床を整えた。
「さあ、もう寝よう」
「うん」
横になれば、いつものようにマーレとルシアが寄り添う。その暖かい体温に微睡む間もなく、一瞬で意識は眠りへと落ちていった。
「おやすみ、ラウム」
翌日も早くから起き出して、探索の準備を始めた。朝は基本、マーレの作り置きを食べる。その方が直ぐに行動を開始できるからだ。
旅に出ることが決まってから、マーレは時間が許す限り手軽に食べられる食事を作りまくっていた。その傍らでわたしも常備薬を作りまくっていたのだが。
その作り置きのおかげで、今まで快適に旅を続けて来られた。そしてそれは料理を出来たての状態で保存できるルシアの影のおかげでもある。
二人には本当に頭が上がらない。今度改めて何かお礼がしたい。
「ラウム、食べないのか?」
「ああ、いや、食べる」
考えに耽っていたせいで止まっていた手を動かす。今日はハムエッグが乗ったトーストと、あっさりしたスープ。どちらも朝の定番で、胃袋から身体全体を目覚めさせる。昨日は二食米が続いたが、やはりマーレの焼いたパンも捨て難い。
「美味かった!ごちそうさま」
朝食を堪能した後、テントを片付けて早速出発する。
道中、襲いかかってくる混毒蛙を狩りつつ、他の魔物はスルー。
前者はわたし達の気配を強めてルシアは気配を消す、後者はわたし達は気配を消してルシアの気配を強める。それだけで大概の魔物はコントロール出来る。
ルシアは魔物の中でもかなり強い魔物なのだ。ルシアがいるだけでほとんどの魔物は近寄ってこない。人間には分からないくらいの少しの気配でも、魔物には分かってしまう。だからほんの少し力を解放するだけで、簡単に魔物よけになるのだ。
まあ、ルシアより強い魔物には効かないので注意が必要だが。
「お、あれが四階層に続く階段だな」
深い霧の奥、ぽっかりと空いた洞窟が見える。二階層ではその前を塞ぐように、白鱗鰐が陣取っていた。
しかし、この洞窟前には何もいない。
おそらく前に通った冒険者達がすでにフロアボスを倒してしまったのだろう。
「普通の人間には、そう見えるんだろうな」
霧を抜けて洞窟に入り、階段をおりた先、そこには今までに見たこともない珍しい植物や動物、魔物に鉱石など、珍しい素材がそこらじゅうに転がる秘境が広がっていた。その好奇心を掻き立てる圧巻の景色を、目に焼きつけるようにしばし見つめる。
「こりゃあすごい」
存分に見蕩れた後、辺りをキョロキョロと見回して、わたしはマジックバッグから瓶を取り出すと、足元に生えていた白い花を土ごと採取した。
そしてさらにもうひとつ瓶取り出して逆さまに持ち、白い花の近くに落ちている小石の上に、かぽっと被せた。
「素晴らしい夢をありがとう」
数秒後、目の前に広がっていた秘境が空気に溶けだすように白い霧に変わる。
手元のガラスの瓶を覗くと、そこにはやはり、一センチほどの小さな白い蛙がいた。
白霧蛙。混毒蛙の偏食個体。白夢蘭花だけを食べ続けることにより、毒草の成分が自身の持つ魔力にまで影響し、幻術を使えるようになる。濃い霧に自分の魔力を紛れ込ませ、霧の中を通る者に都合のいい幻覚を見せる。魔力に毒はないが、毒袋には白夢蘭花の毒液が詰まっているので、夢に現を抜かしていると殺されて土の肥やしに。偏食のせいか身体が小さく、体長は一センチ程度。そのため見つけるのが非常に困難。単独討伐推奨ランクはAランク以上。
わたしは白霧蛙を捕まえた瓶を素早くすくい上げると、先程採取した白夢蘭花が入った瓶に入れ、精魔玉が埋め込まれた蓋で栓をした。
瞬間、瓶と蓋全体に緑色に光る術式が浮かび上がる。
これは虫瓶と呼ばれる魔道具で、瓶を密閉しながらも中に生命活動に必要な空気を循環させることができるのだ。
「残念だったな。わたしに幻術は通じない」
わざと幻術かかってその夢のような光景を楽しむことはできるが、最初からそれが幻覚だと分かってしまうので長く見ていても虚しいだけだ。
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